大問題となった昭和22年のハリケーンを弱める実験
人工降雨の仕組み
天気現象のしくみがわかってくると、それを利用して天気を変えることができるのではないかと考えられるようになってきました。
すべての雲から雨が降るわけではありません。極めて小さな雲粒が急速に成長して大きな雨粒になるには、小さな氷の粒(氷晶)の存在など、いくつかの条件が必要です。
例えば、氷晶が不足しているために雨が降らない雲があれば、人工的に氷晶を増やすことで、雨を降らせる雲に変えることができます。これが人工降雨です。
人工的に氷晶を増やすには、ドライアイスを撒いて雲の温度を下げて雲粒を氷晶に変えるという方法もありますが、多くは沃化銀を雲に撒く(沃化銀を燃やした煙を雲に入れる)方法です。沃化銀はヨーソと銀の化合物で、結晶の構造が氷に似ている物質です。
いろいろな方法がありますが、いずれにしても、雲のないところに雨を降らすのでほなく、雨を増やす程度なので、人工降雨というより人工増雨というほうが適切です。
災害を起こす前に雨を降らせる
ロシアなど大陸の国は、昔から、ひょうを降らせる雲に沃化銀を積んだロケットを打ちこみ、ひょうが大きくならないうちに地上に降らせてしまおうということが行なれれています。
ひょうが小さなうちに降るなら被害が少ないからです。
ハリケーンなどの熱帯低気圧の風速を弱めるという考えも、ひょうの場合と似ています。熱帯低気圧は、台風の目をとりまく積乱雲の塊のところで、効率的に集まってきた水蒸気が水滴に変わって強い雨を降らせ、目をとりまく積乱雲という狭い範囲で生じた大量の熱をエネルギー源として発達しています。
台風の目をとりまく積乱雲以外のところで早めに雨を降らせることができれは、目をとりまく積乱雲で生じる熱が減り、熱帯低気圧に風が弱まることで被害を減らせるという考えです。
しかし、熱帯低気圧の場合は、ひょうの場合と違い、うまくゆきませんでした。
昭和22年のハリケーン
熱帯低気圧をコントロールしようとする試みは、昭和22年(1947年)10月13日に、大西洋を北東進しているハリケーンに対して、飛行機からドライアイスを撒くという方法で行なわれました。しかし、実験後、ハリケーンは勢力をもりかえし、へアピンターンをして10月15日、アメリカのジョージア州に上陸して大きな被害を出したため大問題となっています(図1)。このときは、過去にもヘアピンターンした台風があったことなどから騒ぎは沈静化しています。そして、ハリケーンが18時間以内に上陸する可能性があるときには実験を行わない、などの配慮をしながら実験が続けられています。
最初の実験から22年後、昭和44年8月18日の大西洋のハリケーン「デビー」に対する実験では、大量の沃化銀を撒いた結果、最大風速が16%も小さくなるなどの大きな成果を出しています(図2)。
これだけ風速が小さくなると、被害が軽減できることが期待できますが、この時も、ハリケーンの進路が変わって思わぬ被害が出るところだったなどと批判されました。
そして、その後、熱帯低気圧に対する大規模な人工降雨実験は行なわれていません。
難しい利害関係の調整
今後技術が進み、自然のしくみがもっと詳しくわかり、それに手を加えて天気を変えるという時代がくるかもしれませんが、大規模になればなるほど大変な問題が起こります。
たとえば、雨が欲しくて人工的に雨を降らせることができたとしても、本来であれば別のところに降るはずだった雨を、強制的に先に降らせているのかもしれません。本来の雨が降る場所にいる人にとっては、人工降雨によって雨が盗まれたということになります。
さらには、同じ場所でも、雨が降って欲しい人と、欲しくない人がいますので、人工降雨で雨を降らせるほうが良いのか、そのまま降らせない方が良いかという根本問題もあります。
それらの利害関係や対立関係の調整が大変になりますが、それは国内にとどまりません。
大気は世界中でつながっていますので、ほとんどが国際問題です。
個人的には、これらの調整のほうが、人工的に天気を変えることよりもむずかしいと思われますので、しばらくは小規模の実験に留まると思います。
図の出典:饒村曜(2000)、入門ビジュアルサイエンス「気象のしくみ」、日本実業出版社。