保育園4回落ちた。夫婦フルタイム申請でも保育園に落ち続け“幼稚園難民”へ。原因は夫の所得なのか?!

取材時に筆者撮影

今年も「#保育園落ちた」Twitterには悲鳴に近い声が上がっている。待機児童問題はいつまで繰り返されるのだろうか。保育園に落ち働けないことによる経済的不安を嘆く人、育休延長が認められず辞めてほしいと会社から連絡があり打ちのめされている人、胸が締め付けられるような投稿が相次いでいる。以下が「#保育園落ちた」Twitterの様子だ。

予測通り認可保育園は落ちた。子どもとはまだまだ一緒にいたいけど、仕事上早く復帰したい。去年の夏から見学していた認可外保育園は、まだ空きがない。さて、どうしよう。ベビーシッターは私としては不安だし、経済的に重たい。#保育園落ちた

先日、認可保育園に落ち、やっと今精神的ダメージから立ち直って来たので、ベビーシッターを使った場合に今後かかる金額を試算しようと思う。ちょうど今、産後1ヶ月経った。しかし、考えるだけで疲れる。認可外の連絡を待っているけど、期待しない方が良さそう。なんでこんなことに時間を割いているのだろう。。。#保育園落ちた

兄弟2人まとめて保育園に落ちた。上の子は育休中は退園させられ、預け先がないと4月から契約更新してもらえない。どうしてくれる?マジ日本死ねよ。#保育園落ちた

働く場所があり働く理由もあるのに、預ける場所がない。一人親なのに保育園落ちた。どうやって生活の基盤を作ればいいのか。DVで離婚したこと、夫から養育費をもらえていないこと、どうしても働かないとならないことを行政に伝えたのに。結局点数の世の中。#保育園落ちた

上司から「育休の延長は難しい。辞めて欲しい」と連絡がきた。心が崩れる。#保育園落ちた

保育園に入れた人は兄弟ポイントがつき同じ保育園に入れる一方で、落ちた人は経済的な余裕はなく、2人目3人目と子どもが欲しくてもそれどころではなく、少子化に貢献してしまう。これが今の格差社会の日本。#保育園落ちた

政治家は子ども産んで保育園に落ちると、元のキャリアに戻るのはほぼ無理と分かっているのか?#保育園落ちた

一度退職したら認可保育園は無理。幼稚園に入れると正社員はほぼ無理。小学校に入るまで専業主婦になったらブランクがあって、出産前よりいい条件の仕事なんてない。だから必死なんだ!#保育園落ちた

保育園に落ちたことをやっとの思いで上司に報告し、育休延長をお願いした。なぜ悪者になったように、こんなに苦しい思いにならないといけないのか。社会のお荷物に自らなっている訳ではない。私だって仕事したいのに。#保育園落ちた

(「Twitter #保育園落ちた の検索結果をもとに筆者作成)

先日、私のもとに悲痛な訴えが届いた。4回も認可保育園に落ち、その後子どもは“幼稚園難民”を経験し、未だに職場復帰できていない女性からの連絡だった。働きたくても働けない、まさに「保育園落ちた日本死ね」な状況の彼女に苦しい実態を聞いた。

取材時に筆者撮影
取材時に筆者撮影

●職業は助産師。病院では人が足りていないのに復帰できず

中川さん(仮名/38歳)は、都内の病院に所属し助産師をしている。中部地方出身で、結婚して大阪に移った。地元の公立病院で6年、その後大阪の民間病院で4年勤務し、2012年に夫の転勤で東京都に引っ越してきた。大阪では不妊治療をしていたが、引っ越しとともに治療は一旦止めた。妊娠とは不思議なもので、引っ越しでバタバタしている最中に自然妊娠した。

妊娠はとても喜ばしいことだったが、2012年4月1日に新たな病院に正職員として入職、5月妊娠が判明、と転職してすぐに妊娠したので、育児休業制度が利用できなくなってしまった。病院側は幸い雇用を続けてくれたのだが、育児休業は同一の事業主の下で1年以上雇用が継続していることが必要だった。(正社員でも労使協定で「産後休終了までに雇用された期間が1年未満は対象外」としている場合、育児休業が取得できない)

そのため、産休は取得できるが産後2ヶ月で子どもを預け、働き出さないとならない。その時の預け先の確保に、まず悪戦苦闘した。

第一子となる長男は、2012年12月に生まれ。年度内の保育園は認可・無認可問わず、すでにいっぱいだった(1度目の保育園落選)。中川さんが勤務する病院内の保育施設もいっぱい。そこで、医師である夫が勤務する病院の保育施設にお願いして預かってもらうことになったが、中川さんのためだけに保育士を増やすので「一時的」という約束だった。

2013年4月入園も全滅。ここで2回目の“保育園落ちた”になる。夫婦フルタイムで、無認可など書けるだけ書いて申請したにもかかわらず、すべてダメだった。仕方なく夫の病院の保育施設には4月までの1ヶ月半だけ預け、そこから育休を取得した。(入職して1年経ったのでここからは育休が取得できた。)

その後、1年間の育休を取得した2014年4月、3度目の保育園全滅だった。夫の病院の保育施設に預けた経緯があり、無認可に預けた実績ポイントもついたはずだったのに落ちてしまった。かろうじて、中川さんの勤務する保育施設に空きが出たので、そこに長男を預けて職場復帰した。なお、病院には夜勤業務もあり、妊娠中や長男が1歳を過ぎた後も担当した。

【中川さんの経緯】

・2012年4月 都内の病院に入職

・2012年5月 妊娠判明

・2012年12月 第一子となる長男を出産、年度内の保育園に落選

・2013年2月 夫の勤務する病院の保育施設に長男を預ける

・2013年4月 2度目の保育園落選(長男0歳)、育休を取得

・2014年4月 3度目の保育園落選(長男1歳)、中川さんの勤務する病院の保育施設に長男を預け、職場復帰

・2014年5月 台東区に引っ越し

・2015年11月 第二子となる次男を出産、その後育休を取得

・2016年4月 長男(3歳)で幼稚園(年少)に入園

・2017年4月 4度目の保育園落選(次男1歳)、3歳まで育休を延長(次男の育休は3年間になる)

今年10月に3年間の育休が切れ、復帰しなければならないが、その目途が立っていない。

(取材をもとに筆者作成)

中川さん(仮名)提供写真 2人の子ども
中川さん(仮名)提供写真 2人の子ども

● “幼稚園難民” 夜中の3時から願書を受け取りに並ぶ

中川さんが勤務する病院内の保育施設は、3歳までしか預けられなかったため、その後も保活は続いた(大きくなると体力を持てあますから、小さな院内の施設では3歳以降は見られないという方針)。長男が1歳となった4月も入園できず、3度目の保育園全滅となった。子どもが1歳半になる頃、不動産屋さんから「台東区なら待機児童が少ない」との情報を得て引っ越しまでした。長男の預け先が決まらず、なすすべがないため、二人目の妊娠も検討するようになった。2015年11月に第二子となる次男を出産し、その後育休を取得した。

ここでまた、不公平を感じることが起こる。台東区では、すでに保育園に入っている子は育休中でも通園できるのに、育休中に保育園の申し込みはできなかった。中川さんには、第一子の長男を自宅で見るか、幼稚園に入れるかの選択肢しかなかった。

そして“幼稚園難民”という壁に遭遇する。自宅から一番近い幼稚園は、決まった日に願書を受け取り、決まった日に提出しに行かないとならない。その決まった日の受付時間である9時に中川さんは願書を取りに行ったが、すでになかった。願書も数が決まっていて早い者勝ちだと後から知った。一番早い人は、夜中の3時に並んでいたと聞いた。この時、第二子の臨月だった中川さんには、とてもそんな対応はできなかった。これが、待機児童問題の後に続く、“幼稚園難民”問題だと知った。

このようなことが起こる原因として、隣接の墨田区が2年保育ということがある。そのため「3年保育にしたい」と中川さんの住む台東区に越境してくる人が多いのだとか。一番近い幼稚園は「事前に園長先生にお願いしておかないとならない」と他のママ友から教えられ、中川さんは後になって知った。

結局、長男は自宅より少し距離のある幼稚園になってしまった。一番近い幼稚園は、1日500円で17時まで預かってもらえたが、中川さんが実際に決まった幼稚園は延長が出来ず、14時までしか預かってもらえなかった。現在息子は楽しく幼稚園に通っているが、復帰の目途は立たないままとなった。

中川さん(仮名)提供写真 2人の子どもと
中川さん(仮名)提供写真 2人の子どもと

●一人目が落ちると二人目も入りにくい、負の連鎖を何とかして欲しい!

次男が1歳になった時、またしても保育園に落ちた。これで兄弟合わせて4度目の落選だった。そこで、育休をもう2年延長し、計3年間取得する道を選んだ。育休延長については、病院の規則で1回しか認められない事、1度変更したら延長も短縮も認められないとの事だった。そこで、次男の保育園申請を一旦見送り、育休延長中の状況となった。(現在、育児給付金は2年まで支給。それ以上の延長は事業主との交渉次第で、給付金はなく無給となる。)

現在、長男は5歳、次男は2歳。今年10月で3年間に延ばした育休期間が切れるため、自分はどうなってしまうのかと中川さんは嘆く。

兄弟ポイントがつく自治体は、認可保育園に二人目が入りやすく、しかも高額な低年齢の子どもの保育料が半額になる。その一方で、一人目が認可に入れなければ二人目も入りにくく、安くもならない。今後、もし無償化になれば、金額の格差はさらに開くことになる。「それはおかしい!」と中川さんはいう。「公平にと考えるならば、二人目を兄弟ポイントではなく、フルタイムでも一人も入れていない人を優先してくれてもいいのではないか?」というのが、中川さんの意見だ。もし次男が保育園に入れれば、長男の幼稚園が終わる14時以降はベビーシッターを使って働くという。

中川さんの気持ちは、痛いほどよく分かる。けれど、それを実行すると、今度は一人目保育園に入れても二人目が入れず復帰できない女性が出てしまう。

待機児童問題は、まさに女性たちの“熾烈な椅子取りゲーム”と化してしまっている。そして、このような女性たちの競争や分断を作ってしまっているのが、まさに国であり、待機児童問題を長年放置し、きちんと解消しない結果が起こしてしまっていることである。

取材時に筆者撮影
取材時に筆者撮影

●保育園落ちたのは夫が医師で高所得者だから?

夫婦共働きフルタイムにも関わらず、どうして中川さんは保育園に落ち続けてしまったのか?落ちた理由は自治体から明らかにはされないので、これはあくまで推測である。

中川さんの周りの医師の妻は、みな保育園に落ちているという。保育園は一定所得より上回ると、今度は逆に入れてもらえないという(中川さんの話では、入園基準の所得について、台東区の手引きに記載はなかった)。

「夫が高所得なら働かなくてもいいじゃないか」という意見もあるかもしれないが、中川さんは産休育休を取得した期間以外、仕事をしていない期間はなく、助産師の仕事に誇りと遣り甲斐をもってきた。子どもはいずれ大きくなり、手から離れて行く。夫が事故や病気で働けなくなることだってあるかもしれない。母親である前に一人の女性として、仕事を持つ人生を生きたいと願っていた。

中川さんはいう。「今まで高い税金を払って来たのだから、他の人が受けられる社会福祉を同じように受けたい」と。

保育園落ちた日本死ね」ではないが、この仕事にも戻れない、子どもも預けられないという状況は、今まで働いてきた女性の人生を狂わせる。そして、それによって引き起る少子化は、日本から日本人がいなくなるという、一刻を争う深刻な問題だ。いつになったらこのような声がなくなるのか、国はその本気度をいつになったら見せてくれるのか。なんとも嘆かわしいばかりだ。