今年6月16日広島地裁にて、女性の請求が棄却されるかたちで静かに幕を下ろした裁判があった。女性は、マタハラと死産との因果関係を立証できないことによる棄却のため、控訴しないという。

どんな事案だったのか。広島県北広島町の公立小学校で教師をしていた女性は、2017年8月下旬に妊娠16週(4ヶ月相当)で早期破水し、子どもを分娩したが死産した。2ヶ月前の6月下旬に妊娠を校長に報告するとともに、流産の恐れがあり医師から安静にするよう指示されたと校長に伝えたが、身体に負担のかかる体育の授業や長時間労働を改善してもらえないというマタニティハラスメント(マタハラ)を受け、それが原因で死産に至ったとして裁判を起こした。

以下に具体的な経緯や判決文の内容、女性が裁判を起こし伝えたかったことをまとめた。

●胎児は破水してもまだ生きていた

3年前の2017年6月27日、女性(当時42歳)は不正出血があったので産婦人科を受診。妊娠8週目相当であり、切迫流産の状態(流産しかかっている状態)だと診断を受けた。翌日6月28日、校長(当時60歳/男性)に妊娠を報告するとともに、出血があること、2学期から休みたいので代員をお願いしたいことを伝えた。このとき、出血は流産の兆候で、医師から安静にするよう指示を受けたことを校長に伝えたかどうかは、女性は伝えたと主張し、校長は報告されていないとし、両者に食い違いがある。

それから10日ほど経った7月8日土曜日に、再び産婦人科へ。女性に出血が続いていることと、子宮内に絨毛膜下血腫(じゅうもうまっかけっしゅ)も見られたため、医師は安静にして直ちに仕事を休むよう女性に指示した。(絨毛膜下血腫とは、胎嚢(たいのう)と子宮筋層との間に血液が貯留したもの。切迫流産の一種だが、絨毛膜下血腫を伴う切迫流産は、伴わない切迫流産より流産の危険性が高い)

週明けの7月10日月曜日、女性は校長に、医師からすぐに休むよう指示されたと伝えた上で、身体が辛いので座って授業させて欲しいこと、午後は休みをもらいたいことをお願いした。この日からの5日間、座っての授業は増えたが、午後に休暇を取得することはなかった。

そして、さらに一週間後の7月21日、女性は入院することとなった。医師からは「胎児のいる袋よりも血腫の方が大きくなり、このまま血腫が小さくならなければ20週くらいで流産する可能性が高い」と言われた。

入院して一週間後の7月28日、悪阻が酷くなったため女性は自宅療養を希望し、一旦退院した。そこから約1ヶ月間は、病院を受診する以外、できる限り安静に過ごした。しかし、出血は止まらず、8月24日早朝に何かが流れる感触があり、トイレに行くと大量の出血だけでなく黄色い水分がたくさん出ていた。早期破水だった。

急遽入院したものの医師からは「胎児は22週に満たないので助からない」と聞かされた。しかし、完全破水しても胎児はまだ生きていた。胎児がお腹のなかで、だんだん弱って息絶えていくのを待つことが耐えられなかったと女性はいう。胎児の分娩を誘発して、8月26日に死産した。(妊娠16週/妊娠4ヶ月相当)

へその緒を切らなければ、生きている姿を数秒でも見ることができるのかと思っていたが、分娩による負担で子宮の中から膣に出てきた時点で亡くなってしまうと助産師が教えてくれた。生まれた赤ちゃんは、うっ血で真っ黒だった。

次の日、「赤ちゃんが見たい」と助産師に伝え個室に行くと、赤ちゃんは箱に寝かされガーゼがかけてある姿だった。ガーゼをめくると昨日まで真っ黒だった赤ちゃんのむくみが取れ、全身うっすらと赤く染まり、とても安らかな顔に変わっていて「かわいい」と思えたと女性はいう。その日は個室で赤ちゃんと家族と1日過ごし、家族が帰ると女性は夜通し子守唄を歌った。

次の日に退院し、赤ちゃんは火葬場に引き取られた。そして、その翌日に家族で火葬に立ちあった。赤ちゃんは棺に入れたまま女性が抱っこし、家族写真を撮ったという。(女性には二人お子さんがいて、第三子の死産となる。)

●死産の責任は自分、再発防止にはどうすればいいか教育委員会も考えて欲しい

女性は、死産の責任は自分にあると今でも自分を責めていた。死亡証明書にも「母体に原因がある」と記載され、自分の責任ということは十分に理解していると女性は話す。

ほとんどの流産・死産は原因不明だが、女性の場合は「血腫が縮小しなかった結果、子宮が収縮したか、血腫に感染が生じて破水したと考えられる」と医師から説明を受けた。つまり、胎児に異常はなく、死産の原因は血腫の可能性が高いと特定できた。では、どうして血腫が大きくなったのか。それは自分がすぐに仕事を休まずに、働き続けてしまったせいだとして、女性は自分を責めていた。

死産の責任は自分にあるが、では、どうすればすぐに仕事を休めたのか。管理者も本来あるべき対応があったのではないか、一緒に考えて欲しい

自分と同じような辛い目に遭う教師を二度と出したくない。再発防止に向けて自分の勤務する学校の校長や教育委員会の対応が改善されれば、ただでさえ“ブラック勤務”と揶揄される教師の働き方全体を見直すきっかけになるのではないか。そうなれば、自分の子どもが最期まで生きた証を残すことができる。自分の子どもの死をなかったことしたくないと強く思い、女性は訴訟を起こすことにしたという。

●争点は、校長は注意義務違反をしたか、勤務継続が死産の原因なのか

裁判の争点は大きく3つ。

◆1つめは、6月28日に女性が妊娠を報告した際、校長は女性を休業させるという注意義務違反をしたかどうか

6月28日に校長は女性からの報告を受け、翌日の29日、北広島町教育委員会に女性が妊娠したこと、出血があること、2学期から病休を取りたいことを報告した。しかし、女性を休業させたり、短縮勤務としたり、体育の代員を手配するなど具体的な措置はしなかったため、女性は自分で他の授業に振り替えて、体育の授業を減らすしかなかった。それでも、必要に迫られダンスの授業など立っているのも辛いなかでやらざるを得なかった、と主張している。

それに対し、校長は28日の妊娠報告時点では、「出血が流産の兆候で安静が必要」との報告は女性から受けていない。そのため、注意義務違反ではないとしている。翌日の29日には校長から教頭(当時49歳/男性)に女性の妊娠を伝えており、体育の授業が夏休みまで残り9時間であることから、もし女性から休暇簿が提出された場合は、校長もしくは教頭が代わりに授業を行うよう指示していて、対応は適切だったと主張している。

裁判所は、提出された証拠から、女性が校長に「出血は流産の兆候で安静が必要」と伝えたとは裏付けられないとして、女性の主張を採用しなかった。同時に、校長が教頭に女性の妊娠を伝えたのは7月10日であり29日でないとして、校長の主張も採用しなかった。しかし、結果として校長は「出血は流産の兆候で安静が必要」と認識していなかったので、6月28日の時点では、校長は注意義務違反をしていないとした。

◆争点の2つめは、7月10日に女性が再び医師から休むよう指示されていると伝えた際に、校長は女性を休業させるという注意義務違反をしたかどうか

校長は妊娠報告時より一層緊急性のある報告を女性から受けたが、「座って授業してもよい」と言っただけで、何も措置を講じなかった。また、校長は教育委員会に対しても、女性が再度医師から休むよう指示されていることを伝えなかった、と女性は主張しているのに対し、校長は座っての授業も午後の休暇も許可した。女性から休暇簿が提出された場合には、校長もしくは教頭が代わりに授業を行う予定だった。これ以上に、校長が女性の負担を軽減させる措置を講じる注意義務違反はしていない、と主張している。

裁判所は、校長は体育の授業も含め女性が終日授業を行い続けているのを認識しており、休暇簿の提出を待てば足りるというものではないとした。体育や午後の授業の担当を変更したり、他の教員に事情を説明して協力を求めたり、補教計画を作成して女性に提示するなど、女性が休暇を取得しやすい環境を整えるべき注意義務を負っていて、これを怠ったとした。

◆争点の3つめは、死産の原因が小学校の勤務を継続したことにあるかどうか

死産の原因は、安静にすることができず血腫が縮小しなかったことだ、と女性は主張しているのに対し、相手方は、勤務をしていなければ血腫が縮小したのか(医学的に)証明されていない、そのことから死産の原因が勤務の継続にあったとはいえない、としている。

裁判所は、切迫流産は約20~25%の妊娠に見られる症状で、そのうち約半数が流産に至るため、6月27日の妊娠判明時にすでに相当程度流産の可能性があり、約1か月間の学校勤務が死産の原因だと認めることは困難だとした。また、切迫流産や絨毛膜下血腫は、安静にすることが流産の危険性を低下させるか明らかでない。7月21日の入院からは約1ヶ月間安静にしていたという事実経過からも、死産の原因が勤務継続にあると認めるには困難だとして、女性の主張は採用されなかった。

以上3つの判断により、女性の請求は棄却された。

(補足:この裁判は原告女性に対し、被告は「北広島町/代表者である町長」となる)

●再発防止の機運を高めたかった

裁判では負ける結果になったが、2つめの争点で、校長の注意義務違反が認められたことは大きいと女性はいう。このことにより、当時の校長の対応は不適切だとなったのだから、どう対応すればよかったのか、当時の校長や北広島町教育委員会、広島県教育委員会は真摯に向き合い、再発防止に努めて欲しいという。

再発防止の機運を高めるために、女性はこの裁判結果を多くの人たちに知ってもらいたいと願っている。教育現場の働く環境が、少しでも改善されること。それがこの訴訟を起こした趣旨であり、おなかの子どもを守ることができなかった母親として、亡くなった子どもへの唯一の償いだと考えていた。

私(筆者)は、60代の男性校長に妊娠の報告をし、出血や流産の兆候を詳しく理解してもらうのは難しいことに思う。言った、言わないの食い違いを無くすためにも、第三者の立ち合いや専門機関の設置などの検討をして、どうしたらこのような出来事が起こらないか考えてもらえたらと私(筆者)も思う。

死産からのこの3年間を振り返り、泣かなかった日は母親失格なのではないかと思い、今いる二人の子どもにも辛い思いをさせてしまったと女性は言う。女性は過剰なストレスで気分障害を発症し、現在は教員を退職している。

これからは目の前にいるお子さんも大切にしてあげて欲しい。亡くなられたお子さんもきっとそれを願っていると私(筆者)は思う。