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北朝鮮が戦術核攻撃潜水艦「第841号」を進水、「金君玉英雄」艦と命名

JSF軍事/生き物ライター
北朝鮮・朝鮮中央通信より戦術核攻撃潜水艦「第841号・金君玉英雄」

 北朝鮮は9月8日、新型の戦術核攻撃潜水艦「第841号」を9月6日に進水させ「金君玉英雄(김군옥영웅)」艦と命名したと発表しました。これまでも建造の様子の写真が公開されたことがあった、古いソ連製ロメオ級潜水艦の改造と推定されていたミサイル潜水艦です。

 艦種分類は「戦術核攻撃潜水艦(전술핵공격잠수함)」です。戦略という名称ではないのは、おそらく射程が大陸間弾道ミサイル級ではないからでしょう。水中発射型弾道ミサイル(短距離~中距離)ないし水中発射型巡航ミサイル(中距離)を、セイル(潜水艦の艦橋)の後方の膨らんだ部分に収納している筈です。

 なおこの潜水艦は建造中の2019年には「戦略潜水艦」という表記で紹介されていたので、進水前に分類を変更したことになります。これはつまり、この潜水艦とは別に真の「戦略核攻撃潜水艦」を新たに用意するという意思表示なのでしょう。

 潜水艦の艦名の「金君玉(김군옥、キムグンオク)」とは朝鮮戦争で4隻の魚雷艇を指揮し敵の重巡洋艦を撃沈した海戦で唯一生き残った21号魚雷艇に乗っていたとされる英雄の名前ですが(出典「わが民族同士」)、ところが実際には重巡洋艦が撃沈された記録は存在せず、朝鮮戦争当時からのプロパガンダ宣伝の一環になります。

※注文津港海戦(주문진항 해전)・・・朝鮮戦争中の1950年7月2日に発生した海戦。米英艦隊の軽巡洋艦2隻(HMSジャマイカ、USSジュノー)と哨戒艇1隻(HMSブラックスワン)が、北朝鮮海軍の輸送船10隻とG-5級魚雷艇3隻を一方的に撃沈した戦い。北朝鮮は敗北を覆い隠す為、重巡洋艦「USSボルチモア」の撃沈を主張。しかしボルチモアは朝鮮戦争に参加していない。

古いロメオ級潜水艦の改造「第841号・金君玉英雄」艦

北朝鮮・朝鮮中央通信より戦術核攻撃潜水艦「第841号・金君玉英雄」
北朝鮮・朝鮮中央通信より戦術核攻撃潜水艦「第841号・金君玉英雄」

 艦首は水中高速発揮に適した球形です。元のロメオ級が水上船と同様の細い艦首だったのに比べると、現代風の潜水艦の設計になっています。

北朝鮮・朝鮮中央通信より戦術核攻撃潜水艦「第841号・金君玉英雄」
北朝鮮・朝鮮中央通信より戦術核攻撃潜水艦「第841号・金君玉英雄」

 しかし艦尾はロメオ級そのままです。上下が絞り込まれていない古い設計です。また船体幅に比べて船体長がかなり長いのも古い潜水艦の設計の特徴です。つまり「第841号・金君玉英雄」艦は、船体の設計は艦首の形状だけが現代風になっています。そして船体そのものがロメオ級よりも延長されており、その延長分をミサイル垂直発射筒の搭載スペースに充てています。

北朝鮮・朝鮮中央通信より戦術核攻撃潜水艦「第841号・金君玉英雄」の艦尾拡大
北朝鮮・朝鮮中央通信より戦術核攻撃潜水艦「第841号・金君玉英雄」の艦尾拡大

 現代の潜水艦の設計の基本である「涙滴型」の船形は太い球形艦首と細く絞り込んだ艦尾と太短い船体を組み合わせたもので、水中で高速を発揮し運動性が高くなりますが、代わりに水上航行速度が落ちます。これはアメリカの実験潜水艦「アルバコア(1953年就役)」で確認された特性です。

北朝鮮・朝鮮中央通信より戦術核攻撃潜水艦「第841号・金君玉英雄」
北朝鮮・朝鮮中央通信より戦術核攻撃潜水艦「第841号・金君玉英雄」

 船体の注排水用のベント穴が数多く開けられているのも古いロメオ級潜水艦の設計の特徴です。

北朝鮮・朝鮮中央通信より戦術核攻撃潜水艦「第841号・金君玉英雄」(番号は筆者追加)
北朝鮮・朝鮮中央通信より戦術核攻撃潜水艦「第841号・金君玉英雄」(番号は筆者追加)

 セイル後方のミサイル垂直発射管は10個が確認できます。各垂直発射管はあまり大きくないので、KN23短距離弾道ミサイル水中発射型ないしファサル巡航ミサイル水中発射型を搭載するものと考えられます。「北極星」シリーズの水中発射弾道ミサイルは大きく、北極星4や北極星5などは直径が太いのでこの垂直発射管には入りそうにありません。

北朝鮮・朝鮮中央通信より戦術核攻撃潜水艦「第841号・金君玉英雄」
北朝鮮・朝鮮中央通信より戦術核攻撃潜水艦「第841号・金君玉英雄」

 ただしよく見ると前部の4個の発射管だけ大きく、後部の6個の発射管が小さくなっています。異なる大きさの垂直発射管を潜水艦に同時搭載する例は他に聞いたことがありません。前部がKN23用で、後部がファサル用でしょうか?

北朝鮮・朝鮮中央通信より戦術核攻撃潜水艦「第841号・金君玉英雄」
北朝鮮・朝鮮中央通信より戦術核攻撃潜水艦「第841号・金君玉英雄」

 セイルの上部のシュノーケルや潜望鏡を収納している部分がステルス形状の構造となっていますが、これは中国のロメオ級改良型の035型潜水艦の後期型に適用例があり、北朝鮮のロメオ級潜水艦の改装でも採用されており、「第841号・金君玉英雄」艦でも採用されました。

北朝鮮・朝鮮中央通信より戦術核攻撃潜水艦「第841号・金君玉英雄」のセイル上部拡大
北朝鮮・朝鮮中央通信より戦術核攻撃潜水艦「第841号・金君玉英雄」のセイル上部拡大

 これはシュノーケル(潜望鏡よりも短い)を使用する際に波が高いとセイルの一部が海上に露出する場合があるので、その一部を小さくしようというものです。元のロメオ級では単純な垂直の小さな塔でしたが、斜めの傾斜を付けて対レーダーステルスとしています。

 ただしこのセイルの上にシュノーケル収納用の小さな塔を載せるという設計は最近の潜水艦では見られません。潜航深度を適切に保てるなら必要性が低い装備になります。

※シュノーケル:水中でディーゼル機関を駆動するための息継ぎ装置

北朝鮮・朝鮮中央通信より戦術核攻撃潜水艦「第841号・金君玉英雄」
北朝鮮・朝鮮中央通信より戦術核攻撃潜水艦「第841号・金君玉英雄」

 セイル前方の根元は整流効果を狙ったなだらかな傾斜が付いています。これは世界各国で20~30年くらい前から潜水艦に採用され始めたデザインで、北朝鮮もそれに準じています。

北朝鮮・朝鮮中央通信より戦術核攻撃潜水艦「第841号・金君玉英雄」
北朝鮮・朝鮮中央通信より戦術核攻撃潜水艦「第841号・金君玉英雄」

 セイルの潜舵は小さく細長いものが装着されています。特に前後の幅が短い設計です。なお元のロメオ級では潜舵は艦首にありましたが、艦首を球形に改造したので潜舵の位置を移動させたものと思われます。

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

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