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北朝鮮が新型固体燃料ICBM「火星18」を初発射試験、加速中の上昇角度変更と時間遅延分離始動を実施

JSF軍事/生き物ライター
北朝鮮・労働新聞より新型の固体燃料ICBM「火星砲-18」の発射試験

 4月14日、北朝鮮は昨日13日に発射したミサイルは新型の固体燃料ICBM「火星砲-18」であると発表しました。北朝鮮は昨年の2022年12月15日に「推力140tfの固体燃料ロケットモーター地上噴射試験を成功」と発表しており、この新開発の固体燃料技術を実装したICBMを発射試験したことになります。金正恩総書記が視察し試射を承認、張昌河大将が試射任務を受け持つミサイル総局第2赤旗中隊が実射を担当しています。そしてこの発表では非常に興味深い説明が行われていました。

加速中の上昇角度変更と時間遅延分離始動

今回の試験発射は、周辺国家の安全と(北朝鮮)領内飛行中の多段ロケット分離の安全性を考慮して、第1段ロケットは標準弾道飛行方式で、第2、3段ロケットは高角発射方式(ロフテッド軌道)に設定し、時間遅延分離始動方式でミサイルの最大速度を制限しながら、武器システムの各系統別の技術的特性を実証する方法で行った。

出典:朝鮮民主主義人民共和国戦略武力の絶え間ない発展ぶりを示す威力的実体再び出現 敬愛する金正恩同志が新型大陸間弾道ミサイル《火星砲-18》型初の試験発射を現地指導された:労働新聞(2023年4月14日)

 北朝鮮は火星18を非常に特殊な飛ばし方をしていたようです。筆者は昨日の北朝鮮の飛翔体が最大高度3000km・水平距離1000kmでIRBM相当の飛行性能でありながら自衛隊が途中でレーダーから見失ったことで「発射失敗の可能性」を考えていましたが、そうではありませんでした。北朝鮮はミサイルの加速中に大きく軌道変更しています。しかも時間遅延分離始動方式とあるように、燃焼が終わった段を切り離して直ぐにロケットに点火するのではなく、わざと時間差を置いて点火するという真似をしています。火星18は速度を意図的に落としながら、そして上昇する角度を急激に変えながら飛行しています。

 これらの行為によって観測していた自衛隊のレーダーでの弾道計算が混乱してしまったのでしょう。Jアラートを出して空振りになってしまったのはこういう理由になります。

 なおこの加速中の上昇角度変更は北朝鮮自身が述べている通り、自国と周辺国の安全を考慮したミサイル実験での飛行性能制限の一環で、おそらくICBMの場合は実戦ではこの飛ばし方はあまり役に立ちません。低い高度を滑空するタイプの弾道ミサイルや極超音速ミサイルとは異なり、結局は高く打ち上がる事には変わりがないのでレーダーでの捕捉追尾は容易です。こういった特殊な加速中の上昇角度変更があると分かってしまえば次からは対応されてしまうでしょう。また加速中しか軌道変更していないので迎撃ミサイルの会敵タイミングでの欺瞞は出来ません。そして加速中の上昇角度変更と時間遅延分離始動は射程を大きく落とすことになります。

第1段ロケットのみ通常弾道で発射した理由の推定

新型大陸間弾道ミサイルの試射は、周辺国家の安全にいかなる否定的影響も与えず、分離された第1段ロケットは咸鏡南道金野郡虎島半島の前方10km離れた海上に、第2段ロケットは咸鏡北道漁郎郡の東335km離れた海上に安全に着弾した。

出典:朝鮮民主主義人民共和国戦略武力の絶え間ない発展ぶりを示す威力的実体再び出現 敬愛する金正恩同志が新型大陸間弾道ミサイル《火星砲-18》型初の試験発射を現地指導された:労働新聞(2023年4月14日)

 火星18の第3段ロケットと弾頭の着弾位置が説明にありません。日米韓に必要以上の情報を与えないように、意図的に言及していないようです。そして一番気になるのは、第1段ロケットを陸地から僅か10km沖の海上に着弾させているという点です。

Google地図より火星18推定発射地点と第1段ロケットと第2段ロケットの推定落下地点
Google地図より火星18推定発射地点と第1段ロケットと第2段ロケットの推定落下地点

 また火星18の推定発射地点(平壌近郊)と第1段ロケットと第2段ロケットの推定落下地点を見る限り進行方向が変化しています。どうやら上昇加速中に鉛直方向だけでなく水平方向も変化させていたようです。

 なお第1段ロケットの落下地点は発射地点から最短で海に出るコースです(ただし狭い湾内には落とせない)。(北朝鮮)領内飛行中の多段ロケット分離の安全性を考慮とは、こういう意味なのでしょうか? もしかすると以前までのICBM実験では、切り離した第1段ロケットを内陸に落としていたのでしょうか?

投棄した第1段ロケットが海にぎりぎり到達、陸から10km沖

Google地図より火星18の第1段ロケットの推定落下地点「虎島半島の前方10km離れた海上」
Google地図より火星18の第1段ロケットの推定落下地点「虎島半島の前方10km離れた海上」

 あるいは、以前までの液体燃料2段式ICBMならば平壌付近からロフテッド軌道で発射しても第1段ロケットは余裕で日本海まで到達していたが、今回の新たな固体燃料3段式ICBMでは第1段ロケットがロフテッド軌道では海まで届かなかったので、第1段ロケットのみ通常軌道(最も遠くまで届く)で発射したという可能性が考えられます。

 これは液体燃料2段式ICBMの第1段ロケットと、固体燃料3段式ICBMの第1段ロケットでは、後者の第1段ロケットの方が小さくなるからです。ICBMの射程が同等の場合、液体燃料2段式ICBMに比べると固体燃料3段式ICBMは第1段ロケットの落下地点までの距離が短くなります。

発射地点が移動した理由の推定

Google地図より火星18推定発射地点と第1段ロケットの推定落下地点、および順安飛行場
Google地図より火星18推定発射地点と第1段ロケットの推定落下地点、および順安飛行場

 また従来の液体燃料2段式ICBM(火星15、火星17)は平壌近郊の順安飛行場(平壌国際空港)から発射されることが多かったのですが、火星18は発射地点が変更されています(ミドルベリー国際大学院モントレー校のsam_lair氏による分析)。やや日本海に近寄っており、海までの距離は25kmほど近くなっています。これは第1段ロケットを「虎島半島の前方10km離れた海上」に落とすための発射位置の調整だった可能性があります。

 ただし移動に制限がある液体燃料ICBMは順安飛行場のようなに大きな施設に配備拠点を設ける必要がありますが(ミサイルを寝かせた状態で液体燃料を充填した場合、移動は整備された舗装路を短距離しか自走できない。長距離移動する場合は液体燃料を充填できないので、移動先で燃料を充填する手間が掛かる)、一方で固体燃料ICBMならばそういった制約が無いので配備拠点を比較的自由に設定できるので、発射地点を変更しても構わなかったという理由の可能性もあります。

大量の白い噴射煙=コンポジット系固体燃料推進薬

北朝鮮・労働新聞より新型の固体燃料ICBM「火星砲-18」の発射試験
北朝鮮・労働新聞より新型の固体燃料ICBM「火星砲-18」の発射試験

北朝鮮・労働新聞より新型の固体燃料ICBM「火星砲-18」の発射試験
北朝鮮・労働新聞より新型の固体燃料ICBM「火星砲-18」の発射試験

 白い噴射煙を大量に吐いているのはコンポジット系固体燃料推進薬の特徴で、助燃材のアルミニウム粉末の燃焼によるものです。主推進ロケットは3段式で、第1段部分のみ直径がやや太くなっています。なおミサイルには安定翼や操舵翼は付いておらず、推力ベクトル操縦技術(2022年12月15日の地上噴射試験で言及がある)によって姿勢制御されています。

コールドランチ→底部キャップを横に飛ばし→第1段ロケット点火

北朝鮮・労働新聞より新型の固体燃料ICBM「火星砲-18」の発射試験
北朝鮮・労働新聞より新型の固体燃料ICBM「火星砲-18」の発射試験

北朝鮮・労働新聞より新型の固体燃料ICBM「火星砲-18」の発射試験
北朝鮮・労働新聞より新型の固体燃料ICBM「火星砲-18」の発射試験

 写真のミサイルの左下に見えている小さな物体は底部キャップ(下面カバー)です。固体燃料ICBMは発射筒(キャニスター)に収納されておりガスによりコールドランチで発射されますが、底部キャップはそのガスの発生器が仕込まれてあり、またミサイル底部を保護している部品になります。ミサイルが空中で第1段ロケットに点火する前に、邪魔にならないように底部キャップに装着してある小型ロケットで側面噴射して横に飛ばしておきます。

TEL(輸送起立発射機)は9軸18輪

北朝鮮・労働新聞より新型の固体燃料ICBM「火星砲-18」の発射試験、発射車両の拡大
北朝鮮・労働新聞より新型の固体燃料ICBM「火星砲-18」の発射試験、発射車両の拡大

 火星18のTELは9軸18輪で、火星15のTELと同じサイズです。これは2023年2月8日に行われた朝鮮人民軍創建75周年の閲兵式のパレードで登場した時と同一で、火星18はキャニスター搭載方式になったので火星15のTELとは細部が変更されています。関連:北朝鮮の軍事パレードで新型固体燃料ICBMが5両登場

朝鮮中央テレビより新型の固体燃料ICBM「火星砲-18」の発射試験、発射車両の拡大
朝鮮中央テレビより新型の固体燃料ICBM「火星砲-18」の発射試験、発射車両の拡大

サイドスラスターの噴射?ではなく、クランプを外す爆破ボルト

北朝鮮・労働新聞より新型の固体燃料ICBM「火星砲-18」の発射試験
北朝鮮・労働新聞より新型の固体燃料ICBM「火星砲-18」の発射試験

 火星18の発射直後(ミサイルがキャニスターから出切っていない)の状態で、ミサイル先端付近の側面に小規模な噴射らしきものがあります。

※追記:14日昼に新たに朝鮮中央テレビで火星18の発射の様子が動画で公開されたので確認したところ、ミサイル先端は噴射ではなく、ミサイルをキャニスター内で支えている緩衝材を止めているリング状クランプを吹き飛ばして外す爆破ボルトの爆発でした。

火星18に搭載されたオンボードカメラ

北朝鮮・労働新聞より新型の固体燃料ICBM「火星砲-18」の発射試験
北朝鮮・労働新聞より新型の固体燃料ICBM「火星砲-18」の発射試験
  • 1계단분리(第1段分離)
  • 1계단분리(第1段分離)
  • 2계단분리(第2段分離)
  • 3계단분리(第3段分離)

 主推進用の固体燃料ロケット3段が全て分離できたとしています。

北朝鮮・労働新聞より「火星砲-18」の第2段ロケット分離と第3段ロケット分離の拡大
北朝鮮・労働新聞より「火星砲-18」の第2段ロケット分離と第3段ロケット分離の拡大

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

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