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性犯罪捜査とセカンドレイプ  詩織さんとキャサリンさん

大野和興ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

フリージャーナリストの山口敬之氏に対する準強姦罪の逮捕状が官邸筋の圧力によってを握りつぶされた事件。東京地検は逮捕状不執行の後山口氏を不起訴処分にした。これに対し被害者の詩織さんは検察審査会に不服を申し立て、5月29日に記者会見してそのことを世論に訴えた。その後、詩織さんは週刊『女性自身』で、警察当局による事情聴取のあり方について鋭く問題提起している。それはまさに“セカンドレイプ”そのものだったというのだ。その記事を読みながら米国兵士に基地の町横須賀でレイプされ、犯人とともに日本の警察当局をセカンドレイプとして追い詰めていったキャサリン・ジェーン・フィッシャーさんのことを思い出した。キャサリンさんの事件が起こったのは2002年。15年後も今も同じようなことが警察によって行われているのだと思い知った。(大野和興)

yahooニュース6月8日に転載された『女性自身』インタビューでの詩織さんの言葉をから紹介する。

「捜査の過程では、被害者として耐えられないことがたくさんありました。所轄の高輪署では、男性警官がいる前で私が床に寝転がり、大きな人形を相手にレイプされたシーンを再現させられました。さらにそれを写真に撮られるんです。口頭で説明すれば状況はわかることなのに、なんでこんな屈辱的なことをしなくちゃいけないのか。ほんとうに苦しかった……」

キャサリンさんとは取材で2度ほどお目にかかった。男性記者の筆者にわかってもらおうと思いを込めて話されるその表情に向き合っているのがつらかったことを覚えている。彼女は絵を描いた。レイプは被害者の心を殺す。当初、彼女の絵は黒で塗りつぶされていた。強くならなければと彼女は考え、行動を起こす。絵に次第に色彩が戻ってきた。彼女の物語をこんな書き出しで始めた。

(日刊ベリタ2009年5月30日:ジェーン『自由の扉-今日から思いっきり生きていこう-』 世界中の傷つき苦しむ性犯罪被害者へのメッセージ)

http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200905301438356

「2002年4月、神奈川県横須賀市で一人の女性がレイプされた。犯人は米空母キティーホーク所属の米兵、被害者はオーストラリアの女性だった。彼女への加害はなおも続く。駆け込んだ警察署でセカンドレイプに遭うのだ。男性警官によって、受診もできないまま傷ついた心身への配慮もなく、一晩中質問攻めにあう。さらに再現写真撮影という理由で、『レイプの格好がどんなものであったかをすべて教えろ』と迫られる。深刻なPTSD(心的外傷後ストレス障害)に陥り、生きていくのがつらく、困難になった」

在日米軍は犯人をすぐさま米国に送り明けした。逃亡させたのである。これも、詩織さんをレイプした山口氏の逮捕状執行を、警視庁を使って所轄署に圧力をかけ取りやめさせた詩織さんの事件にそっくりである。

キャサリンさんの物語は続く。アジア女性資料センターの資料から追ってみる。

「フィッシャ―さんが米軍兵士から性的被害を受けた事件のついて、日本の検察は2002年 7月に不起訴を決定し、米軍の軍法会議もこの件を扱わないと決定したため、事件は、被害者と加害者間の個人的な問題ということにされてしまった。そこでジェーンさんは、2002年8月に加害米兵に対する民事訴訟を起こし、2005年に勝訴判決を勝ち取った。しかし米軍が公判中に加害者を除隊・帰国 させてしまい、居場所がわからなくなってしまったため、実際に補償金は支払われなかった。」 

「ジェーンさんは処罰を免れて本国に帰還した加害者の行方を自力でつきとめ、提訴、2013年10月に勝訴判決をかちとった。裁判では原告が、ジェーンさんとの民事訴訟中であったにもかかわらず、在日米軍の弁護士の「とにかく日本を出ろ」という指示で出国したことも明らかにされた。日米地位協定は、事件・事故を起こした米兵を日本が訴追し裁く権利を制限している。さらに、日本が第一次裁判権を有するケースであっても、日本の司法当局が積極的に訴追をしないという密約が交わされていたことも明らかになっている。」

彼女は米国に渡り、犯人を自力で追跡すると合わせて、警察の不当捜査にもたたきを挑んだ。神奈川県警の不適切で屈辱的な捜査によって受けた苦痛に対し、国家賠償請求を起こしたのだ。この裁判は、2009年7月16日に最高裁で敗訴が確定したが、警察による性暴力の捜査のあり方に対する重要な問題提起となった。

彼女は本当に開放されるのは、沖縄における情勢に対する性犯罪問題に正面からぶつかったことからだ。2016年の沖縄うるま市での米軍属男性による沖縄の女性強姦殺人事件では、フィッシャーさんの姿は常に抗議の集会、デモの先頭にあった。辺野古でも、カヌーに乗り、海上保安庁の監視船の前で海に飛び込み基地工事に反対抗議をしている彼女の姿が見かけられた。

◆性犯罪被害者としての提言

彼女は、24時間体制のレイプ緊急支援センターの設立を軸とする性犯罪の防止と被害者の支援のための提言をまとめ、日本社会と日本政府に公開書簡を出している。日本にこの種の施設がひとつも存在しないことは想像もしていなかった、と彼女は書いている。彼女自身、被害者になって初めて気づいたことだ。オーストラリアにはたくさんの24時間体制のセンターが公的支援を受けて運営されているという。

そのセンターでは被害者は国籍、民族、言葉などによって一切差別されず、敬意を持って扱われ、プライバシーや自分の意見が尊重されなければならない、と彼女は強調する。

最後に彼女の提言を列記しておく。

1、24時間体制のレイプ緊急支援センターの設立

2、アメリカ軍人による日本における犯罪防止策と被害者のケア

3、児童性虐待者による子供への接近の禁止

4、性犯罪被害者の立場を理解するための警察官の研修

5、被害者パッシングをやめること-ジャーナリズムの責任-

6、性犯罪に理解について、社会全体に必要な教育と情報

7、裁判所での性犯罪被害者の権利の向上

8、性犯罪の再発防止の取り組みの推進

9、日本政府は、国連による日本人の人権改善のための勧告を受け入れること

≪追記≫

1、詩織さんについて、警察捜査は「セカンドレイプ」と書いたが、実際はサードレイプと読んだ方が正しい。詩織さんが記者会見した後、詩織さんはネットですさまじいバッシング受けた。毎日新聞デジタル版(6月8日)は以下のように報じている。

「ところが翌日以降、ネット上では『負けないで』『勇気ある行動』という励ましや称賛とともに、『胸元を開けすぎ』『ハニートラップではないか』など激しいバッシングが広がった」

2、山口氏は「私は法に触れる事を一切していません」との見解を発表している。

ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

1940年、愛媛県生まれ。四国山地のまっただ中で育ち、村歩きを仕事として日本とアジアの村を歩く。村の視座からの発信を心掛けてきた。著書に『農と食の政治経済学』(緑風出版)、『百姓の義ームラを守る・ムラを超える』(社会評論社)、『日本の農業を考える』(岩波書店)、『食大乱の時代』(七つ森書館)、『百姓が時代を創る』(七つ森書館)『農と食の戦後史ー敗戦からポスト・コロナまで』(緑風出版)ほか多数。ドキュメンタリー映像監督作品『出稼ぎの時代から』。独立系ニュースサイト日刊ベリタ編集長、NPO法人日本消費消費者連盟顧問 国際有機農業映画祭運営委員会。

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