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不妊治療で子どもを望んでいるなか子育て社員の業務をフォロー、制度のありなしで苦しむ女性たち

小酒部さやか株式会社 natural rights 代表取締役
職場のイメージ(写真:アフロ)

子育て中の社員が職場に増えれば、その社員の業務のフォローをする社員は、子どものいない社員となることが増える。男性育休が義務化となれば、ますますそのような状況となることだろう。

今月、9月16日に厚労省記者クラブにて「子どもがいないことを理由に職場で不快な経験をされた男性&女性へのアンケート調査」が発表され、子育て中の社員の業務をフォローしている、子どものいない社員からの声が明らかになった。今まで「ないことにされる」あるいは「仕方ない」とかき消されて来た声に、スポットライトを当てる調査だった。

子どもがいない理由には、積極的に望まないこともあれば、望んでいたのに流産・死産で亡くしていたり、不妊治療したのに得られなかった場合も当然ある。妊娠にまで漕ぎ着けることができれば、産休・育休・時短勤務などのサポート制度があるが、不妊治療と仕事の両立をサポートしてくれる制度を導入している企業は極めて少ない。

同じように子どもが欲しいと願っていても、実際に妊娠するかしないかの境は、業務のフォローをされる側かする側かの境界線にもなる。実際の職場ではどんなことが起こっているのか。不妊治療をしながら、子育て中の社員の業務をフォローした経験のある女性2人に取材した。

参考記事

子育て社員の業務フォローで深夜残業や休日出勤。残業手当もタクシー代もない、フォローする社員の実例

子どもがいないことを理由に不快な経験をしても「なにもしなかった」が半数以上、実態調査が発表された

●産休・育休取得者の無責任、フォローする自分は不妊治療をしているのに

アンケートに回答してくれたBさん(30代後半)は、1~2年ほど前に産休・育休取得者の業務のしわ寄せで不快な経験をしたことがあった。

30代半ばの同僚女性がBさんの部署に異動してきた。新しく人員が増えたことで、Bさんの仕事の一部をその同僚に引き渡したのだが、異動して間もなくして同僚の妊娠が判明。Bさんが同僚に渡した仕事が、すぐに舞い戻ってくるかたちとなってしまった。そして、同僚が産休・育休に入るため、Bさんが同僚の仕事を引き継ぐことになった。しかし、同僚は早く休みに入りたいという態度を露骨に出し、本来産休に入る時期の2~3ヶ月前には休業し、引継ぎをきちんとしてくれなかった。その結果、同僚が休業に入ったのち、いくつもの仕事漏れが生じてしまった。

妊娠はいつするか分からない。異動後すぐの妊娠は仕方ないのだが、当時Bさんは子どもが欲しくて不妊治療をしていた。人員が増え、少しは自分の業務が改善されるかと思っていた矢先に、逆に負担が増えることになり、かつ同僚の「休みたい、仕事をしたくない」という態度があからさまだったために、受け止めるのに時間がかかったという。

もちろん上司に相談したが、部署内の人員に余裕がなく「他にお願いできる人がいないから」と対応されずにそのままにされた。Bさんの部署は慢性的な人材不足の状態だったが、会社は営業職などの利益を上げられる部署に優先して人を採用している様子だった。

Bさんの部署は女性の多い職場で産休、育休取得者も多い。妊娠してもぎりぎりまで働いて、早く復帰しようと頑張ってくれる女性もいれば、この同僚のように無責任な女性もいる。人によるところがすごく大きいとBさんはいう。

産休・育休取得者が多いなかでの不妊治療は、本当に辛い。妊娠できるかどうか分からないため、同僚や周りに相談できないなか自分だけで仕事をやりくりする。Bさんは不妊治療を3年ほど継続していて、体外受精、顕微授精と高度治療をしていた。両立の大変さに何度も会社を辞めようと思ったという。

高度治療をすることになった際に、直属の上司にだけは相談した。上司は何か配慮をしてくれたというわけではなかったが、理解はしてくれた。会社のフレックス制度は、子育てや介護をしている人だけが使えるものだったが、Bさんが治療のため早く来て早く帰る、遅く来て遅く帰るのを、制度上はないものでも上司は認めてくれたという。

あとは、Bさんは勤続年数が長く有給がたくさん溜まっていたので、それを利用して治療と両立した。Bさんはその後妊娠、出産し、無事我が子を抱くことができたが、あと少しでも妊娠に時間がかかっていたら、会社を辞めていただろうという。

Bさんはいう。自分の会社は子どもがいればいい会社だと思う。しかし、子どもがいなくてもいい会社かどうか、今後は企業にそういった視点も必要なのではないか。子どもがいるいない・結婚しているしていないにかかわらず、誰もが居心地がいい、活躍できる職場が当たり前になってほしい、と。

●自分の仕事だけでも大変なのに、フォローでさらに仕事が増える、気持ちはモヤモヤ

アンケートに回答してくれたCさん(37歳)は、4年ほど前に産休・育休取得者の業務のしわ寄せで不快な経験をしたことがあった。Cさんはこの不快な経験、そして自身の不妊治療と仕事の両立ができなかったことから仕事を辞めた。

人事課長に「不妊治療のための休暇制度を考えてほしい」と相談したが、「国がそういう制度を定めていないので、勝手に作ることはできない。何とか有給を使って治療に当たってほしい」と言われた。

妊娠にまで漕ぎ着けられれば制度で守られているが、子どもが欲しいと不妊治療する間は何からも守られていない。その線引きに一番ショックを受けたという。有給となると、自分の仕事を自分で調整しなくてはならない。妊娠までにどのくらいの期間がかかるか分からないなか、有給日数には限りがある。

また有給の申請もハードルが高かった。課長を始め部長、次長、統括官、何人もの役職者が集まったなかに行き、「お休みを頂きます」と言って休まないとならない。5~6人の男性役職者が集まったところで「不妊治療で休みたいです」と話をするのは、恐怖に近いものがあった。この男性たちのどれだけが、不妊治療の詳細を分かっているというのか。

一方で、Cさんの所属する組織は、子育て社員には手厚く、Cさんが結婚する以前の独身時代から「子どもを持つお母さんは大変だから、フォローしてあげてね」と口酸っぱく言われた。またCさんは地方在住のためか、結婚したら結婚したで「子どもは早く作った方がいいよ」と、組織のなかだけでなく町内の知り合いからも言われた。

そういった言葉に居心地の悪さを感じながら、ある日上司から「産休に入る社員がいるから」と、その社員の仕事が課の社員に平等に振り分けられた。Cさんは上司には「不妊治療しています」と伝えていたのだが、当然Cさんにも仕事が割り当てられた。治療をしたくてもなかなか時間を取れないなか、自分の仕事だけでも大変なのにさらに仕事が増える。すごく気持ちがモヤモヤしたという。

そして、その後この産休に入った女性が出産した際に、生まれた赤ちゃんの写真がメールで送られて来た。この女性社員から引き継いだ仕事のために残業している最中だった。この女性はCさんが不妊治療をしていることを知っていた。この女性も流産や不妊治療を経験していたのに、「なぜ?」という疑問が拭いきれず、精神的にダメージを受けたという。

この女性が産まれた赤ちゃんを職場に連れて来ると言ったときは、「ちょっと外出します」って言ってその場を離れてしまった。

Cさんは不妊治療と仕事の両立が厳しかったのも理由にあるが、この女性が復帰し、面と向かって仕事をするのは無理だという思いもあって仕事を辞めた。復帰したら子どもの話をする。それを聞く心の余裕が、当時のCさんにはなかった。

退職後、Cさんは1年間不妊治療に専念したが授からなかったため、子どものいない人生を送ろうと決め、今は別の会社で働いている。

不妊治療は精神的苦痛、身体的苦痛、経済的苦痛の三重苦と言われ、お金もかかる。せめてフォロー分の対価があれば、当時の自分の気持ちはもう少し救われたと思うとCさんはいう。また、不妊治療についての理解を、男性管理職に研修するなどして広めてほしいという。

●不妊治療の保険適用はもちろんだが、仕事と治療の両立サポートの検討も

私(筆者)も不妊治療経験者なのだが、仕事と治療の両立は本当に大変だ。高度治療になれば、一度病院に行くと3時間ほどかかることが多く、採卵前後や受精卵を戻す際には、連続して病院に通うことになる。

不妊治療の保険適用が話題だが、仕事と治療の両立をサポートすることも検討し、両輪で進めないと、保険適用されても時間がなく治療できない恐れがある

たとえば、日本航空株式会社(JAL)では、2016年4月より不妊治療休職制度を導入している。体外受精と顕微授精といった高度な不妊治療が対象で、1年間の無給休職なのだが、不妊治療による離職を補えているという。

保険適用の議論とともに、両立サポートの議論も盛り上がってくれることを願う。

参考記事

不妊治療中に行われるプレ・マタハラの実態や対策を専門家に聞いた。優良事例JALの不妊治療休職制度とは

「子どもがいないことを理由に職場で不快な経験をされた男性&女性へのアンケート調査」において、不妊治療について述べている声には他にも以下のようなものがあった。

不妊治療を理由に異動を希望したら降格処分となった。

不妊治療よりも、既に妊娠出産した方が優先されてしまう。

「我慢してもらわないと」「協力してくれるだろう?」という言葉が重かった。

まわりがどんどん妊娠し、出産し、子育てし、その過程において仕事のしわ寄せが「子どもがいないんだから大丈夫でしょ」と私に来た。

私自身不妊治療をしていたが、業務を調整したい旨伝えたが、「甘い」と言われ配慮してもらえなかった。

仕事の時間が減るなら、それ相当のデメリットをカバーする策を提案し、その分の収益が減ることをなんとかするように言われた。

女性上司だったが、妊娠できないことに対する理解が全くなかった。

私は不妊治療をしていて、体調も悪かったのに、不妊治療を知っている管理職にあまり気遣ってもらえず、妊娠した社員の仕事がそのまま私に下りてきた。

妊娠した社員は何も悪くないけれど、その子のお腹が大きくなっていくのが横で見ていてしんどかった。

不妊治療中、産休に入る人に笑顔で「おめでとう」というのがしんどかった。

産休に入った社員が赤ちゃん連れて職場に来るのを見ていて、泣きたくなった。

自分自身が今は妊娠してもうすぐ産休に入る身なので痛感しているが、子どもがいるいないや理由に関わらず、短時間の休暇取得や在宅勤務制度、フレックスの適用など、働きやすい仕組みを誰にでも使えるようにしてほしい。

妊娠するとおめでたいし、わかりやすいことなのでみんな気遣ってくれるが、不妊治療中は人には気軽に言えないしそんな制度や気遣いはない

現在不妊治療中です。これまで女性の部下を多く預かる部署にいましたが、少し距離を置きたく異動をさせてもらいました。

次から次へ、若い部下が妊娠して休みに入っていく。そこの業務上や精神的なフォローを日常的に繰り返すことに正直しんどさがぬぐえなくなりました。

今は、そうした環境から離れ、落ち着いて仕事に向き合えています。わがままといえばわがままなのかもしれないですが、できれば笑顔で送り出したいし、サポートもしてあげたい。

不妊治療を終えれば、色々と気持ちも変わるのかもしれません。

このアンケートを記入して、自分がどれだけ傷ついていたかに気づいた。

今は会社を辞めましたが、不妊治療をしながら、毎日同僚の大きくなるお腹をみて、出産話に花が咲くなかに身を置き、彼女たちが本来やるべき大変な仕事(出張やプレッシャーの大きい仕事)をかぶり、その合間を縫って不妊治療をし、結果が出ない中、職場にいるのは地獄のような日々でした。

※なお、アンケート調査にあった上記フリーコメントは、読者に分かりやすくするため内容は変えずに、言い回しのみ修正しているものがあります。

株式会社 natural rights 代表取締役

2014年7月自身の経験から被害者支援団体であるNPO法人マタハラNetを設立し、マタハラ防止の義務化を牽引。2015年3月女性の地位向上への貢献をたたえるアメリカ国務省「国際勇気ある女性賞」を日本人で初受賞。2015年6月「ACCJウィメン・イン・ビジネス・サミット」にて安倍首相・ケネディ大使とともに登壇。2016年1月筑摩書房より「マタハラ問題」、11月花伝社より「ずっと働ける会社~マタハラなんて起きない先進企業はここがちがう!~」を出版。現在、株式会社natural rights代表取締役。仕事と生活の両立がnatural rightsとなるよう講演や企業研修、執筆など活動を行っている。

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