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ウクライナ迎撃戦闘2023-2024年冬季・1カ月目

JSF軍事/生き物ライター
ウクライナ空軍司令部の報告より巡航ミサイル撃墜戦果

 ロシア軍のウクライナに対する長距離ミサイル攻撃で主力となっているKh-101巡航ミサイルについて、最近では以下のような発射傾向があります。

  • 2023年09月21日:Kh-101巡航ミサイル43発
  • 2023年12月08日:Kh-101巡航ミサイル19発
  • 2023年12月29日:Kh-101巡航ミサイル90発
  • 2024年01月02日:Kh-101巡航ミサイル70発 
  • 2024年01月08日:Kh-101巡航ミサイル24発

 昨年9月21日の発射を最後に暫く発射しなかった期間が約2カ月半の77日もあり、12月8日に発射を再開しています。その間に生産した分を2023-2024年冬季の長距離ミサイル攻撃に充てようという目論見だと思われます。1年前の冬季の電力インフラを狙った長距離ミサイル攻撃は10月初旬から開始されたのに比べると、12月に入ってからの攻撃開始はかなり遅くなっています。関連記事:2023年3月1日:ウクライナでの戦略爆撃に失敗したロシア

 ここではロシア軍が2023-2024年冬季における長距離ミサイル攻撃を2023年12月8日から開始したものと見做して、最初の1カ月間の迎撃戦闘の傾向を見てみましょう。

高速目標と低速目標の迎撃難易度の差

 比較を簡単に分かりやすくする為に、ロシア軍の長距離ミサイル攻撃を大まかに3種類「高速ミサイル」「低速ミサイル」「低速ドローン」に分類します。ウクライナ軍の報告では射程があまり長くないKh-31P対レーダーミサイルやKh-59空対地ミサイルも報告に計上されますが、この二つは除外します。

種類別分類

  • 高速ミサイル:弾道ミサイル、超音速巡航ミサイル、地対空ミサイル(対地攻撃運用)
  • 低速ミサイル:亜音速巡航ミサイル
  • 低速ドローン:プログラム飛行型自爆無人機(プロペラ推進)

※ただし最近になってジェットエンジンを搭載した自爆ドローン「シャヘド238」がウクライナの戦場に出現。

※地対空ミサイル(対地攻撃運用)は準弾道飛行を行う。

兵器の名称(2023-2024年冬季1カ月目に確認されたもの)

  • 高速ミサイル:キンジャール、イスカンデルM、KN-23、Kh-22、S-300
  • 低速ミサイル:Kh-101、カリブル
  • 低速ドローン:シャヘド136 ※ジェット化したシャヘド238の撃墜情報あり

※キンジャール、Kh-22、Kh-101は空中発射型。カリブルは艦艇発射型。他は地上発射型。

※Kh-22(Kh-32)、Kh-101(Kh-555/Kh-55)、S-300(S-400)、シャヘド136(シャヘド131)、括弧内の機種は関連型なので似ており飛行特性では見分けが困難。

※イスカンデルMとKN-23(北朝鮮版イスカンデル)も飛行特性で見分けることは困難。キンジャールはイスカンデルM派生だが空中発射型なので搭載母機の監視とレーダーで見分けることが可能。

※カリブルとイスカンデルKは準派生型で飛行特性では見分けることは困難だが、艦艇発射と地上発射の違いで発射方向から見分けることが可能。

大まかな速度

  • 高速ミサイル:5000~10000km/h (マッハ4~8)
  • 低速ミサイル:800~900km/h (亜音速)
  • 低速ドローン:200~300km/h (プロペラ)

※キンジャールの速度は燃焼終了時の推定でマッハ8前後(ロシア側公称マッハ10)、飛行前半の弾道飛行の後の飛行後半の滑空跳躍で速度を落とし、終末段階でウクライナ軍に確認された速度は約マッハ3.7(1240m/sとのエコノミスト紙の報道)。1240m/s=約4500km/h。

※シャヘド136自爆ドローンをジェット化したシャヘド238の速度は500~600km/hと推定。

迎撃の難易度(必要な防空兵器)

  • 高速ミサイル:弾道ミサイル防衛システム(パトリオットなど)
  • 低速ミサイル:対空ミサイル、対空機関砲(レーダー照準など)
  • 低速ドローン:対空ミサイル、対空機関砲(目視照準でも可能)

※パトリオットでも低速目標以下を狙えるが、高速目標迎撃に専念させるために他の防空システムに任せることが多い。現状でウクライナに供与されたパトリオットは3基(アメリカ1基、ドイツ2基)、またパトリオットには劣るが高速目標と交戦可能なSAMP/Tの供与は1基(フランス/イタリア共同)。この場合の基とはシステム一式の意味。

※ドローンは速度が遅いので目視照準の機関砲でも十分に交戦可能で、夜間は昔ながらの探照灯を用いた射撃すら実施されている。

 ウクライナ迎撃戦闘2023-2024年冬季・1カ月目(期間:2023年12月8日~2024年1月8日)の結果は以下の通りです。本来なら1カ月分であれば1月7日で区切るべきですが、1月8日に大規模攻撃があって以降に数日間経過した今現在(1月12日)も攻撃が止んでいるので、攻撃の連続性から区切りがよいようにしています。

2023年12月8日~2024年1月8日 ※出典:ウクライナ空軍

※()内は撃墜数。太字は弾道ミサイルと亜音速巡航ミサイル。

  • 12月08日:夜明け前:シャヘド7(5)、S-300×6(0)
  • 12月08日:夜明け後:Kh-101×19(14)
  • 12月11日:シャヘド×18(18)、未詳弾道ミサイル×8(8)
  • 12月12日:シャヘド×15(9)
  • 12月13日:シャヘド×10(10)、未詳弾道ミサイル×10(10)
  • 12月14日:シャヘド×42(41)、S-300×6
  • 12月15日:シャヘド×14(14)
  • 12月16日:シャヘド×31(30)
  • 12月17日:シャヘド×20(20)
  • 12月18日:シャヘド×5(5)
  • 12月19日:シャヘド×2(2)
  • 12月20日:シャヘド×19(18)
  • 12月21日:シャヘド×35(34)
  • 12月22日:シャヘド×28(24)
  • 12月23日:シャヘド×9(9)
  • 12月24日:シャヘド×15(14)
  • 12月25日:シャヘド×31(28)
  • 12月26日:シャヘド×19(13)
  • 12月27日:シャヘド×46(32)
  • 12月28日:シャヘド×8(7)
  • 12月29日:キンジャール×5(0)、未詳弾道ミサイル×14(0)、Kh-22×8(0)、Kh-101×90(87)、シャヘド×36(27)
  • 12月30日:シャヘド×10(5)
  • 12月31日:シャヘド×49(21)、S-300×6(0)
  • 01月01日:夜明け前:シャヘド×90(87)、S-300×4(0)
  • 01月01日:夜明け後:シャヘド×10(9)
  • 01月02日:夜明け前:シャヘド×35(35) 
  • 01月02日:夜明け後:キンジャール×10(10)、未詳弾道ミサイル×12(0)、Kh-101×70(59)、カリブル×3(3)
  • 01月04日:シャヘド×2(2)、S-300×3(0)
  • 01月05日:シャヘド×29(21)
  • 01月08日:キンジャール×4(0)、イスカンデルM×6(0)、S-300×7(0)、Kh-22×8(0)、Kh-101×24(18)、シャヘド×8(8)

※1カ月間総合計:飛来940撃墜735突破205、迎撃率78%
※攻撃機会は30回(1日に2波攻撃された日が3度あり27日分)

  • 高速ミサイル:飛来117撃墜28突破89、迎撃率24%
  • 低速ミサイル:飛来206撃墜181突破25、迎撃率88%
  • 低速ドローン:飛来617撃墜527突破90、迎撃率85%

 高速目標と低速目標の迎撃難易度の差が如実に現れています。

高速ミサイル:飛来117撃墜28突破89、迎撃率24%

  • キンジャール:19(10)、攻撃機会3回 
  • Kh-22/32:16(0)、攻撃機会2回 
  • イスカンデルM:6(0)、攻撃機会1回 
  • 未詳弾道ミサイル:44(18)、攻撃機会4回 
  • S-300:32(0)、攻撃機会6回 
  • 高速ミサイル攻撃機会10回(高速ミサイル系がS-300のみの攻撃5回)
  • 突破89発分の弾頭投射量の合計は30~40トン(イスカンデルM系の弾頭重量500kg、Kh-22の弾頭重量1000kg、S-300の弾頭重量130kgで計算。未詳弾道ミサイルはS-300ないしイスカンデルMとする)
  • 生粋の弾道ミサイル(キンジャール、イスカンデルM)と判明している数のみで計算すると、突破15発分の弾頭投射量の合計は7.5トン(弾頭重量500kgで計算)

※S-300地対空ミサイルの対地攻撃は射程が短く、Kh-22超音速巡航対艦ミサイルの対地攻撃は命中精度が悪い問題があるため、軍事的に生粋の弾道ミサイルと比較すると脅威度が低い。ただし都市無差別爆撃に使われると脅威。

※機種が特定できていない未詳弾道ミサイル44発にはS-300地対空ミサイルの対地攻撃がかなり含まれている。またイスカンデルMと思われていた中にKN-23(北朝鮮製)が含まれていたことが残骸の発見で後から判明した。

※なお厳密には迎撃されなかった=突破、ではない。大きく外れて目標から遠く離れた場所に着弾しそうな場合は迎撃されずに放置されるが、この場合は本来は突破とは言わない。

高速ミサイル撃墜成功例:キーウに飛来しパトリオットで迎撃

  • 2023年12月11日:未詳弾道ミサイル8発全弾撃墜
  • 2023年12月13日:未詳弾道ミサイル10発全弾撃墜
  • 2024年01月02日:キンジャール10発全弾撃墜

※12月11日と12月13日の未詳弾道ミサイルは射程の問題からS-300は考え難くS-400ではないかという推定があるが、イスカンデルMの可能性もある。

低速ミサイル:飛来206撃墜181突破25、迎撃率88%

  • 攻撃機会4回
  • 突破25発分の弾頭投射量の合計は12.5トン(弾頭重量500kgで計算)

※ほぼ全てKh-101、カリブルは3発のみ。

低速ドローン:飛来617撃墜527突破90、迎撃率85%

  • 攻撃機会25回
  • 突破90機分の弾頭投射量の合計は2.7トン(弾頭重量30kgで計算)

※ほぼ全てシャヘド136、ただしジェット化されたシャヘド238が出現。

纏めと考察:高速目標の迎撃が課題

 1カ月間に総合計940発が飛来して735発を撃墜し78%を阻止。ウクライナ空軍の報告数を信じるのであれば、迎撃戦は防空システムが善戦していることを示しています。ただしパトリオットが配備されているキーウ以外を高速ミサイルで狙われると全く阻止できないという問題が明確になっています。通常の地対空ミサイルでは弾道ミサイル級の高速目標を迎撃できません。

 注意点として、高速ミサイルは飽和攻撃を図って防空システムを突破したわけではないという点です。単純にその高速性をもってパトリオット以外の通常の防空網を突破してきました。

 高速ミサイルに対応できるウクライナ軍の装備は、西側から供与された大型防空システムであるパトリオット3基とSAMP/T1基、そして旧ソ連製のS-300V(稼働数不明)になりますが、おそらく首都キーウにパトリオット1~2基が常時展開している以外は他の配備場所は不明です。

飽和攻撃の阻止

 この期間にロシア軍が本格的な飽和攻撃を仕掛けて来たのは3回です。2023年12月29日(Kh-101巡航ミサイル90飛来/87撃墜)、2024年1月1日(シャヘド136自爆無人機90飛来/87撃墜)、2024年1月2日(Kh-101巡航ミサイル70飛来/59撃墜)、飛来した目標のほとんどを撃墜できており迎撃率は93%です。12月29日と1月2日の攻撃は他機種のミサイルやドローンも同時に投入されたにもかかわらず、突破率は高くありません。

発射数が減った巡航ミサイルと大幅に増えた自爆ドローン

 昨年と比べるとロシア軍の長距離ミサイル攻撃の主役だった亜音速巡航ミサイルは発射数が減っており、代わりに弾道ミサイルの発射数が増えて、自爆ドローンの発射数が大幅に増えています。

 自爆ドローンは1カ月間の発射機会が25回と多く毎日のように頻繁に撃ってきていますが、少数を小出しにしている場合が多い印象です。かといって一度に90機を大量投入した場合でも突破できたのが3機のみとほとんど阻止されてしまい成果が上がらず、飽和攻撃よりも小出しにした奇襲攻撃や擾乱攻撃(嫌がらせ攻撃)を狙っているのかもしれません。

 巡航ミサイル(亜音速で飛行するKh-101)は発射機会が4回のみです。温存し投入機会を絞り込んで攻撃を実施していますが、突破できたのは僅か25発です。しかしそれでも弾頭重量の差から、打撃力は自爆ドローン突破分90機の5倍近い成果を得ています。ただしその投射量はたかだか12トン程度で戦闘機2機分の爆弾搭載量と同等でしかありません。

 この1カ月間のロシア軍の長距離ミサイル攻撃は、全種類の突破分の弾頭の投射重量の総合計は多めに見積もっても65トン程度に過ぎないのです。1000発近いミサイルが飛んで来て約200発が突破してきたといっても、ミサイルはペイロードが小さいので戦略爆撃には不向きだという根本的な話に行き着きます。

高速ミサイルの本当の主力はイスカンデルM系弾道ミサイル

 高速ミサイルは発射数は少ないですが突破できた投射量が一番多いので、攻撃の主力になったように見えますが、実はそうとも言えません。S-300地対空ミサイルの対地攻撃モードは地対地ミサイルとしてみると射程が短い欠点があり、狙える箇所は限定されてしまいます。Kh-22超音速巡航ミサイルは本来は対艦ミサイルなので対地攻撃は著しく命中精度が悪い欠点があります。どちらも長距離ミサイル攻撃という点で効果が低い問題を抱えています。

 すると高速ミサイルで本当の意味で主力となるのはイスカンデルM系の弾道ミサイル、つまりイスカンデルM、キンジャール(イスカンデルM空中発射型)、KN-23(北朝鮮版イスカンデルM)の3種類になります。S-300とKh-22を除外して計算すると、イスカンデルM系の投射量は低速ミサイルのKh-101巡航ミサイルと大きな差がない可能性があります。ただし機種が特定できていない未詳弾道ミサイルの内訳次第では変動があるでしょう。

弾道ミサイルの輸入による大量調達の懸念

 弾道ミサイルは高速で防空網突破力が高いのですが、大きく高価で量産がなかなか進みません。そこでロシアは開戦初期にあらかた使ってしまい不足するイスカンデルMの穴埋めとして北朝鮮からKN-23を購入しました。北朝鮮がどれだけの数量を引き渡すのか不明ですが、ロシアは更にイランからも弾道ミサイルを調達しようと交渉しています。もしロシアが輸入によって弾道ミサイルを大量調達してしまったら、ウクライナでのミサイル迎撃戦は新たな局面を迎えてしまうかもしれません。

 対抗策としてはウクライナへ弾道ミサイル防衛システムである「パトリオット」の追加供与と、次点として「SAMP/T」の追加供与になります。「THAAD」は弾道ミサイル防衛システムですが、迎撃可能高度の問題からイスカンデルM系のような滑空して低く飛ぶ機動式弾道ミサイルには対処できません。

 なおロシア側の弾道ミサイル発射車両を撃破することは不可能に近いでしょう。地対空ミサイルの脅威で航空優勢を互いに握れていない状態では、射程90kmのHIMARSですら発射車両はまだ1両も撃破されていません。これでは射程500kmの短距離弾道ミサイルの発射車両を空爆で撃破することなど、夢物語です。

関連:HIMARSを撃破できないロシア軍と航空優勢を得ていない移動式ミサイル発射機狩りの難しさ

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

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