国公立大学後期試験の天気は曇りのち雨 菅原道真は東日本大震災級の貞観地震翌年の試験を「中の上」で合格
後期試験の天気予報
令和5年(2023年)の大学入学試験は大詰めとなり、3月12日(日)からは国公立大学の後期試験が始まります。
まだ希望する大学の合格通知を受けていない方にとって、落ち着かない半月になるかと思います。
3月12日の天気予報は、ほぼ全国的に天気が下り坂で、西日本から雨が降り始める見込みですが、落ち着いて実力を発揮して欲しいと思います(図1)。
今から1153年前の貞観12年(870年)3月23日、後に学問の神様となる菅原道真(当時26歳)が、方略試(ほうりゃくためし)という、最高位の官吏試験を受けています。
220年間に65人しか合格していない非常に難しい試験ですが、合格の最低点である「中の上」で合格しています。
地震について論ぜよ
菅原道真が方略試を受けた貞観12年(870年)の試験問題は、「氏族を明らかにせよ」と「地震について論ぜよ」の2つで、ともに1000字程度の漢文で解答するものでした。
このうち、地震の問題が出題されたのは、前々年の播磨国地震、前年の貞観地震と大きな被害を出した地震が相次いだからです。
播磨国地震は、貞観10年7月8日(868年8月3日)に播磨の国府が置かれていた兵庫県姫路市付近の直下型地震(山崎断層)で、「日本三代実録」には、諸郡の官庁や寺院の堂塔が「皆尽(ことごとく)く頽(くず)れ倒れき」とあり、3500人位が死亡したと推定されています。
平成7年(1995年)1月17日に神戸市付近の直下(野島断層)で発生し、6000人以上が死亡した兵庫県南部地震と比べると、山城の国(現在の京都府)付近の被害の記録もあることや当時の人口密度などを考えると、播磨国地震の方がより大きな地震と考えることができるでしょう。
貞観地震は、東日本大震災をもたらした東北地方太平洋沖地震と似ている地震で、貞観11年5月26日(869年7月13日)に、大きな地震と津波の被害が発生しています(表)。
貞観地震のときは、仙台平野の奥にある陸奥国の国府付近(現在の宮城県多賀城市付近)まで津波が押し寄せていますが、東日本大震災でも大きな津波が多賀城市付近まで達しています。
当時、国土交通省港湾局では、海岸から10キロから20キロ沖合に係留型のブイを用いたGPS波浪計を設置していましたが、東北地方太平洋沖地震では、岩手県久慈沖、宮古沖、釜石沖の3つのGPS波浪計で6メートルに達する津波を観測しています(図2)。
沿岸部では沖合の2から3倍の高さになるといわれていますので、東日本大震災の時は、沿岸部で12メートルから18メートルの津波があったことと考えられます。
貞観12年(870年)の試験問題の出題者は都良香(みやこのよしか)で、道真の解答と共に良香の講評と採点結果も残されています。
問題と解答、講評と採点が揃って現存していることは極めて珍しく、さすが菅原道真ということでしょうか。
それによると、菅原道真は、地震の原因を、儒教、道教、仏教に関する該博な知識を駆使して論じています。
儒教では、君主に対する戒めで発生するとしていますが、貞観地震については触れず、中国の地震で説明しています。
この理由は、貞観地震に言及すれば、儒教的には為政者の失政の結果であることから、今上天皇(清和天皇)の批判になりかねないからだと思われます。
また、道教では、陸が海の上に浮んでいて、陸を支える15匹の大亀が時折交代することによって地震が生じると説明しています。
さらに仏教では、大地の下に水があり、その下に風があることから風が地震を起こすと説明しています。
加えて、地震動の伝搬に関しては、雷鳴を聞いて鳥が鳴く例を使って説明しています。
勿論、地球南部のマントル対流によって地表のプレートが動き、そのプレートが衝突するところで地震が発生するというプレートテクニクスに基づく現在の地震論からは、遠く離れていますが、中国の最新の学問をよく知ったうえで、漢文という外国語で書いた解答です。
ちなみに、道教と仏教では、大地が何者かの上に乗っかっていて、その何者かによって地震が発生するということであるので、この何者かをマントルだとすれば、プレートテクトニクスになるといえないこともありません。
そして、「文章は彩を成し、文体には観るべき点が有り、筋道はほぼ整っている」ことなどから、合格最低基準の「中の上」で合格となっています。
さくらの開花予報
今から、50年ほど前、筆者が大学受験のころは、合格者の受験番号が大学構内の掲示板に張り出されるだけでした。
大学所在地以外からの受験生にとっては、大学からの正式連絡が郵送される前に合否を知る手段として、大学のサークルなどが番号を読んで電報を打つという合格発表通知電報サービスが盛んに使われていました。
電報料金の関係で、字数を少なくする必要があり、そこで多く使われていたのが合格を意味する「サクラサク」を使った電報文でした。
菅原道真を祭っている天満宮で、梅の花が咲くころに合格を祈願してから受験に臨み、さくらの咲く頃に合格が分かるということから始まったのかもしれませんが、「サクラサク」の起源は不詳です。
インターネット等により、どこにいてもすぐに合否がわかる現在とは雲泥の差があります。
令和5年(2023年)のさくらの開花は、強い寒気が南下しても長続きしなかったことなどから、平年より早いところが多くなりそうです。
ただ、3月の中頃に寒の戻りが予想されているため、西日本を中心に当初の予報よりやや遅くなっており、ソメイヨシノの開花競争は混戦模様です。
いずれにしても、土日の暖かさの度合いがカギを握っていますが、今の所、東京と福岡がトップ争い(3月16日に開花予想)をしています(図3)。
これまで努力してきた受験生に、「サクラサク」の電報が早く届きますように。
図1、図3の出典:ウェザーマップ提供。
図2、表の出典:饒村曜(平成24年(2012年))、東日本大震災(日本を襲う地震と津波の真相)、近代消防社。