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コロナ禍で書店の二極化が加速 ドイツの個人経営書店の苦悩

シュピッツナーゲル典子在独ジャーナリスト
コロナパンデミック中、書籍購入は通販利用客が多かった(写真:アフロ)

コロナ禍のロックダウンにより、2度の店舗閉鎖を余儀なくされた書店。なかでも個人経営の書店の店舗存続は危機に直面している。一方で国内最大手タリアマイヤーリッシェ書店(以下タリアグループ)の売上は、パンデミック中も順調な伸びを達成した。二極化する書店の実情はいかに?

コロナ禍で売上が伸びず、店舗継続を模索する書店が多いなか、業界を騒然とさせるニュースが飛び込んだ。昨年10月のフランクフルトデジタル書籍見本市が終わってまもなく、「個人経営大手のオジアンダー書店が業界最大手の書店タリアグループと流通部門でパートナーとなり、協働対策事業を立ち上げる」と発表されたからだ。 これまで売上も順調だと言われていただけに、オジアンダーが危機的な状況を迎えていたとは誰も想像していなかった。

ドイツ図書流通連盟からの速報に、個人経営の書店主から驚きと共に今後の書籍販売における懸念の声が多数寄せられた。年が明けて2月になっても、この先、小が大に飲み込まれてしまう傾向が続くのではと不穏な空気が業界に漂っている。

個人経営大手のオジアンダー書店もギブアップ

新型コロナウイルス、そして異変株ウィルス感染抑止のため、ロックダウンは今も続行中だ。昨年春、約1か月の店舗閉鎖、そして12月16日から始まった2度目のロックダウンで約2か月と、これまで計3か月の店舗閉鎖を強いられた。2月14日まで続くロックダウンはさらに延長される気配だ。

ドイツ書籍業界は、コロナ禍における景気不調の打開策を手探りしている。毎年3月に開かれるライプツィヒ書籍見本市は昨年に続き中止となった。今年の同見本市は何とか開きたいと一度5月に延長されたものの、国内でコロナ変異株の感染が確認され、感染者数も減らないことからあきらめざるを得なかった。

さて、オジアンダー書店に話を戻そう。

オジアンダー書店は2020年10月下旬、タリアグループと共に、「ウェブショップ、IT部門、書籍調達と供給部門」新事業を立ち上げた。このニュースは、昨年オンラインで開かれたフランクフルト書籍見本市の直後に発表された。

南ドイツテュービンゲンに本店を構えるオジアンダー書店は425年の歴史を持つ。100年前からリートミュラー家がオーナーとなり、現在、クリスティアン、ハインリッヒ・リートミュラー氏の2者が経営を担っている。

オジアンダーは、ここ数年に経営不振だった個人書店を買収し、着々と支店を増やしてきた。2019年の店舗数は72店。クリスティアン・リートミュラー氏の経歴を見ると、書籍業界には無縁だった。大学で経営学を学んだ後、ロンドンで経験を重ねた。それから独大手ディスカウント企業勤務を経て、叔父ハインリッヒ・リートミュラー氏と共に書店経営の指揮をとるようになった。

昨日の敵は今日の友達 

ではなぜオジアンダーはタリアグループと業務提携したのだろう。

表向きの理由は、「アマゾンに対抗、そして書籍業界の活性化」だった。だが、本意はオジアンダーの経営不振が要因だった。その理由は4つある。

1.協働プロジェクトを進めていた個人経営のマイヤーリッシェ書店(アーヘン本店)がプロジェクトを中断しタリアと合併

2.サイバー攻撃による致命的な被害

3.都市部の家賃高騰により、支店を閉鎖

4.コロナパンデミック

オジアンダーの書店経営の風向きが変わってきたのは2019年頃からだ。

まず、2015年から物流部門で共同プロジェクトの構想を練っていたオジアンダーのパートナー「マイヤーリッシェ書店」が寝返りを打って2019年1月、タリアと合併した。経費削減、そしてサイバー攻撃に備え、進めていたプロジェクトは、そこで中断してしまった。

2つ目。オジアンダーは2019年、サイバー攻撃を受け致命的な被害を受けた。マイヤーリッシェと共同で情報処理システム開発に期待をかけていたオジアンダーの懸念していたことが現実となった。

3つ目。都市部の家賃高騰により、支店を閉鎖せざるを得なくなった。経済専門のクリスティアン・リートミュラー氏もこれには手の施しようもなかった。同書店のFacebookによると、「採算が合わないため、賃貸続行を諦めた」と、支店閉鎖の背景を告白している。

4つ目。コロナパンデミック。通販や流通部門の体制が整っていないオジアンダーは、困窮した。長期化するロックダウンで書籍注文は通販に大きく移行していき、書店存続を考えざるを得えなかったようだ。

寄らば大樹の陰

こうして連邦カルテル庁の審査を経て、タリアグループとオジアンダーの起ち上げた「ウェブショップ、IT部門、書籍調達と供給」の協働アライアンスは11月中旬に認可された。

オジアンダーは「顧客に安定確立化したプラットフォームを提供できる。ウェブショップ検索機能の拡大。消費動向や多岐にわたる統計算出も可能となる」と、恩恵を共有できるようになった。出版社との連携を強化し、店舗存続の環境が整った訳だ。

クリスティアン・リートミュラー氏は今回の決断について多くを語らない。

「今後も個人経営の書店として、顧客に書籍を提供していく。統合プラットフォームを共同で活用するだけで、書店の体制は変わらない。経営者として自分たちができることを積極的に展開していく。書店経営者としての視点は別のもの。危機をこれ以上看過できない」と明かした。

頼りは最大手のタリア? 

タリアグループとオジアンダーのプラットフォーム設立は、書籍業界、特に個人経営の書店主に大きな波紋を投げた。

書籍の取引条件は、仕入れ量により変動するが、出版社からの直接仕入れでマージン率は30~40%ほどといわれている。書店はそのマージンで収益を得る訳だ。ドイツでは書籍価格拘束法で、書籍の販売価格は定められているため、値下げを要求することはできない。

タリアグループの仕入れ量がさらに増加することからマージン率も変動することが想像できる。2019年1月マイヤーリッシェと合併してからのマージン率は公表されていないが、今回オジアンダーも加わったことで、出版社とのさらなる交渉が水面下で進んでいることも考えられる。

タリアCEO ミヒャエル・ブッシュ氏は、ここ数年、個人経営書店にパートナー提携を提唱し、店主を招いて定期的に会合を開いていた。そこで同氏の構想する「タリアと協働することで書店存続が可能になるウィンウィン説」を謳っていた。本音はタリアグループ経営の拡大推進だ。

タリアグループは、ドイツ国内支店数が312店、スイス、オーストリアの支店を含めると350店を運営する。多くの書店が経営難で喘ぐ中、タリアグループはコロナ禍2020年の売上高も右肩上がりと好調だ。

同グループの2020年書店売上はマイナス10%だったが、 Eコマースでは40%プラスだった。総売上げでは前年比6%プラスを達した。

ちなみに2019年ドイツ書店の総売上げは、約43憶ユーロ(5418憶円)。タリアグループ売上高は12億ユーロ(1512憶円)、 オジアンダーは1億500万ユーロ(約132億円)だった。 

ドイツ図書流通連盟の報告によると、「2021年1月の書籍売上は前年同月比でマイナス50%」だった。

前回の記事でも紹介した通り、ブッシュ氏は「Eコマースは、今後も二桁増になり、店頭販売は減少するだろう」と、先行きを予測していた。コロナ禍でもその予測通り、Eコマースの成長は加速した。

ふり返ってみると、今回のオジアンダーの決断は、マイヤーリッシェのケースと似ている。かつてタリア、マイヤーリッシェ、オジアンダーも競争相手だった。マイヤーリッシェはタリアグループ傘下となってからは、経営も順調だ。昨日の敵は今日の友というべきか、やはり店舗存続には強い味方が必要で、背に腹は代えられないのだろう。

タリアCEOの目標はアマゾン、だが波紋も

個人経営書店の買収でビジネス拡大を推進するブッシュ氏は、「アマゾンは強敵ではない。我々の目標だ。すでにアマゾン本社も視察した」と意欲満々だ。

飛ぶ鳥を落とす勢いで躍進するブッシュ氏は出版社1000社に向けて書籍価格特別割引を要請した。マージン率を上げ、書店の更なる収益につなげたい意図が見える。

一方消費者にとっては、店舗合併でも一部提携でもとにかく地元の書店存続はありがたい。手にとってページをめくる楽しさも失われずに済む。通販に手慣れない高齢者にとってもリアル書店の存在は欠かせない。

しかし、巨大化するタリアグループのモノポリ化が進んでいると懸念する小規模書店の声も上がっている。ある書籍業界専門家は今月、タリアグループとオジアンダーの新規事業を認めた連邦カルテル庁へ異見書を提出した。回答は今のところないようだ。

コロナ禍における書籍業界売上は、2021年夏に発表される。改めて書籍業界の実情をご報告したい。

追記・ドイツ政府は2月10日、ロックダウンを3月7日まで延長した。

在独ジャーナリスト

ビジネス、社会・医療・教育・書籍業界・文化や旅をテーマに欧州の情報を発信中。TV 番組制作や独市場調査のリサーチ・コーディネート、展覧会や都市計画視察の企画及び通訳を手がける。ドイツ文化事典(丸善出版)国際ジャーナリスト連盟会員

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