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疑惑:巻き添え被害の戦闘員1名につき民間人2名死亡を良い割合とするイスラエル軍の怪しい根拠

JSF軍事/生き物ライター
イスラエル国防省より鉄の剣作戦でのナメル装甲車とメルカバ戦車

 イスラエル軍の広報官は、ハマスによる奇襲攻撃で10月7日から始まったガザ紛争「ハラヴォート・バルゼル作戦(鉄の剣作戦)」でハマス戦闘員1名につき民間人2名を死亡させている巻き添え被害を出していることを認めた上で「市街戦としては極めて良い割合だ」と主張しました。

イスラエル軍のコンリクス報道官は5日までに、米CNNテレビに対し、パレスチナ自治区ガザへの攻撃による犠牲者の約3分の2が民間人だと認めながらも「市街戦としては極めて良い割合だ」と肯定した。国連の報道官は「割合を出すこと自体が悪趣味だ」と嫌悪感をあらわにした。

出典:ガザ民間人犠牲を肯定 イスラエル、国連は嫌悪感:共同通信(2023年12月6日)

 イスラエル軍のコンリクス報道官は「民間人を盾として利用するテロ組織との市街戦としては、この割合は極めて良い。おそらく世界的に比類がない」と主張していますが、どのような根拠によって数値が良いと主張しているのか不明です。

IDF公式サイトの根拠の怪しい証言

 実は「この割合は極めて良い」とする認識についてイスラエル軍は10年以上前から主張しているのですが、もともと根拠がはっきり示されていません。以下は2012年11月のガザ空爆「アムド・アナン作戦(雲の柱作戦)」の際のイスラエル国防軍(IDF)の公式サイトの説明なのですが、リチャード・ケンプ元英陸軍大佐の講演での証言が引用されているのみで、論文の調査報告など統計資料は何も示されていませんでした。

The former Commander of the British Armed Forces in Afghanistan, Col. Richard Kemp, has explained the IDF’s efforts to avoid civilian casualties:

「アフガニスタン駐留英軍の元指揮官リチャード・ケンプ大佐は、民間人の犠牲を避けるためのIDF(イスラエル国防軍)の取り組みについて説明した:」

“The UN estimate that there has been an average three-to-one ratio of civilian to combatant deaths in such conflicts worldwide. Three civilians for every combatant killed. That is the estimated ratio in Afghanistan: three to one. In Iraq, and in Kosovo, it was worse: the ratio is believed to be four-to-one. Anecdotal evidence suggests the ratios were very much higher in Chechnya and Serbia. In Gaza, it was less than one-to-one.”

「国連の推定では、このような紛争における民間人死亡と戦闘員死亡の比率は世界平均で3対1だとしています。戦闘員1名につき民間人3名が死亡です。アフガニスタンにおける推定比率は3対1です。イラクとコソボではさらに酷く比率は4対1であると考えられています。逸話的証拠では、チェチェンとセルビアではその比率が非常に高かったことを示唆しています。ガザでは1対1未満でした。」

出典:How Does the IDF Minimize Harm to Palestinian Civilians? | The Israel Defence Forces (IDF) | November 15, 2012

国連の推計とあるのに資料が見当たらない 

 イスラエル国防軍公式サイトに記述されている「民間人の死者と戦闘員の死者の比率は世界平均で3対1である」とする国連の資料は、寡聞にして知りません。改めて調べてみましたが見付かりませんでした。そもそも国連のデュジャリック報道官は「我々は、そのような割合を定めることをしていない(出典:CNN)」と言っているくらいなので、そのような資料は存在しない可能性があります。あるいは知られてないだけで、そのような資料があるのかもしれませんが。

実際のアフガニスタンにおける推定比率は1対1未満

 イスラエル国防軍公式サイトの記述では「民間人死亡と戦闘員死亡の比率」について「アフガニスタンでは3対1」としていますが、実際には2001~2022年のアフガニスタン対テロ戦争では民間人約4万6千人死亡:戦闘員約5万3千人死亡ワトソン研究所、ブラウン大学)という報告があります。この場合の比率は1対1未満で約0.87対1です。するとイスラエル国防軍が根拠とするリチャード・ケンプ元英陸軍大佐の証言の数字はそもそも事実ではない可能性があります。

ガザでは1対1未満だった、という主張は食い違いがある

 このイスラエル国防軍公式サイトの記事は2012年11月のガザ空爆「アムド・アナン作戦」が始まったばかりでまだ被害集計は済んでいない段階だったので、2012年以前のガザ紛争で直近の大きな戦いである2008-2009年の「オフェレット・イェツカー作戦(鉛の鋳造作戦)」での被害集計の数字を参考にします。この時のガザ死者数は双方の発表で数字が食い違っています。

パレスチナ主張:ガザ1417人死亡(うち戦闘員236人、警察官255人、民間人926人)

イスラエル主張:ガザ1106人死亡(うち戦闘員709人、民間人295人、不明162人)※戦闘員は警察官を含む

2008-2009年ガザ紛争「オフェレット・イェツカー作戦」のガザ被害数:出典はパレスチナ人権センターおよびイスラエル国防軍

 イスラエル側の主張通りなら「民間人死亡と戦闘員死亡の比率」は不明分を除いて295対709=約0.4対1となり、確かに1対1未満となるでしょう。しかしこれはイスラエル側がそう主張しているだけです。地上戦闘で死体を数えた場合ならまだ理解できますが、空爆の場合は攻撃した側が一体どうやって被害側の人数を詳細に数えられたのか疑問です。

 パレスチナ側の主張通りとするなら、「民間人死亡と戦闘員死亡の比率」は警察官は戦闘員に含まず民間人扱いとした場合は1181対236=約5対1です。警察官を戦闘員に含んだ場合は926対491=約1.9対1です。

 常識的に考えるならば、大規模な都市爆撃を行った上に地上戦にまで発展した2008-2009年のオフェレット・イェツカー作戦でのガザでの民間人被害は、イスラエル側の主張する数字は不自然に少ない割合です。ただしパレスチナ側の主張もハマスの影響下にあるので、民間人の被害の比率を大きく見せている可能性はあります。

2023年ガザ紛争での民間人死亡と戦闘員死亡の比率

 10月7日から始まったガザ紛争「ハラヴォート・バルゼル作戦」での「民間人死亡と戦闘員死亡の比率」が2対1(民間人死亡約1万:戦闘員死亡約5千)とするのは、あくまでイスラエル側の推定です。本当にハマス戦闘員が5千人死亡しているのかまだ確定的には分かっていません。

 むしろ過去のガザ紛争のオフェレット・イェツカー作戦でイスラエル側は「民間人死亡と戦闘員死亡の比率」を0.4対1といった非常に少ない割合を主張してきたのに、今回のハラヴォート・バルゼル作戦では2対1という民間人の被害の割合が戦闘員よりも2倍も大きいことを自ら認めてしまったと言えます。

 またガザ側の死亡者は現時点で既に約1万6千人ですが、瓦礫の下に埋まり回収できていない数千人以上の行方不明者扱いの遺体はまだカウントされていません(2023年12月6日時点、ガザ側の発表)。事実上、ガザの死者は既に2万人を大きく超えています。この行方不明者の大半が民間人だとした場合、「民間人死亡と戦闘員死亡の比率」は3対1に悪化する可能性があります。

 そして戦闘員が5千人死亡が間違いで実際の数が少なければ、比率は4対1や5対1が本当なのかもしれません。紛争では攻撃側は民間人の巻き添え被害を少なく見せようとしますし、逆に防御側は大きく見せようとします。

 今回のイスラエル国防軍報道官の「民間人死亡と戦闘員死亡の比率」が「2対1」だとした場合に「市街戦としては極めて良い割合だ」「おそらく世界的に比類がない」という主張は、あらゆる箇所ではっきりした根拠がありません。

 2対1が良い割合(3対1が世界平均)だとするイスラエル国防軍の公式サイトの記事では「国連の推定では」とありますが、肝心の国連の資料が何も紹介されておりません。報道官は自軍の公式サイトの記述を鵜呑みにしているだけではないでしょうか?

 今回の紛争での比率が2対1であるかどうかも根拠がはっきりしていません。イスラエル軍は一体どうやって空爆での相手側の死者数のカウントを行えたのでしょうか? 死者のうち民間人と戦闘員の割合をどうやって把握できたのでしょうか? よほど優秀なスパイ網が構築されていてガザ側の報告が全てイスラエル側に筒抜けなら分かります。しかしそのような優秀なスパイ網があるなら、10月7日にハマスの奇襲を受けたことを説明できません。無理がある話でしょう。

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

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