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TPPとは何か(1)資本主義の生き残りをかけた市場争奪戦

大野和興ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

TPP(環太平洋経済連携協定)交渉は今年10月の基本事項合意をめざし、アメリカ主導で急ピッチで動いている。安倍政権はその船に乗り遅れるなとばかりに、3月15日、TPP交渉参加を正式に打ち出した。国内の世論も安倍政権の円安株高誘導政策による景気回復の期待が高まる中で、TPP参加は経済成長に欠かせないという政府やメディアのキャンペーンが浸透、TPP参加に賛成する声が強まっている。TPPとは一体何か、総合的に考えてみる。

1980年代から新自由主義グローバリゼーションに反対する運動の渦中で過ごしてきた。まずGATTウルグアイ・ラウンド。80年代後半、GATT(貿易と関税に関する一般協定)の最後の多国間の多角的交渉が行われ、1993年暮れ、コメの部分自由化を日本が受け入れて幕を閉じた。ウルグアイ・ラウンドを最後に、世界銀行、IMFと並んで第二次大戦後の世界の経済秩序をつくってきたブレトンウッズ体制の三本柱の一つGATTは閉幕し、1995年に現在のWTO(世界貿易機関)に代わった。GATTより強力な権限をもって貿易・投資・サービスの自由化を一層進めるための世界機関だ。しかしWTOを舞台とする自由貿易交渉は先進国と途上国、先進国間の利害の対立が解けず、交渉は行き詰まったまま現在に至っている。そこで2000年代に入り、WTOのラウンドと並行して二国間あるいは国を越えた地域内での自由貿易協定(FTA)が進み始めた。徹底した貿易と投資の自由化をめざすという方針を掲げて現在アジア太平洋に位置する11か国で進められているTPPもその流れにあると、一般的にはみられている。

だが、果たしてそうか。TPPの動きをみていると、戦後世界を貫いてきた自由貿易の流れとは異なる側面が見えてくる。その側面をたどっていくと、戦後世界を形成してきた秩序の崩壊と混沌という現実に行き着く。TPPはまさにその産物ではないか、と私自身は理解している。一つは経済的な側面である。サブプライムローンの破たんとそれに続くリーマンショックに象徴的に現れた世界経済の危機は米国、ヨーロッパ、そして中国など新興経済国を巻き込んだ世界恐慌の様相を呈し、行き先の見えない漂流状態が続いている。そうした状況の中で戦後世界が一度は否定したブロック経済化が再び台頭してきているように見える。それぞれ国が生き残りをかけて市場争奪戦に参入し、一種の閉鎖市場としてのブロックを形成する動きである。FTAは当初の段階では世界全体の自由貿易を意図するWTOを補完するものと位置づけられ、市場の囲い込みではないと説明されてきた。そのWTOが半ば解体ともいえる状態に立ち至っている今、FTAはまさに市場の囲い込み以外のなにもんでもない存在に陥っている。TPPはその最先端の動きとみることが出来る。

第二次世界大戦に至る経過をみても、市場の囲い込みと軍事力は切り離せない。日本は日米安保のもとで日米同盟を国家運営の基軸において戦後世界を生きてきた。安倍首相が2月の日米首脳会談で「日米同盟がもとに戻った」と胸を張り、集団的自衛権の容認、沖縄・普天間基地の辺野古移設、などと合わせてTPP交渉参加をオバマ大統領に約束した背景もここにある。

TPPのもう一つの側面は、人びとの生存権や基本的人権に関わることである。さまざま人びとが現に生きている地域を自由な貿易と投資を通して一つの経済圏に統合するためには、そこに生きているそれぞれの人びとがつくりあげてきた生存の条件や文化などなどを解体し、一つの基準で統一する必要がある。その結果、どういう社会が出現するか、詳細は後で述べることにする。

ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

1940年、愛媛県生まれ。四国山地のまっただ中で育ち、村歩きを仕事として日本とアジアの村を歩く。村の視座からの発信を心掛けてきた。著書に『農と食の政治経済学』(緑風出版)、『百姓の義ームラを守る・ムラを超える』(社会評論社)、『日本の農業を考える』(岩波書店)、『食大乱の時代』(七つ森書館)、『百姓が時代を創る』(七つ森書館)『農と食の戦後史ー敗戦からポスト・コロナまで』(緑風出版)ほか多数。ドキュメンタリー映像監督作品『出稼ぎの時代から』。独立系ニュースサイト日刊ベリタ編集長、NPO法人日本消費消費者連盟顧問 国際有機農業映画祭運営委員会。

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