Yahoo!ニュース

「小遣い稼ぎ」で猫の繁殖始めました 猫ブームの行き着く先は?

太田匡彦朝日新聞記者
東京都内のペットショップ。この子猫は45万円(税込み)で売られていた(筆者撮影)

生後56日以下の子犬・子猫の販売を禁じる「8週齢規制」や、業者の飼育方法に関する数値規制の導入などを盛り込んだ改正動物愛護法が今年6月、可決、成立しました。1973年に議員立法で制定されて以来、4度目の改正です。主眼は、第1種動物取扱業者への規制強化に置かれていました。背景には、劣悪な環境で犬や猫などを繁殖・販売し続ける一部業者の存在があります。2008年にペット流通の取材を始めて以来、その残酷な現場をいくつも見聞きしてきました。この度、これまで取材してきた、日本の生体販売ビジネスが犬猫にもたらす過酷な現実や今年行われた動物愛護法改正の舞台裏などについてまとめた『「奴隷」になった犬、そして猫』を出版しました。その一部を紹介させていただきます。(写真と本文とは直接関係ありません)

 猫の保護活動をしている男性がその住宅を訪ねると、強いアンモニア臭がおそってきたという。

 住宅内では、30匹以上の成猫と10匹ほどの子猫が、複数の部屋にわけて飼われていた。糞尿にまみれた床には、共食いの被害にあったと見られる子猫の頭部が一つ、転がっていた――。

 関東地方北部の、住宅地と田畑が混在する地域に建つこの住宅で、60歳代の女性は2007年からある純血種の猫を繁殖させていた。

 女性の自宅に近いターミナル駅で待ち合わせ、話を聞いた。

「命をお金に換えることに罪悪感はありました」

 女性はそう告白し始めた。

 たまたま入ったペットショップで、雌猫を衝動買いしたのが始まりだったという。1匹だと寂しいだろうと、同じ種類の雄猫を続けて買った。2匹とも不妊・去勢手術をしないまま飼っていると、翌年から次々と子猫が生まれ始めた。飼いきれず、近所のペットショップに相談したら、子犬・子猫の卸売業者を紹介された。女性はこう振り返る。

「業者に『ぜひ出してくれ』と言われて、売り渡しました」

 それから、生まれた子猫たちを次々と売るようになった。

 すべて近親交配だったため、卸売業者には1匹あたり1万~2万円程度に買いたたかれた。それでも年に3度のペースで繁殖させ、その都度あわせて20匹以上も産まれるので、それなりの収入にはなった。

 ペットショップの店頭で、自分が繁殖させた子猫を見かけることもあったと話す。

「1匹数万で売った猫が、ペットショップの店頭では十数万円で売られていた。店頭に並ぶ子猫の姿を見ると、胸が痛みました」

 13年に入って体調を崩し、廃業せざるを得なくなった。でも猫たちは手元に残り、管理が行き届かないまま増え続けた。糞尿の片付けも追いつかず、自宅の中は強いアンモニア臭が充満するようになった。

 追い込まれ、最終的に動物愛護団体に助けを求めた。

「最大40匹くらい抱えてしまい、エサが足りなかったのか、成猫に食べられてしまう子猫もいました。猫たちはもちろん自分も家族も、誰も幸せにはなれませんでした。せめて、買われていった子猫たちは幸せになっていると信じたいです」

 女性は、後悔していると言いつつ、最後にこう付け加えた。

「でも、知人のブリーダーのなかには、公団住宅の1室に40匹くらい抱えていたり、6畳2間のマンションで繁殖させていたり、うちよりひどい状況のところもあるんですよ」

●猫ブームの「恩恵」

 猫は、平成の半ばに入って存在感を増し始めた。一般社団法人「ペットフード協会」の推計によると、2000年には約770万匹だった飼育数はじわじわと増え続け、17年に約952万匹となってついに犬(約892万匹)を逆転した。背景には、00年代半ばから始まった猫ブームがある。

 バブル状態の市場環境は、繁殖・販売業者の新規参入を促す。

 脱サラや定年退職して猫の繁殖業を始める人もいれば、「農家の人で、野菜を作るより猫を繁殖するほうが効率がいい、と始める人もいると聞く。安易に猫の繁殖を始める人が相当いる」(大手ペットショップチェーン経営者)といった状況だ。

「多少の小遣い稼ぎになればいいかなと思い、始めました」

 そう話す関東地方南部に住む60代の男性は、10年代に入り、勤務先を定年退職したのを機に猫の繁殖業を始めた。

 最寄りの駅から車で20分ほど。住宅地の一角に、男性の自宅はあった。敷地の片隅に、繁殖用の猫たちが飼われている「猫舎」が建つ。猫舎の中を案内しながら、男性は話す。

 本当は犬のほうが好きだが、犬は鳴き声がうるさくて近所迷惑になる可能性があり、猫よりも広いスペースが必要になることから、断念したという。

 開業に必要な繁殖用の猫は、埼玉県内の競り市で買ってきた。雄1匹、雌2匹。「いろいろ調べて、利口で飼いやすく、おとなしい性格と言われている種類の猫を選びました」。この猫種はその後に人気が出て、いまは約10匹の繁殖用猫を抱えている。

 交配時期を調整しつつ、年間20、30匹の子猫を出荷している。ペットショップのバイヤーに直接販売することもあれば、競り市に持っていくこともある。出荷価格は始めたころに比べて2、3倍になっていて、いまは1匹あたり10万~15万円の値がつく。

「競り市だと、とんでもない高値がついたり、逆にものすごく安い時もあったりする。それはけっこう楽しいんです。ただ、競り市に出すと、ブリーダーさんに買われることがある。ブリーダーさんのところに行っちゃったら、絶対に幸せになれないですよ。一生、狭いケージに入れられるかもしれないんですから。私としては、なるべくかわいがってくれる人に買ってもらいたい。だからどちらかと言えば、ペットショップに直接売るようにしています」

 猫ブームの恩恵を強く感じている。だからこそ、繁殖に使っている猫たちに無理をさせたくない。最初に競り市で買ってきた雌猫は、そろそろ繁殖に使うのをやめようと思っている。繁殖から引退した猫を引き取ってくれる動物愛護団体に、相談を始めているという。

●闇に消えていく猫たち

 新規参入者が増える一方で、目立ってきたのが、猫の繁殖にも手を出す犬の繁殖業者だ。大手ペットショップチェーン経営者は、「『犬だけじゃなくて猫も』という安易な兼業繁殖業者が増えてきている」と懸念する。

 ある大手ペットショップチェーンの推計では、2015年度時点で、犬の繁殖業者が猫の繁殖も始める事例は、繁殖業者全体の3割を超えてきているという。「犬猫兼業」繁殖業者がどんどん登場しているのだ。しかも同時に、「猫は蛍光灯をあて続ければ年に3回繁殖でき、しかも運動する必要もないから狭いスペースで飼育でき、とにかく効率がいい」(別の大手ペットショップチェーン経営者)という考え方が広がりつつある。

 筒井敏彦・日本獣医生命科学大学名誉教授(獣医繁殖学)はこう憂える。

「犬と猫は全く別の動物です。たとえば、犬では感染症を防ぐのに有効なワクチネーションプログラムが確立しているが、猫ではワクチンで十分に抑えきれずに広がってしまう疾患がある。求められる飼育環境も、犬と猫とでは全く異なる。猫を飼育する際の様々なリスクを、犬のブリーダーがどれだけ理解できているのか心配です」

 猫の繁殖に参入したものの数年で撤退に追い込まれる業者は少なくない。関東地方南部で20年あまり犬の繁殖業を続けてきた女性は数年前、ブームに乗って猫の繁殖も始めてみた。

 だが、しばらくすると感染症が蔓延した。

「犬と同じようにいくのかと思ったら全然違った。感染症が一気に広まって、怖くなってやめました」

 女性はそう振り返る。

 業者が廃業しても多くの場合、猫たちは繁殖から解放されない。廃業は第1種動物取扱業の登録が抹消されることを意味する。つまり、行政の目が届かなくなる。結果、繁殖に使われていた「台雌」と「種雄」の多くは、同業者に横流しされていく。こうした猫たちは、行政に把握されないまま闇へと消える。

 さらに、朝日新聞による、全国の自治体で回収した「犬猫等販売業者定期報告届出書」の調査では、毎年少なくとも4千~5千匹の猫が、繁殖から流通・小売りまでの過程で死んでいることが明らかになっている(原則として死産は含まれない)。ブームは、これだけの数の犠牲の上になりたっているのだ。

 このまま猫ブームが続けば、猫たちの過酷な状況はますます広まっていく。もちろんブームにはいつか終わりがくる。ただペットのブームは、終わった後にも悲劇が起こる。大手ペットショップチェーンの経営者はこう話す。

「私たち自身、いまのようなブームがいつまでも続くとは思っていません。毎年、『今年が山場だろう』というつもりでいます。一方でこの数年、高く売れるからと、各ブリーダーとも子猫の繁殖数を大幅に増やしている。そのため、かなりの数の繁殖用の猫を抱えてしまっています。ブームに陰りが見えて子猫の販売価格が下がり始めたら、増やしすぎた繁殖用の猫たちがどうなってしまうのか、行く末が懸念されます」

『「奴隷」になった犬、そして猫』から抜粋)

朝日新聞記者

1976年東京都生まれ。98年、東京大学文学部卒。読売新聞東京本社を経て2001年、朝日新聞社入社。経済部記者として流通業界などの取材を担当した後、AERA編集部在籍中の08年に犬の殺処分問題の取材を始めた。15年、朝日新聞のペット面「ペットとともに」(朝刊に毎月掲載)およびペット情報発信サイト「sippo」の立ち上げに携わった。著書に『犬を殺すのは誰か ペット流通の闇』『「奴隷」になった犬、そして猫』(いずれも朝日新聞出版)などがある。

太田匡彦の最近の記事