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フーシ派のイラン製デルタ翼ドローン「ワイド」の技術的評価

JSF軍事/生き物ライター
フーシ派の公表動画より自爆ドローン「ワイド」。ほぼ確実にイラン製

 3月11日、イエメンの武装組織フーシ派が「戦略兵器」の映像を公表しました。新しい弾道ミサイル、巡航ミサイル、ドローン、機雷、迫撃砲、歩兵携行火器など多数の新兵器が発表されましたが、その中に2019年9月14日のサウジアラムコ石油施設への攻撃で使われたデルタ翼(三角形翼)の自爆攻撃用ドローンとよく似ている機体が含まれていました。この機体のフーシ派からの公開は初となります。

 ドローンの名前は「ワイド(Wa'id)」、アラビア語で「脅威」を意味します。動画で公開された性能数値は以下の通りです。

  • 全長4m
  • 翼幅3m
  • 航続距離2500km以上
  • 目標の種類に応じた幾つかの爆発性弾頭を搭載
  • 正確な攻撃作戦を実行します
フーシ派の公開動画より自爆ドローン「ワイド」の公称性能数値
フーシ派の公開動画より自爆ドローン「ワイド」の公称性能数値

イスラエル製ハーピーとの類似点と相違点

誘導方式の違い

 このフーシ派のイラン製デルタ翼ドローン「ワイド」はイスラエルIAI社製「ハーピー」に形状が非常によく似ています。ただし部品構成で幾つも異なる部分がある上に用途が全く違うので、同じ自爆無人機であっても根本的に種類が異なる兵器になります。

 ハーピーは敵の発信するレーダー波を感知して突入する徘徊型で用途は対レーダーミサイルに近い兵器ですが、ワイドはINS(慣性航法装置)とGPS(衛星測位システム)で自己位置を修正しながら飛ぶプログラム飛行型で地上固定目標を狙う巡航ミサイルに近い兵器になります。

 ワイドはドローンといっても目標を自分で見つけ出す能力は無く、発射前に指定された位置に飛んで行く使い方になります。

大きさの違い

 またIAI社製ハーピーが全長2.7m・全幅2.1mであるのと比べると、イラン製のワイドは全長4m・全幅3mとかなり大型化しています。大まかな形状を参考にしただけでコピー兵器ではないことが分かると思います。

フーシ公式動画より「ワイド」、イスラエルIAI公式動画より「ハーピー」
フーシ公式動画より「ワイド」、イスラエルIAI公式動画より「ハーピー」

 ハーピーの背中の上面に2本見えている折り畳み式の大きなブレードアンテナ(下面にも2本あるので合計4本)はパッシブレーダーシーカーの関連部品になるので、ワイドには付いていません。またデルタ翼から前方に突き出ている棒は対気速度計(ピトー管)で、見え難いですがワイドにも細い棒が付いています。

垂直尾翼の動翼(ラダー)の有無

 ハーピーの翼端板は動翼(ラダー:方向舵)の付いた垂直尾翼であり、操舵翼としてヨー方向の制御を行います。これに対しワイドの翼端板は単なる安定翼であり動翼がありません。(※どちらも燃費向上を目的としたウィングレットではないので注意。)

 これは敵位置の正確な場所が事前には分からない対レーダー自爆突入ドローンと、既に位置が判明した場所に飛んで行くプログラム飛行型ドローンの違いで、後者であるワイドには細かい機動性を必要としなかったので制御システムを簡略化し、翼端板は単なる安定翼としたのでしょう。

 ラダー(方向舵)は無くてもエルロン(補助翼)によって機体を傾けるだけでも旋回は可能です。ラジコン飛行機や訓練用の標的ドローンによくある形式で、プログラム飛行型のワイドは誘導方式だけでなく動翼の構造的にも標的ドローンに近い存在だと言えます。

フーシ派より「ワイド」の翼端板。ラダーが存在しない
フーシ派より「ワイド」の翼端板。ラダーが存在しない

 ハーピーの進化型である「ハロップ(ハーピー2)」は戦場で使用された残骸を確認すると動翼ラダーの付いた垂直尾翼であることが分かります。ハーピーのコピーである中国の「JWS01(ASN-301)」や台湾の「剣翔」でも、武器展示会での実機の展示で垂直尾翼の動翼ラダー機構が確認できます。ハーピーの系統は全て垂直尾翼に動翼ラダーがあるのです。

 なお展示用のモックアップ(模型)では動翼の機構が端折られている場合があるので注意してください。

主翼の動翼(エルロン、エレベーター)の違い

 今回公表されたワイドは主翼に動翼とサーボとのリンケージロッドが付いているのが確認できるので、モックアップではなく実機の展示だと判断できます。

フーシ派より「ワイド」。動翼の部品の説明は筆者が推定して追記。
フーシ派より「ワイド」。動翼の部品の説明は筆者が推定して追記。

 ワイドの主翼には動翼が2種類あり、内側の動翼がエレベーター(昇降舵)、外側がエルロン(補助翼)だと推定されます。

  • エルロン(補助翼、Aileron)・・・機体を横転させるロール用
  • エレベーター(昇降舵、Elavator)・・・上下のピッチング用
  • ラダー(方向舵、Rudder)・・・左右のヨーイング用

 これに対してハーピーの主翼の動翼はエレボン(Elevon)と呼ばれる、エルロンとエレベーターを一体化した方式です。サーボの機構が減らせますが、両方の機能を同時に使う場合は合成された動きになるので制御が複雑になる面があります。おそらくワイドは部品点数が増えても単純な制御システムとする為にエレボンを採用しなかったのでしょう。

ハーピーとの共通点はデルタ翼とプロペラ推進のみ

 ワイドとハーピーは見た目の形状がそっくりですが、主翼がデルタ翼であることとプロペラ推進という部分くらいしか共通点がありません。センサーも誘導装置も操縦制御も何もかも違います。ワイドはハーピーのコピーとはとても言えないのです。

2019年残骸部品と2021年公開時の相違点

翼端板の形状の違い

 公開された自爆無人機ワイドは垂直の翼端板が上と下の両方向に伸びたものが装着されていますが、2019年のサウジアラムコ攻撃時に回収されたドローン残骸の翼端板は上方向のみなので、形状が異なります。

 翼端板が上方向のみというのはハーピーと同じですが、2019年ドローン残骸の翼端板は動翼無しに対してハーピーの翼端板は動翼が付いているので、こちらも別物となります。

2019年サウジアラムコ攻撃のドローン残骸
2019年サウジアラムコ攻撃のドローン残骸写真:ロイター/アフロ

【関連】サウジ石油施設への攻撃はイラン製の新型巡航ミサイルと初確認の新型自爆ドローン(2019年9月19日)

ロータリーエンジン → 4気筒ピストンエンジン

 そしてエンジンも違いがあります。ハーピーはロータリーエンジン(ヴァンケル式)ですが、ワイドは空冷水平対向4気筒ピストンエンジンでおそらく2ストローク式です。そして2019年に回収された残骸は、冷却フィンの形状と取り付け方向からロータリーエンジンの可能性が高いと考えられます。エンジンが全く別物なのです。

2021年:空冷水平対向4気筒ピストンエンジン(2ストローク式)

フーシ派の2021年公開動画より「ワイド」のエンジン部分
フーシ派の2021年公開動画より「ワイド」のエンジン部分

2019年:ロータリーエンジン(ヴァンケル式)

サウジアラビア軍より2019年のドローン残骸エンジン部分
サウジアラビア軍より2019年のドローン残骸エンジン部分

 過去にイラン国立航空宇宙展示会2014で「MADO MD550」という、ドイツの「Limbach L550」そっくりの水平対向4気筒ピストンエンジンが出品されていたことがありますが、ワイドのエンジンはこれと細部は少し異なりますが形と大きさがよく似ています。

大きさの違い

 ワイドは全長4m・全幅3mですが(フーシ派の自己申告)、2019年のサウジアラムコ攻撃時のドローン残骸は全長190~210cm・全幅215cmです(国連パネルの報告数値)。同じデルタ翼ドローンですが大きさが全く異なります。

※残骸の計測値は全幅はデルタ翼が残っていたのでほぼ正しいですが、機首に掛けての胴体部分は欠落部品が多いので全長は正確ではない可能性があります。残骸の全長は実際にはもっと長いかもしれません。

2019年ドローン残骸と2021年公開ワイドは別機種

 2019年サウジアラムコ攻撃時のドローンと2021年公開時のワイドは大きさもエンジンも異なる別種の機体であり、同じデルタ翼であっても同型をベースにした改良機ではありません。イランは同時並行で形状の似た大きさの異なるドローンを開発していたのではないでしょうか。

2500km以上もの長大な航続距離

フーシ派の公開動画より自爆ドローン「ワイド」と人間との対比
フーシ派の公開動画より自爆ドローン「ワイド」と人間との対比

 ワイドの航続距離2500km以上という公称数値はトマホーク巡航ミサイルに匹敵するという驚くべきものです。ただし幾らかの誇張はあるかもしれません。おそらく厚いデルタ翼の内部に燃料タンクを確保して長距離飛行を実現していると考えられます。

※追記:その後に同型機が実戦使用されて発見された残骸から、デルタ翼の内部は航法用の電子機器の搭載スペースに充てて、燃料タンクは胴体中心部分のみに設置している可能性が高くなりました。

 2019年9月14日に起きたサウジアラビアのアブカイクとフライスにある国営石油会社サウジアラムコへの攻撃では、フーシ派を支援するイランによって巡航ミサイルと自爆ドローンが発射され、迂回飛行しながらイラク内陸部を経由するという北側からの奇襲攻撃でした。発射地点を何処に設定していたかにもよりますが、この時の推定飛行距離が800km前後です。

 そして2021年3月7日にサウジアラビア東部ラスタヌラにある石油積み出しターミナルが弾道ミサイルとドローンで攻撃されました。今回はイラン方向から発射されたという情報はありませんので、イエメンのフーシ派支配領域から攻撃したのだとすると、直線距離で約1200~1300kmになります。しかし巡航ミサイルやドローンは単純に真っ直ぐ飛んで行くと簡単に捕捉されて撃墜されてしまうので迂回飛行する筈です。

Google地図を元に筆者作成。フーシ派支配領域からラスタヌラまでドローンの仮定経路
Google地図を元に筆者作成。フーシ派支配領域からラスタヌラまでドローンの仮定経路

 この図の赤い線は全く根拠の無い想定上のラスタヌラまでのドローン攻撃経路です。迂回しながら飛んだこの経路は約1800kmになります。もしワイドが2500km以上も飛べるのなら、これよりも複雑な経路を飛べる筈です。

 ただし巡航速力が時速300~400km程度のデルタ翼型プロペラ推進式ドローンなので、2500kmも飛ぶと7時間前後も掛かってしまいます。幾ら地上レーダーが手薄な場所を狙った迂回飛行をしたところで、あまりにも長時間飛び続けていたら敵が空中警戒をしっかりしていれば容易に見付かってしまいます。

【関連】サウジアラビア戦闘機がフーシ派のドローン多数を撃墜し防空に成功(2021年3月9日)

 実際に2021年3月7日のラスタヌラ攻撃ではサウジアラビア戦闘機が活躍しフーシ派のドローン攻撃は失敗に終わりました。速度の遅いプロペラ式ドローンに長大な航続距離を与えても本当に有用かどうか、疑問な点があると言えます。

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

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