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英国防省が「ロシア軍が白リン弾を使用」と誤報。日本防衛省もそのまま転載する間違い

JSF軍事/生き物ライター
SNS投稿動画よりウクライナのポパスナで使用された焼夷兵器

 ウクライナの戦争では「空中で起爆し拡散する多数の火の玉となって落ちて来る」兵器が確認されていますが、これは白リン弾ではありません。

「ロシア軍がウクライナで白リン弾を使用」は誤報、実際には9M22Sクラスターテルミット焼夷ロケット弾(2022年3月25日)

 ウクライナの戦場で使われている焼夷兵器は9M22Sクラスター焼夷ロケット弾の9N510焼夷子弾です。白リンではなくマグネシウム-テルミット系の焼夷弾です。

 ところが、4月11日に英国防省が間違った説明を行いました。

Russian forces prior use of phosphorous munitions in the Donetsk Oblast raises the possibility of their future employment in Mariupol as fighting for the city intensifies.

「ドネツク州で以前に白リン弾を使用したロシア軍は、市街戦が激化するにつれて、マリウポリでの将来の投入の可能性を高めています。」

出典:Ministry of Defence - GOV.UK (英国防省)

 そして、英国防省のこの記述を日本防衛省は転載しました。

4月11日 ・ドネツィク州における露軍の白リン弾の優先的使用は、マリウポリをめぐる戦闘の激化とともに、同市に対しても白リン弾が使用される可能性が高まっていることを示すもの

出典:ロシア軍によるウクライナ侵略の経過(令和4年4月12日時点) | 日本防衛省

 しかし、間違いです。白リン弾ではありません。

Another ID card for use in Ukraine. This time for incendiary 9M22S Grad rocket. In use this will look like slow-falling fireworks. Please note the incendiary compound used in this weapon is NOT white phosphorus.

「ウクライナで使用されるもうひとつのIDカード。今回は9M22Sグラード焼夷ロケット。使用時はゆっくり落ちてくる花火のように見えます。この武器に使われている焼夷性化合物は白リンではないので注意してください。」

出典:Mark Hiznay ※ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)の武器調査部門主任研究員、マーク・ヒズネイ氏。

Not phosphorus: Russia uses 9M22S incendiary projectiles in Ukraine 「白リンではない:ロシアは9M22S焼夷弾をウクライナで使用」

Український мілітарний портал (ウクライーンシクィー・ミリタリニィー・ポルタル。ウクライナの軍事ポータルサイト)による英語での解説記事。

The incendiary elements are ML-5 magnesium cups filled with a thermite-type mixture and packed in a matrix, each element having a burning time of at least 2 minutes.

「焼夷剤はML-5マグネシウムカップにテルミット系混合物を充填してマトリックス状にしたもので、各焼夷弾の燃焼時間は2分以上である。」

出典:122mm Grad 9M22S Rocket | CAT-UXO

Breaking Ghouta WEBアーカイブ

2018年、シリアのダマスカスにある東グータの包囲された都市ドゥーマで使用されたロシア製の焼夷弾について。 2018年2月23日に東グータで撮影された、9M22S焼夷ロケット弾の焼夷子弾9N510(露語:9Н510)の六角柱の残骸の写真が掲載。

Though the activists described the munitions as "white phosphorous" to The Independent, Human Rights Watch research suggests the Syrian-Russian coalition tends to use thermite-based incendiary weapons, which start fires when they land and cause excruciating burns if contact is made with the skin.

「活動家はIndependent紙にこの弾薬を「白リン」と表現したが、Human Rights Watchの調査によれば、シリア・ロシア連合はテルミット系の焼夷弾を使用する傾向がある。この焼夷弾は着弾すると発火し、皮膚に接触すると耐え難い火傷を負う。」

出典:Independent, Thursday 16 March 2017

 9M22Sロケット弾の9N510焼夷子弾が白リン弾ではないことは確定事項です。少なくとも、内容物の焼夷剤に白リンは全く使われておりません。そして空中で起爆し拡散する多数の火の玉となって落ちて来るタイプの白リン弾は、ロシア軍は保有していません。

 どうも「空中で起爆し拡散する多数の火の玉となって落ちて来る」兵器を何でもかんでも白リン弾と決め付ける事例が多いようですが、一般人ならともかく、英国防省と日本防衛省が間違えてしまうのは如何なものでしょうか。

 過去にアメリカの使用したM825A1白リン弾は発煙弾(煙幕弾)として設計されていましたが、現在ロシアの使用している9M22Sロケット弾の9N510焼夷子弾はマグネシウム-テルミット系の焼夷弾で攻撃用に設計された殺傷力の高い兵器です。

 9M22Sの9N510焼夷子弾は発煙弾よりも問題が大きい正真正銘の殺傷用の焼夷弾です。一体なぜ単純に焼夷弾と呼ばず、白リン弾(成分上、明らかに間違い)と呼びたがるのでしょうか・・・ウクライナで今使われているものは「焼夷弾」と呼ぶべきです。白リン弾ではないものを白リン弾と呼ぶべきではありません。

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

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