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白リン弾ではない:ロシア軍がバフムートで9M22Sクラスター焼夷ロケット弾を大量使用

JSF軍事/生き物ライター
ウクライナ特殊作戦軍がドローンで撮影したバフムートでのロシア軍の焼夷攻撃

 5月6日、ロシア-ウクライナ戦争で激戦地となっているバフムートでロシア軍が焼夷兵器を大量使用しました。軍事目標がある場合でも人口密集地域での焼夷兵器の空中投射は条約違反行為になります。しかしこのロシア軍の違反攻撃はずっと以前から継続されてきたもので、新たな動きではありません。

 なおこのロシア軍の焼夷攻撃についてウクライナ国防省の広報は特殊作戦軍が撮影した動画を「phosphorus(燐、白リン弾)」と間違えて紹介してしまいしたが、そもそもロシア軍は空中散布拡散型の白リン弾を保有していません。使用されたのはマグネシウム-テルミット系の焼夷弾です。

 これはソ連時代からあるBM21グラード多連装ロケット発射機用のクラスター焼夷ロケット弾「9M22S」で、マグネシウム-テルミット系の焼夷弾です。兵器としての燃焼温度はマグネシウム-テルミットの方が遥かに高温になります。

  • マグネシウム-テルミットの燃焼温度(2000~3000度)
  • 白リンの燃焼温度(800~1000度)

 ロシア軍はこの戦争の当初より焼夷兵器を多用してきました。それは2022年2月24日の全面侵攻以降という意味ではなく、2014年の東部ウクライナ侵攻からずっとです。国際的な人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)は以下のように説明しています。

4. Were incendiary weapons used in the 2014-2015 conflict in eastern Ukraine?

Russia-backed separatist forces used ground-launched incendiary weapons, in particular 9M22S Grad rockets, in July-August 2014 in at least two towns in eastern Ukraine, Ilovaisk, and Luhansk. They burned several homes and endangered civilians.

4. 焼夷兵器はウクライナ東部での2014年から2015年の紛争で使用されましたか?

ロシアに支援された分離主義勢力は、2014年7月から8月にかけて、ウクライナ東部の少なくとも2つの町、イロヴァイスクとルハンシクで、地上発射型の焼夷弾、具体的には9M22Sグラードロケットを使用しました。彼らは幾つかの家を燃やし、市民を危険に晒しました。

出典:Q&A: Incendiary Weapons in Ukraine | Human Rights Watch

 9M22Sクラスター焼夷ロケット弾は旧ソ連時代からある兵器なので、ロシア軍とウクライナ軍の双方が保有しています。この事を利用してロシア側は「自分たちは使っておらずウクライナが使ったのだ」と主張していますが、相手にしてはなりません。使用状況からは少なくとも大量使用しているのはロシア側なのは明白です。あまりにも頻繁に使用され続けています。

 ただしロシア側が釈明する「白リン弾は使っていない」は事実です。白リン弾よりも殺傷能力が高いマグネシウム-テルミット焼夷弾を使っているからです。そしてロシア側の支配するウクライナ東部ドンバス地方のメディアは驚くべきことに自分から「焼夷弾を使用した」と報道しています。一体どのような条件が条約に違反するのか理解していないのでしょうか? それとも西側のメディアが白リン弾には過剰反応するが焼夷弾ではあまり反応しない事を見透かしているのかもしれません。

 問題なのは「焼夷弾(全般の意味で)」であるにも拘らずにです。

白リン弾と間違って伝えずに、普通に「焼夷弾」と呼びましょう

 しかし実は過去に大騒ぎされたアメリカ製の白リン弾「M825A1」は煙幕用の発煙弾として設計されているため、条約上は焼夷兵器から除外されており、いくら騒がれても条約が改正されていない以上は現在でもせいぜいグレー扱いの対象です。しかし攻撃用に設計されたクラスター焼夷ロケット弾「9M22S」は完全にアウトでブラック扱いの対象です。

※焼夷兵器の使用を制限する条約は「特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)」の付属議定書「焼夷兵器の使用の禁止又は制限に関する議定書(議定書III)」。

近年の戦争で使用された空中投射型の焼夷兵器(グレー扱い含む)

  • 2004年 イラク、ファルージャ(白リン弾) 
  • 2009年 パレスチナ、ガザ(白リン弾) 
  • 2011年~シリア内戦(テルミット2種類および種類不明ナパーム)
  • 2014年~ロシア、ウクライナ東部侵攻(テルミット)
  • 2020年 ナゴルノ=カラバフ(テルミット)
  • 2022年~ロシア、ウクライナ全面侵攻(テルミット)

 西側メディアはアメリカ製の白リン弾「M825A1」の時だけ大きく問題視して騒ぎました。その結果、「焼夷兵器=白リン弾」という誤解が生まれて世間に広まってしまいます。しかし白リン(白燐)を使用していない焼夷兵器を白リン弾呼ばわりしてはなりません。物質として異なる以上は、通称としても使用することはできないのです。

 もう発端から20年近く経つのにメディアが間違え続けるので誤解が解けません。世間で広まり過ぎてしまった言葉の誤用で、各国の軍隊の広報ですら間違えて誤用を行い、間違いが拡大再生産されてしまっています。お願いがあります。白リン弾と間違って伝えないように気を付けて、普通に焼夷弾と報道してください。

 メディアが誤用を止めなければ、この誤解は永遠に続きます。そして20年近く疑問に思い続けていることがあります。メディアは一体なぜ白リン弾だけ大騒ぎして、他の焼夷兵器を騒がないのですか? 発煙弾として設計されたM825A1白燐弾よりも、攻撃用に設計された9M22S焼夷弾の方が殺傷能力は高い筈なのに? どうしてシリアやカラバフやウクライナで使われた焼夷兵器の数々は、10年以上も無視され続けたのですか?

 そして今、ウクライナでは街が焼かれ続けています。

【関連記事】※公式発表で白リン弾と勘違いした誤報が多い

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

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