彼女が顔を出して語ったもう一つの意味

イメージ画像(ペイレスイメージズ/アフロ)

5月29日、東京・霞が関の司法クラブで、28歳の詩織さん(家族の意向から名字は非公表)が記者会見を行った。ジャーナリスト・山口敬之氏からの準強姦被害を訴え、これが不起訴となったことを、検察審査会に不服申し立てするものだった。

彼女の勇気に拍手を送りたい。また、これまで性暴力取材を行ってきた者として、また一連の報道前から詩織さんに話を聞いていた者として、書いておきたいことがある。(※この原稿は彼女に掲載許可をもらっている)

山口氏が安倍政権と距離が近いジャーナリストであり、不起訴に“忖度”があったのではないかという疑惑があることで、会見には大きな注目が集まった。忖度があったのか否かが、大きな関心の一つなのだろう。しかし、この会見にはもう一つ、大きな意味がある。

彼女が、知人(顔見知り)からの被害の告発者であるという点だ。現在、ジャーナリストとして国内外で取材を行う詩織さんは、2015年3月、当時TBSワシントン支局長だった山口氏と知人伝手に知り合い就職相談をした。都内で食事に誘われた際に、準強姦の被害に遭った(詳細は週刊新潮、BuzzFeed Japanなどで既報)。

日本でこれまで、性暴力被害者が実名・顔出しで被害を語ったケースは非常に少ない。実父からの性虐待を著書に綴った山本潤さんや東小雪さん、見知らぬ男たちからの被害経験を公表した小林美佳さん、アメリカでの被害経験を明らかにした大藪順子さん、在日米軍兵士からの被害を公表したキャサリン・ジェーン・フィッシャーさんらがいるが(※)、彼女たちと詩織さんとの違いは、家族からの性虐待でも、面識のない相手からの被害でもないという点だ。

性暴力被害、特に強姦被害は「見知らぬ相手から行われるもの」と思われがちだ。しかし、内閣府の2014年調査によれば、異性から無理矢理性交された経験のある女性のうち、相手が「まったく知らない人」と答えたのは、わずか11.1%。「交際相手・元交際相手」(28.2%)「配偶者・元配偶者」(19.7%)が多く、「職場・アルバイトの関係者」(13.7%)がそれに続く。「親・兄弟・それ以外の親戚」(8.5%)、「知人」(4.3%)が続く。また、このうち警察に相談や通報を行った人はわずか4.3%だ。

性暴力は面識のある相手からの被害であることが非常に多い。しかしこれまで実名を明かして被害を公表した人のほとんどは、見知らぬ人からの被害や、子ども時代に家族から受けた性虐待だ。

なぜか。それは恐らく、面識のある相手からの性被害を訴えたとき、それが信用されづらいことと無関係ではないだろう。性犯罪は被害者の落ち度が責められることがあるが、面識のある相手からの被害だった場合、特にその落ち度が言い立てられる。「なぜ防げなかったのか」「隙があったからだろう」と言われてしまう。被害者自身が「だまされた自分が悪い」と思い込むことすらある。

性暴力の問題に詳しい早稲田大学非常勤講師の皆川満寿美さんは、2000年代に起こった大学内の集団強姦事件で、被害者が学生たちから誹謗中傷に遭ったケースを例に挙げ、こう言う。

「親しいと思っていた人たちからの誹謗中傷によって、深く傷つき、自分自身を否定的にとらえるようになってしまう人もいます。なかったことだと思おうとする方も多いと思います。被害にあった方々の中に、自らを『サバイバー』と呼ぶ人がありますが、『サバイバー』になるのは簡単なことではないと授業では話しています。なぜなら、そのためには、『被害者』であることを受け入れなければならないから。このこと自体、大変なことなのです」

だからこそ、詩織さんが顔を出して被害を明らかにしたことには、大きな意味があると感じる。これまで被害を胸の底に沈め、沈黙を余儀なくされてきた人たちの希望となることを願いたい。

2015年に被害に遭った後、詩織さんはずっと闘ってきた。週刊新潮のスクープ以前にも、民放キー局が彼女の被害を取材したことがあったという。しかし、そのインタビューはこれまで放送されていない。個人的な意見だが、このテレビ局の判断は、強姦事件の立証の難しさも理由の一つではないか。

週刊新潮の記事の中では、詩織さんの訴えに対し高輪署の警部補が頭ごなしに「こういうことはよくある話なので難しい」と言ったことがつづられている。詩織さんに確認したところによれば、相手が著名なジャーナリストであることは関係なく、「最初は一般的な意味で」こう言われたという印象があるそうだ。「相手がわかった途端、もっと強い拒否反応が出ました」(詩織さん)。

平成27年度版の犯罪白書によれば、平成26年の強姦事件の起訴率は37.2%、強制わいせつは45.8%。性暴力を取材するようになってから、「不起訴になった。納得できない」という相談を受けることは何度もあった。被害者がショック状態ですぐに病院や警察へ行けず証拠が残らないことなども理由と考えられるが、加害者と被害者が面識がある場合、一方が「強姦だった」と訴えてもなかなか信用されづらいケースは確かにあると感じる。

捜査に積極的ではなかった警察に対して、詩織さんはホテルのエントランスにある監視カメラを調べるように促した。全ての被害者がそのようにできるわけではない。彼女が的確に主張できる人でなかったら、加害者が誰であれ、そもそも事件化していなかったのかもしれない。

淡々と被害を語った彼女に対して、警察官のひとりは「泣いたりしてくれないとレイプ被害者だと信じづらい」と言ったという。また、事件後に緊急避妊薬をもらいに行った産婦人科で、対応した看護師は彼女に事情を聞くこともなく「彼氏が失敗しちゃったんだね」と言ったのだという。

この警察官や看護師の個々の対応を責めたいのではない。性暴力に関する世間一般の意識が低いことと、見過ごされている性暴力被害者が多くいることを伝えたい。詩織さんの訴えの後ろには、多くの被害者がいる。

(※)

それぞれ、下記の著書がある。この中で加害者が逮捕され処罰を受けたのはアメリカで被害に遭った大藪順子さんのケースのみ。

『13歳、「私」をなくした私 性暴力と生きることのリアル』(山本潤/朝日新聞出版/2017年)

『なかったことにしたくない 実父から性虐待を受けた私の告白』(東小雪/講談社/2014年)

『性犯罪被害にあうということ』『性犯罪被害とたたかうということ』(小林美佳/朝日新聞出版/2008年・2010年)

『STAND―立ち上がる選択』(大藪順子/いのちのことば社/2007年)

『涙のあとは乾く』(キャサリン・ジェーン・フィッシャー/講談社/2015年)