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世界気象デーと海中の観測 日本は国連加盟の3年前から国連の専門機関「世界気象機関」に加盟していた

饒村曜気象予報士
国際連合(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

国際連合(国連)加盟の前に世界気象機関に加盟

 第二次世界大戦を防げなかった国際連盟の様々な反省を踏まえ、昭和20年(1945年)10月24日に設立されたのが国際連合(国連、United Nations)です。

 英語表記は、第二次世界大戦中の連合国をさす言葉と同じであることが示すように、第二次世界大戦の戦勝国を中心に51か国の参加でした。

 日本は、サンフランシスコ講和条約が発効して主権が回復した昭和27年(1952年)に国連に加盟申請をしたが、東西冷戦の最中であり、ソ連など社会主義諸国の反対によって実現しませんでした。

 その後、昭和31年(1956年)10月の日ソ共同宣言とソ連との国交回復があり、同年12月18日の総会において、全会一致で80番目の加盟国になっています。

 しかし、国連の専門機関である「世界気象機関(World Meteorological Organization: WMO)」へは、昭和28年(1953年)9月10日に加盟と、国連加盟の約3年前から加入しています。

 気象庁のホームページには、世界気象機関の設立の目的として、「世界の気象業務を調整し、標準化し、及び改善し、並びに各国間の気象情報の効果的な交換を奨励し、もって人類の活動に資する」とあります。

 「世界気象機関」は、明治6年(1873年)に結成された国際気象機関(IMO)が発展的に解消し、昭和25年(1950年)3月23日に世界気象機関条約によって設立され、翌年12月に国連の専門機関になりました。

 世界気象機関条約では、国連に加盟していない国や領域でも、構成員の3分の2による承認があれば、構成員になることが出来ます。

 このため、日本は国連に加入する前から世界気象機関には加盟できたのです。

 日本だけでなく、中国(中華人民共和国)も、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)も、国連へ加入する前から世界気象機関には加盟しています。

 国際政治の難しいことはあっても、大気に国境はなく、世界中の人々が協力しないと防災や産業に役立つ天気予報ができないことが背景にあります。

 なお、令和2年(2020年)3月現在、187か国・6領域が世界気象機関に加盟しています。

世界気象デー

 世界気象機関では、組織ができた3月23日を「世界気象デー」とし、気象業務への国際的な理解促進を目的にキャンペーンを行っています。

 令和3年(2021年)のテーマは、「海洋と私たちの気候・天気」です。

 海洋は、人間活動によって排出された二酸化炭素の約3割を吸収するとともに大量の熱を蓄えます。

 このため、気候変動や台風・豪雨等を含む日々の天気を監視・予測するうえで海洋の状況を把握することが重要であることからのテーマです。

 海の観測は、海の観測のために特別に作られた船だけでは圧倒的に数が少なく、十分な観測ができません。

 昔から、貨客船や漁船などの協力で海の観測が行われてきましたが、観測できる海域が限定されていました。

 このため、現在の海の観測は、主として海面を漂流するブイと、海中を漂流する中層フロート(アルゴフロート)と呼ばれるブイを用いて行われています。

 海底とチェーンで結んで移動しないようにしている固定の無人ブイは、設置費用が高額になることに加え、その設置場所が公開されていることから海賊によって積んである機器が盗まれる事例が相次いだため、漂流するブイが主流になったのです。

海面を漂流するブイ

 海に目印になる漂流物を流し、流した地点と見つかった地点を特定することでその間の海流を知ろうということは、昔から考えられ、実行されてきました。

 漂流物に観測機器を積めば、漂流しながら観測してくれることになりますが、その観測が海のどこであるのかがわからないことには使いものにならないことから、長らく漂流物に観測機器を積んでも観測は行われませんでした。

 しかし、近年の人工衛星利用技術の進歩はめざましく、海の上であっても、GPS衛星でその位置を特定でき、観測結果は直ちに通信衛星によって自動的に必要な場所に届けることが可能となっています。

 このため、気象庁では、平成12年度(2000年度)から、漂流型海洋気象ブイ(直径64センチ、高さ66センチ、重量約60キログラム)の運用を開始しています。

 このブイは、気象庁の観測船から投入されると、自分の位置をGPS衛星で把握、波浪、気圧、海面水温を観測し、観測データは通信衛星を経由してただちに気象庁に送られます。

 また、海中に没している部分が大きく、風による影響は小さいことから、正確な位置の移り変わりを把握することで、海面付近の海流も計算できます。

 台風や発達した低気圧の中心付近の観測データは、気象情報として最も重要ですが、多くの場合、船舶は避難行動をとるために観測データがない空白域となります。

 しかし、このような状況であるかどうかにかかわりなく、漂流型海洋気象ブイは観測を継続してくれます。

 平成12年(2000年)7月上旬に台風3号が日本の南海上を北上し、漂流ブイの東約300キロを通過しましたが、このとき、有義波高の最大は5.9メートル、海面気圧の最低は994.2ヘクトパスカルを観測しています。

 これが、漂流型海洋気象ブイによる最初の台風観測例です(図1)。

図1 漂流型海洋気象ブイの観測例(平成12年(2000年)7月1日~15日のブイの位置と観測値
図1 漂流型海洋気象ブイの観測例(平成12年(2000年)7月1日~15日のブイの位置と観測値

海中を漂流するブイ

 海の中の観測は、海上の観測のように容易ではなりません。

 おもりを調節して、海中を漂うようにした漂流物をつくっても、海中では電磁波が通過しないので、簡単に正確な位置の把握も、観測データを集めることもできないからです。

 そこで、注目されたのが「中層フロート(長さ110センチ、直径20センチくらいの細長い円柱)」で、水温と塩分濃度の観測機器を積んでいます。

 「中層フロート」を投入すると、設定した深さまで潜り、そこで流され、一定期間ごとに海面付近に浮上しながら水温と塩分濃度を観測し、海面から人工衛星で向かってデータを送り、再び設定した深さまで潜ります。

 これを4から5年にわたって繰り返します(図2)。

図2 中層フロートによる観測の模式図
図2 中層フロートによる観測の模式図

 例えば、2000メートルで10日間と設定すると、前回浮上した位置と今回浮上した位置との距離から2000メートルの深さでの10日間の平均海流がわかり、同時に浮上するときに観測した2000メートルから海面付近までの水温や塩分濃度の鉛直分布がわかります。

 1000メートルで10日間漂流させ、浮上する直前にいったん2000メートルまで降下すると、1000メートルの深さで10日間の平均海流と2000メートルから海面付近までの水温や塩分濃度の鉛直分布がわかります。

 「中層フロート(アルゴフロート)」を3000個投入し、海洋観測に大きな成果をもたらしつつある計画が、平成8年(2000年)から始まったアルゴ(Argo)計画です。

 アルゴ計画は、世界気象機関(WMO)、ユネスコ政府間海洋学委員会(IOC)等の関係機関の国際協力のもと、全世界の海洋の状況をリアルタイムで監視・把握するシステムを構築するものです。

 我が国では文部科学省、国土交通省、気象庁、及び海上保安庁が中心となって参画し、データ提供は、即時的に公開する目的で気象庁が運用するリアルタイムデータベースと、高度な品質管理を施したデータを公開する目的で海洋研究開発機構が運用する高品質データベースによって行われています。

 全てのアルゴフロートデータは、原則として取得後24時間以内に全球気象通信網という専用回線で世界中の気象機関などに配布され、計算機を使って海洋の動きを予測したり、エルニーニョ現象の予測や気候変動の解明に役立ったりしています。

 また、6ヶ月以内に、科学的に高度な品質管理を施されたデータがインターネットにより提供され、世界中の研究者等によって、より詳細な研究の資料として活用されています。

 アルゴ計画では、アルゴフロートの目標数は全世界で3000個(10万平方キロで1個の割合)です。

 これで、年間10万件程度の水温・塩分の鉛直分布がほぼリアルタイムで取得できるようになります。

 かなりまばらなようですが、海の変化は大気の変化よりゆるやかであるため、これだけの数の海中の観測があれば、気象衛星から求めた海面の詳細のデータを併用することで、実用的な利用が可能です。

 平成12年(2000年)に始まったアルゴフロートの放流は、寿命等で運用を終えたものもでましたが、平成19年(2007年)11月に、当初目標であった全世界の運用数の3000個を超えています(表)。

表 アルゴフロート数が3000個に達したときの国別内訳(平成19年(2007年)11月1日現在)
表 アルゴフロート数が3000個に達したときの国別内訳(平成19年(2007年)11月1日現在)

 日本は、アメリカに次いで2番目に多いアルゴフロートを運用し、観測データの品質管理やその配信等においても主導的な役割をしています。

 アルゴフロートの設計寿命が4年とすると、観測停止したアルゴフロートの補充を年800本行うと、十分3000個の観測網を維持できます。

 このようにして、各国が協力してアルゴフロートの運用数3000個以上を維持し、その結果、海の中のことが次第に分かってきましたし、その利用も進んでいます(図3)。

図3 現在観測を継続している3899個のアルゴフロート(令和3年(2021年)3月15日現在)
図3 現在観測を継続している3899個のアルゴフロート(令和3年(2021年)3月15日現在)

星座のアルゴ座

 アルゴ計画という名前は、英雄ジェイソン(Jason)がその仲間とともに、黄金の羊毛を捜し求めるためにアルゴ船(Argo)に乗ったというギリシヤ神話に由来しています。

 アルゴ計画が始まった当初は、米国と仏国の共同運用の海面高度衛星ジェイソン(Jason)と、世界各国が協力して海の中を観測するアルゴフロート(Argo)が力をあわせて、海洋の真実を探し出すという願いがこめられていました。

 また、アルゴ船は女神アテナによってアルゴ座という星座になったとされています(図4)。

図4 アルゴ座の説明図
図4 アルゴ座の説明図

 アルゴ座は、長いこと人々に親しまれてきましたが、星座の中でとびぬけて大きかったため、進歩してきた天文学にとっては、大きすぎて扱いにくくなってきました。

 このため、18世紀には、羅針盤(らしんばん)座、帆(ほ)座、艫(とも)座、竜骨(りゅうこつ)座の4つの星座に分割され、現在に至っています。

 天文学の進歩と共に、大きく変わったアルゴ座のように、アルゴ計画によって、私たちの海に関する知識が大幅に変わり、生活自体も大きく変わるかも知れません。

図1、図2、表の出典:饒村曜(平成22年(2010年))、海洋気象台と神戸コレクション、成山堂書店。

図3の出典:気象庁ホームページ。

図4の出典:著者作成。

気象予報士

1951年新潟県生まれ。新潟大学理学部卒業後に気象庁に入り、予報官などを経て、1995年阪神大震災のときは神戸海洋気象台予報課長。その後、福井・和歌山・静岡・東京航空地方気象台長など、防災対策先進県で勤務しました。自然災害に対しては、ちょっとした知恵があれば軽減できるのではないかと感じ、台風進路予報の予報円表示など防災情報の発表やその改善のかたわら、わかりやすい著作などを積み重ねてきました。2015年6月新刊『特別警報と自然災害がわかる本』(オーム社)という本を出版しました。

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