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台湾向け弾道ミサイル・巡航ミサイル・地対艦ミサイル売却の意味

JSF軍事/生き物ライター
米軍よりHIMARSとATACMS、SLAM-ER。ボーイングよりハープーン

 10月になってアメリカが台湾に売却を許可する4種類の兵器が国防安全保障協力局(DSCA)から議会に通告されています。内訳はミサイル3種類と戦闘機用の偵察ポッドで、ここでは3種類のミサイルについて解説していきます。

  • ATACMS弾道ミサイル 64発・・・HIMARS発射機11台
  • SLAM-ER巡航ミサイル 135発・・・以前購入したF-16戦闘機への搭載用
  • ハープーン地対艦ミサイル 400発・・・発射機100台、レーダー25台

ATACMS短距離弾道ミサイル(射程300km)

 今回の台湾向け武器売却ではHIMARSロケット砲システムが11台と紹介されることが多いのですが、その弾薬用としてATACMS弾道ミサイル64発がDSCAの通告書に同時に記載されています。今回重要なのは発射機のHIMARSよりも弾薬のATACMSの方になります。

 HIMARS(高機動ロケット砲システム)とあるように基本的にはトラック搭載の6連装ロケット弾発射機なのですが、この6連装ロケット弾のキャニスターを入れ替えてATACMS弾道ミサイル1発を入れて撃つことも可能です。そして台湾は弾薬としてロケット弾を要求せず、全てATACMSを望みました。

 ただしATACMSは最大射程300kmなので中国大陸の奥深くを攻撃することはできません。台湾から発射した場合は対岸の沿岸周辺までしか届かず、射程が上の中国の短距離弾道ミサイル発射機は叩けず、航空基地も叩けません。したがって届く範囲で狙って効果が高い目標は揚陸作戦の為の物資を集積している港湾などになります。 

 なお台湾はもし開戦した場合に即座に劣勢状況に置かれるので、金門島のような最前線の小さな狭い島にHIMARS発射機のような目立つ目標を置いたら一瞬で撃破されてしまいます。劣勢状況なので輸送船や貨物船に発射機ごと搭載して対地攻撃するような悠長な運用もできません。一発でも撃ったら敵の対艦ミサイルが即座に応射して船は撃沈されてしまうでしょう。よって、HIMARS発射機は台湾本島に分散展開し移動と隠蔽を繰り返しながらATACMS弾道ミサイルを発射して、予備弾を再装填しまた再発射しながら大陸沿岸に撃ち込んでいく運用になります。

SLAM-ER巡航ミサイル(射程250km)

 SLAM-ER巡航ミサイルはF-16戦闘機に搭載する空対地巡航ミサイルです。ただし戦闘機に搭載とはいっても中国軍の強力な防空網を考えると大陸の奥まで戦闘機が乗り込んでから発射するというのは無謀すぎるので、中国大陸の奥深くを攻撃することは非現実的であり、沿岸とその周辺を狙うのが限界でしょう。

 そのため、有効な使用方法と考えられるのはやはり港湾への攻撃です。台湾海峡から少し離れたATACMSでは届かない大陸沿岸の港湾を敵が拠点とした場合に、物資集積場や停泊している輸送船をSLAM-ER巡航ミサイルを搭載した戦闘機で狙いに行くという使い方です。

 なおSLAM-ERは亜音速で飛翔する巡航ミサイルで、後述のハープーン対艦ミサイルをベースに改造して赤外線画像カメラを搭載して空対地攻撃用としたものです。主用途は対地攻撃用ですが洋上の艦船も攻撃可能で、停泊した艦船が出港するため動き出し始めても継続して狙うことが可能です。

ハープーン地対艦ミサイル(射程124km)

 ハープーン対艦ミサイル400発、発射機100台、レーダー25台。地対艦ミサイルHCDS(Harpoon Coastal Defense System, ハープーン沿岸防御システム)が数量的に今回の台湾武器売却の最重要兵器です。400発もの対艦ミサイルを一挙に取得するのですから、台湾軍の対艦攻撃能力は格段に強化されます。4連装発射機をトラックに搭載した車載移動式です。

 ハープーンは亜音速で敵レーダーに発見され難いように海面ぎりぎりの低高度を飛翔する巡航型の対艦ミサイルです。最終誘導用にレーダーを搭載し洋上の艦船を捜索して突入します。ブロック2以降はGPS誘導も併用しているので限定的な対地攻撃も可能ですが、赤外線カメラは搭載していないので精密誘導には不向きなので、入り組んだ港湾で停泊した艦船への攻撃や対地攻撃はSLAM-ERの方が向いています。

 台湾軍がハープーン地対艦ミサイルを取得する目的は上陸寸前の敵揚陸艦隊を迎撃する純粋に防御的な用途です。対岸の陸地を狙うような攻撃的な用途はHIMARSのATACMSやSLAM-ERの役目です。HIMARSは発射機11台にATACMS64発を用意して再装填しながら継続して攻撃する使い方ですが、これは攻撃目標と攻撃タイミングを台湾側で決めることができるからです。しかしハープーン地対艦ミサイルは防御的な迎撃用の兵器なので、敵揚陸艦隊が出現するまで出番が来ません。どの場所に揚陸してくるかも事前には分からないので、付近に配備されている地対艦ミサイル部隊が少ないチャンスで一回限りの全力攻撃を行う想定です。そのため、4連装発射機100台に400発の対艦ミサイルを用意して予備弾無しという調達の仕方になります。

 

三峡ダム攻撃は行えないし、行わない

 なおATACMS弾道ミサイルもSLAM-ER巡航ミサイルも三峡ダムへの攻撃には使われません。射程の問題で全く届かないというのもありますが、ダム攻撃は戦時国際法のジュネーブ諸条約第1追加議定書で名指しで禁止行為とされています。台湾は条約に参加していませんが世界はダム攻撃を非人道的行為として認識し、第1追加議定書に参加していないアメリカですら自粛して禁じ手としています。

 台湾はもし中国と戦争になった場合には国際社会から同情を集めなければ生き残れません。それなのに非人道的行為を行ったら世界中から非難され見捨てられてしまいます。ゆえにダム攻撃など愚かすぎてあり得ないことです。

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

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