精神科医が患者に「不適切な診療」と「性暴力」 遺族が告発した実態とは

Y医師がAさんに送ったメール(『もう1回やり直したい』より)

 福岡・静岡・愛知で性犯罪の無罪判決が相次ぎ、大きな話題となっていた2019年3月。鹿児島地方裁判所では、ある判決の言い渡しが行われていた。

 詐欺罪に問われた精神科医に、懲役2年執行猶予4年の有罪判決。

 医師の罪は、38回にわたり診療報酬計約50万円をだまし取ったというもの。しかしこの一見小さな事件は、地元の南日本新聞で大きく取り上げられた。なぜか。それは、この医師が起こした「事件」がこれだけではなかったからだ。

 2019年3月21日付の南日本新聞はこう報じている。

鹿児島市の精神科医Y被告(46)が診療報酬をだまし取ったとして詐欺罪に問われた事件は、患者らに向精神薬を不正処方し、性的な言動をした疑いが発端だった。元患者らは20日、被告の有罪判決を受け同市で記者会見を開き、「頭を下げ、謝罪してほしかった」と訴えた。

※原文でYは実名 (南日本新聞/2019年3月21日)

(南日本新聞/2019年3月21日付)
(南日本新聞/2019年3月21日付)

 医師の周辺では、女性患者1人と診療所の従業員1人が自死。どちらも医師から向精神薬を処方され、モラハラあるいはパワハラ的な言動を受けた上で性的関係を持たされていた。女性患者のスマートフォンからは、医師による性的あるいはモラルハラスメント的なメッセージが大量に見つかり、女性が心理的にコントロールされていたことを伺わせる内容もあった。

 遺族から連絡を受けて弁護士らとともに調査・告発を行い、その経緯を『もう一回やり直したい 精神科医に心身を支配され自死した女性の叫び』(萬書房)にまとめた「市民の人権擁護の会」の米田倫康さんに話を聞いた。

◆◆◆

「そんなこと言うなら頓服出さない」

医師から送られたメールの中身

ーー2014年12月に自死した女性患者Aさんのご遺族から相談を受け、米田さんが調査を開始したのが2015年5月から。最初にこの相談を受けたとき、どう思われましたか?

米田さん(以下敬称略):精神科医による不適切な治療についての調査に関わったことは何度もあり、自死してしまう事例も聞いていました。こんな言い方は失礼ですが、最初は「よくある事例」だと思いました。

これは他と違うと感じたのは、医師からAさんに送られたメールの内容を見てからです。

ーー医師はAさんが診療に通い始めた直後から個人的なメールを送り、その内容は「僕はさすがに男としては見れないでしょ(*^^*)」「治療とは別に口説いたら嬉しい?」など、関係を持ちたがっていたことが明確です。

Y医師がAさんに送っていたメール(『もう1回やり直したい』より)。画像の一部を加工。この他、「死ね」「今までのメール消せよ」などの内容もあった。
Y医師がAさんに送っていたメール(『もう1回やり直したい』より)。画像の一部を加工。この他、「死ね」「今までのメール消せよ」などの内容もあった。

Y医師がAさんに送っていたメール(『もう1回やり直したい』より)。画像の一部を加工。この他、「死ね」「今までのメール消せよ」などの内容もあった。
Y医師がAさんに送っていたメール(『もう1回やり直したい』より)。画像の一部を加工。この他、「死ね」「今までのメール消せよ」などの内容もあった。

米田:精神科医が患者と個人的な関係を持つことはご法度ですし、倫理観のある医療関係者が見たら一発目からアウトだとわかる内容です。

また、関係を持った後でY医師が既婚であることを知ったAさんが「患者と医師の関係に戻りたい」と当然の要求をしましたが、これに対してY医師は「そんなこと言うなら頓服出さない」「治療はおしまい」など、まるで懲罰のようなメッセージを送っています。

このようなやり取りを見たとき、これは医療過誤とか、そんなレベルの事件ではないなと思いました。

SNSで実名告発 たくさんの証言が集まった

ーー米田さんが見てきた医師による不適切な治療の中でもひどいものですか?

米田:いや、もっと巧妙にバレないようにやる人はいます。Y医師の場合は、これだけ証拠が残っている、非常に露骨なケース。ある意味、告発しやすいと感じました。

とはいえ、今までの経験から刑事・民事ともに裁判の壁は非常に高いことはわかっていました。傷害であっても「医療上の行為」と言い逃れされることが多く、成人した男女の性行為について罪に問うのは非常に難しいことです。また、精神的不調の悪化を理由に被害届を下げさせられたりという状況もあります。

民事訴訟を起こすにしても、被害当事者が精神科の患者となると余計に「妄想だ」などと言われますし、裁判の過程で起こる人格攻撃に耐えられなくなってしまうこともある。医学の土俵で戦う限り、精神科医は無敵です。ですから戦略が必要でした。

ーー言い逃れできない証拠を押さえる必要があった。

米田:ここまでのことをやっている医師であれば、他の不正も必ずやっているに違いないと確信がありました。一番ピンと来たのは、診療報酬の不正請求。そこを調べるとともに、他にも被害者がいないか近隣で情報収集を行いました。

いろいろな情報が集まってきて「これはさらに他にも被害者がいることは間違いない」とわかった時点の2016年12月にSNSでY医師を実名告発しました。訴えられても良いという覚悟の中での告発でしたが、そのおかげでたくさんの人からご連絡をいただくことができました。内部告発もありました。

繰り返された手口

「あなたは2週間で動けなくなるよ」

ーー2020年末に行われた院内集会の中で、Aさんのご遺族が登壇し、「私たちがわかっているだけで30人の被害者がいる」とお話しされていました。

左からAさんの両親と米田さん。Aさんの母は「うちはもう娘が帰ってくるわけではない。それでも声を上げたのは被害にあった女性たちが怯えて暮らしていると知ったから」と語った(2020年11月25日撮影)
左からAさんの両親と米田さん。Aさんの母は「うちはもう娘が帰ってくるわけではない。それでも声を上げたのは被害にあった女性たちが怯えて暮らしていると知ったから」と語った(2020年11月25日撮影)

米田:複数の人の証言でわかったのは、Y医師が何度も同じ手口を使っていたことです。たとえば、Y医師は診療の際に「あなたは(あの人は)2週間で動けなくなるよ」と患者や家族、関係者に言うことがありました。Aさんも同じことを言われ、実際に2週間後に動けなくなり、出社できなくなりました。

これは、向精神薬の過剰処方によって行動や思考に影響が出ていたからと思われます。つまり、Y医師は、薬のせいで動けなくなることがわかっていてこう言ったのでしょう。しかし患者からすると、「本当に先生の言う通りになった。先生の言うことを聞かなければ」という気持ちになってしまう。

同時に複数の女性を罠にかけていたことは、メールなどの記録からもわかっています。自死未遂した女性も複数います。

ーー南日本新聞ではY医師の起訴後に、医師が患者と性的関係を持つことは米国では「不正行為」と禁じられていることを解説した記事を出すなど、踏み込んだ報道をしています。一方で、関東のメディアではほとんど報じられていないと思います。私も、申し訳ないことに偶然支援関係の方から教えていただくまで知りませんでした。

(南日本新聞/2018年3月31日付)
(南日本新聞/2018年3月31日付)

米田:南日本新聞の記者さんは積極的に報道してくださったと思います。2017年3月に私たちの話を聞いた南日本新聞の記者さんがY医師のクリニックを取材に訪れたところ、偶然にも保健所が立ち入り検査を行うところでした。そこから判決まで、次々と記事を出してくださいました。

医師法は適切に運用されているか

 2019年11月にAさんの遺族はY医師の医師免許剥奪を求める要望書を厚生労働省に提出。日本医師会の会長は同月の定例記者会見で「一般論として、医師という立場を利用して支配的な関係の元に治療や薬の処方を取り引き条件とするなどということは医師としてあるまじき行為」「医師会代表として心からご冥福を祈る」と話した。

ーー院内集会の中で米田さんは、医師から患者への性暴力に対処するために、刑法ではたとえば現状では監護者から子どものみに限られている「地位関係性を利用した性加害」の中に「精神科医と患者」の関係を入れることなどを提案されていました。

米田:はい。ただ、先ほども説明したように、そもそも刑事事件にできないケースは多いです。また、現行法を適切に運用しさえすれば防げる被害もあると思っています。

医師法第七条では「医師が第四条各号のいずれか(※注)に該当し、又は医師としての品位を損するような行為のあったときは、厚生労働大臣は、次に掲げる処分をすることができる」として処分の基準を定めていますが、実際の処分対象は罰金以上の刑が確定した医師にほぼ限定された運用になっています。

※医師法第四条

一 心身の障害により医師の業務を適正に行うことができない者として厚生労働省令で定めるもの

二 麻薬、大麻又はあへんの中毒者

三 罰金以上の刑に処せられた者

四 前号に該当する者を除くほか、医事に関し犯罪又は不正の行為のあつた者

精神科医による不適切な「診療」は他にもある

ーー医師法がきちんと運用されていない実態があるということですか?

米田:具体例を述べますが、実際にこういうことが起きています。都内のある精神科クリニック院長が2018年12月、診察中の女性患者にキスなどをした強制わいせつの疑いで逮捕されました。報道によると、複数の被害相談が警察に寄せられていただけでなく、過去にも患者に対するわいせつ行為で書類送検されたことがあったようです。

ところが、わずか1カ月後には診療を再開しています。おそらく今回も示談が成立して不起訴となったのでしょう。現在もクリニックの名称を変え、同じ場所で何食わぬ顔で診療を続けています。

管轄する保健所にも2015年と2018年の2回、同様の被害相談が寄せられていることからも、この精神科医が繰り返し加害行為を止められないのは明らかです。

示談や不起訴で事実がなくなることにはなりません。ところが、刑事裁判に至らないことで医師免許の処分対象者にならない仕組みとなっているのです。医師法を素直に解釈すれば「医師としての品位を損するような行為」に該当し、処分対象者にならないはずがありませんが、厚生労働省はそのような運用を頑なに認めないのです。

マスコミは受診を呼びかけるなら「質」のチェックも

ーー性犯罪は示談や不起訴も多いので、判断の基準が刑事裁判での処分となるとそこに至らないケースは多いでしょうね……。

米田:また、刑が確定してから行政処分が出るのが遅いのも問題です。Y医師の場合も有罪が確定してからもうじき1年になりますが、いまだ行政処分は執行されていません。医師免許を有する限り、診療をしても何ら問題ではありません。

実際、Y医師は一審での有罪判決前から医療現場に復帰していました。次の被害者が出る可能性があるのに、このままで良いのか。事実を記し、広めることによって、少しでもY医師の処分を求められる可能性が上がるのならと考え、『もう1回やり直したい』を書きました。

タイトルの「もう一回やり直したい」は、Aさんの最期のメール「もう一回病院に通い始めた頃からやり直したい」から。
タイトルの「もう一回やり直したい」は、Aさんの最期のメール「もう一回病院に通い始めた頃からやり直したい」から。

ーーAさんのご両親は、気軽にメンタルクリニック受診を呼びかける現在の風潮にも疑問を投げかけていらっしゃいました。

米田:報道の問題が大きいと思います。芸能人の自死を取り上げる記事で最後に相談窓口さえ紹介すれば、それが免罪符のようになってしまっている。まるでGo To精神科キャンペーンのようです。つなげるなら責任を持ってほしい。誰も専門家の質をチェックしていない状況があります。

当然のことですが、私はすべての精神科医師に問題があると言いたいのではありません。行政の監視機能が機能しておらず、Y医師のような医者が野放しになっている状況があること。そして被害にあったときに誰も責任を取ってくれない、患者が相談できる状況すらない、そのような状況があることの問題を指摘しています。

マスコミや行政がGo To精神科キャンペーンをするのであれば、同時に受け皿の問題も報道してほしい。問題のある、或いは非常に質の低い精神科医療機関の存在があることをマスコミも気づいているはずです。

【Y医師の有罪が確定するまでの経緯】

『もう一回やり直したい』をもとに筆者作成
『もう一回やり直したい』をもとに筆者作成

救いを求めた人への搾取、あってはならない

ーー米田さんは大学在学中から医療現場での人権侵害問題に取り組んできたそうですが、そのきっかけを教えてください。

米田:一番の契機は、フリースクールに通う不登校の子どもたちに話を聞いたことです。子どもが学校に行けないのはそれぞれ理由があります。中には先生が率先していじめを行なっていたり。それで学校に行けなくなるのは正常な反応です。

けれど結果だけを見て、登校できないこの子は何かおかしいとされて、なんらかの病名をつけられて薬を出されて、ということがある。その構図を見たときに、社会の歪みの問題が個人の脳の問題にすり替えられていると感じました。社会課題の解決ではなく、個人を封殺することで問題をなくしてしまっている。

救いを求めて精神科を受診した人々が、体よく搾取されるようなことがあってはなりません。医療現場から性暴力をなくし、問題ある人物を速やかに排除できるようにすることは、真剣に患者に向き合っている大多数の医療関係者を守ることにもつながります。そのためには何らかの法規制・法改正が不可欠です。今後もその実現に向けて取り組んでまいります。

(記事内の書影以外の画像は全て筆者撮影)

米田倫康(よねだ・のりやす)

1978年生まれ。私立灘中・高、東京大学工学部卒。市民の人権擁護の会日本支部代表世話役。在学中より、精神医療現場で起きている人権侵害の問題に取り組み、メンタルヘルスの改善を目指す同会の活動に参加する。被害者や内部告発者らの声を拾い上げ、報道機関や行政機関、議員、警察、麻薬取締役官等とともに数多くの精神医療機関の不正摘発に関わる。著書に、『発達障害のウソーー専門家、製薬会社、マスコミの罪を問う』(扶桑社新書/2020年)『もう一回やり直したい 精神科医に心身を支配され自死した女性の叫び』(萬書房/2019年)、『発達障害バブルの真相 救済か? 魔女狩りか? 暴走する発達障害者支援』(萬書房/2018年)。

ライターでフェミニストです。主に性暴力、働き方、教育などの取材・執筆をしています。著書『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)。やわらかめの記事はこちら→https://ogatama.theletter.jp/

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