大阪都構想住民投票(大阪市を廃止し特別区を設置することについての住民投票)は、またしても「反対多数」という結果となりました。当初は公明党が「賛成」にまわるなど可決濃厚とまで目されていた今回の住民投票、なぜ反対派が勝利することができたのか不思議に思う人も多いかもしれません。今回は、「反対多数」となった理由について書き出したいと思います。

「現状維持バイアス」が大きく働いた

 31日に筆者がYahoo!に寄稿した記事にも書きましたが、今夏までは賛成派が反対派を大きく上回っていたとみられる中、10月に入ってから急速に反対派が増えている理由の一つには「現状維持バイアス」が挙げられます。

 「現状維持バイアス」を再度簡単に解説すると、行動心理学におけるプロスペクト理論に基づいたバイアスの一つで、未知なるものや未経験なものに対して、それを受容することに対する心理的な抵抗が現状維持を呼び起こし変化しないことに固執するというものです。昨日の投開票後の橋下徹氏も「人間は将来の不安に対し、ものすごく神経質になるもの。(大阪都構想の)将来に不安があるぐらいなら現状の問題点を甘受しようということだろう」とのコメントを出していますが、まさに「現状維持バイアス」のことです。

この現状維持バイアスの詳細な解説は前稿に譲るとして、「大阪市を廃止する」という「失う事実」を過大評価してしまうことで、繰り返しになりますがこのバイアスとは端的に言えば、本来かかる時間的または費用的コストを過大に見積もりがちだということです。今回の住民投票では、「大阪市が廃止」されるということで、特に高齢者層を中心に「大阪市」に対してノスタルジーを感じる人たちを狙って、「特別区に移行すれば後戻りができない」「130年の歴史ある大阪市が終わる」などといった反対派のアプローチはこの点を狙ったものともいえます。実際に住所表記が変われば、表札を変えたり新しい住所をお知らせしたりなど時間的または費用的コストはある程度かかることは間違いありませんが、2025年という将来に発生する具体的なコストが見えず、どのように住民サービス・生活様式が変わるのかが手に取るようにわかるまでには至らなかった、というのも「反対」が多かった理由でしょう。

維新の会の限界

 昨日深夜に行われた「反対」派の記者会見では、松井一郎大阪維新の会代表が任期満了での政界引退を表明したほか、吉村洋文大阪維新の会代表代行も、「僕が都構想に挑戦することはない」と明言をしました。

 5年前の反対多数から、公明党の懐柔など様々な形で都構想を推進してきた維新の会でしたが、一方で政党としての拡大の限界を迎えつつあったのも事実です。大阪維新の会を母体とする日本維新の会は、関西圏での存在感を増やしつつありましたが、一方で大阪府外での影響力はまだわずかなものです。東京進出など国政で力をつけるためのアプローチも行われてきましたが、長期政権となった安倍政権の下ではこの5年間で衆議院議員総選挙も1回しか行われず、国政レベルで都構想や道州制を焦点にすることはできませんでした。

 橋下氏が政界を引退した後、松井・吉村のツートップ体制が注目を集めましたが、それは一方でツートップ体制が公務に集中しなければならない(コロナ禍のような)状況下においてマスコットとなる人材がいないという、維新の人材不足問題も露呈したことになります。コロナ禍では吉村知事の記者会見やリーダーシップが評価された一方で、これら維新による府政運営の賛否と都構想賛否が必ずしも一対一対応していなかったことは各種世論調査や情勢調査で明らかでした。特に無党派層では、府政運営には一定の評価をするものの、都構想についてはニュートラルな状態から判断をした人が多く、松井・吉村ツートップが司令塔となる中で草の根の活動を展開するための人員に不足があったことは否めません。

公明党と創価学会の溝

 恐らくもう一つの誤算があったとすれば、あの公明党が一枚岩になれなかったことです。常勝関西とも呼ばれる鉄の結束を誇るはずの公明党ですが、報道各社の出口調査では賛成と反対がほぼ拮抗もしくはやや反対が上回る結果となりました。公明党本部は山口代表まで来阪させて賛成を推し進めましたが、コロナ禍ということで十分な地回りや集会が開かれなかったことが大きな理由とも言われています。選挙最終盤では、創価学会員を名乗る人が大阪駅前で演説をしていた公明党議員に涙ながらに詰め寄る動画などもネットではみられるなど、相当な軋轢があったことがわかります。

 そもそも、公明党以外の(前回2015年の住民投票時に存在しなかった政党を除いた)すべての政党は、前回とスタンスが一緒です。公明党だけが反対から賛成に転じたわけで、その方針転換をきちんと支援者に伝える責務がありました。党利党略の中で公明党は維新と手を結び賛成に転じたわけですが、個々の住民サービスに危惧する層や婦人部などの学会員などまでに都構想の支持を広げるためには、相応の対話努力が必要であったにもかかわらず、コロナ禍という状況などもあり、浸透が不十分だったというところでしょう。

毎日新聞「4分割218億円コスト増」が最終打撃

 それでも投票期間中盤までは、賛成派と反対派はほぼ拮抗していたか、やや賛成派が有利でした。今回の住民投票では、NHKが期日前投票の出口調査をかなり広範にわたって実施しており、序盤・中盤・終盤それぞれの投票傾向が明らかになっています。それによれば、序盤はごくわずか賛成派がリード、中盤は完全に互角といった内容でした。一方、終盤となる28〜31日は明らかに反対が賛成を上回っており、終盤戦にかけて状況が変わったことがわかります。

 毎日新聞が「大阪市4分割ならコスト218億円増 都構想実現で特別区の収支悪化も 市試算」との報道を出したのは、26日正午でした。朝日新聞なども追いかけたこの記事は、結果的に大阪市が発表を撤回するまでの間相当な拡散をすることとなります。NHKが住民投票に関連してSNS上で流行ったキーワードを追いかけた分析では、後半戦に「コスト」という言葉が大幅に上昇したことからも明らかです。

 期日前投票は、一般的に期間後半ほど投票者数が伸びる傾向にあります。今回でいえば、13〜25日までの13日間で約22万8千人に対し、26〜31日の6日間で約19万人(いずれも不在者投票含む)と、この傾向は強く出ました。大阪市役所が発表に対して誤解があったなどとして実質撤回をしたものの後の祭りであり、後半戦の早いタイミングで出た報道が賛成派にとって最終的な打撃となったことは間違いないでしょう。

毎日報道に「選挙無効」まで言っていたが、今後は

 この毎日新聞の報道後は、大阪維新の会所属議員からも「公職選挙法違反でどちらにせよ選挙無効だ」などといった主張が一部なされるようになりました。結果として反対多数で否決となったものの、松井代表は「任期満了での政界引退」、吉村知事は「僕が都構想に挑戦することはない」とコメントしたことで、アメリカ大統領選ばりに不安視までされていた「選挙無効」訴訟となる可能性は少なくなったとみられます。

 では、今後はどうなるのでしょうか。大阪都構想は大阪維新の会、日本維新の会にとって一丁目一番地の政策でした。この政策が2度否決されたことで、党の方向性を一時的に失う可能性は高く、新たな党の方針を早期に打ち出さない限り、来たる衆院選にも影響を与えることは間違いないでしょう。東京都知事選挙で維新が躍進とみる識者も多い中、維新はすでにピークに達したとの見方もあったことから、緩やかな下降トレンドになる可能性もあります。一方、コロナ禍は当分続く見通しの中、吉村知事のリーダーシップは健在でしょうから、この点人気が急激に低下するとは考えにくいです。

 公明党も今後が不安視されます。衆院選はあくまで党代表を国政に送り込む場であり投票の大きな目的が異なりますから、今回の住民投票における分裂という結果がすぐに府内4小選挙区に議員を有する衆院選に大きな影響を与えるとは考えていません。しかしながら、公明党と創価学会との間に溝が深まったことは事実であり、自民・公明・維新による連携三角形が崩れる可能性は大いにあります。安保法案時にも創価学会と公明党とは宗教方針と党是との差異で緊張した関係になったことや離反者が出たことも事実であり、早期に対話を実現しない限り、中長期的な瓦解を引き越す可能性もあります。

 一方、自民党大阪府連は面目を保ちました。今後は維新に近いとされている政権中枢との関係再構築が課題となります。また、統一地方選は2年半後とまだ先ですが、必ずしも2度の都構想否決が維新の凋落を決定づけるものとはいえず、また府政運営賛否と都構想賛否が一対一対応しないことの裏返しになりますが、必ずしも都構想反対=自民支持というわけでもないことから、再度、府議会や市議会などの地方議会でのプレゼンスを出すための努力が必要になります。

 2度の都構想住民投票は、いずれも反対多数で否決という結果となりました。今後実施される「憲法改正国民投票」のミニチュア・モデルとも言われていた大阪都構想住民投票ですが、一連の流れから原因と結果を分析することで、選挙(投票)戦における時間軸の流れと有権者の投票心理の変化について各党が再評価し学習するよい機会にもなったと感じています。2025年大阪万博開催を控え、都構想や道州制の明らかなターニングポイントを迎えた今後の大阪にも注目です。