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ドイツ初のゼロウェイスト魚の皮アクセサリーショップ 世界遺産の街ヴィスマールで話題に

シュピッツナーゲル典子在独ジャーナリスト
ヴィスマールのクレーマー通りにて (ç)norikospitznagel

ユネスコ世界遺産と言えば、文化と自然を体験するということの代名詞でもあります。質の高いスタンダードや文化財保護や伝統や習慣の保全、つまり持続可能な形で次世代に継続するという大きな意味も持ちます。今年9月、ドイツはエアフルトのユダヤ中世の遺産が52番目のユネスコ世界遺産に登録されました。

そこで世界遺産を巡りながら、地元で持続可能な未来を目指し、成功を収めている循環型経済システムの現場を取材しました。今回はドイツ北部の街ヴィスマールで出合った魚の皮を加工した革を用いて手作りするアクセサリーショップと世界遺産の旧市街を紹介します。(画像はすべて筆者撮影)

バルト海沿岸・世界遺産の街ヴィスマール

ドイツ北部のメクレンブルク=フォアポンメルン州に属するヴィスマールは、バルト海に面した小都市。記念碑的な教会、丁寧に修復された建物が並ぶ印象的なマルクト広場、上水道など、ドイツで最も保存状態の良い中世の景観が大変美しいこの街は、ハンザ同盟都市として中世後期に栄えました。

13世紀から15世紀にかけてハンザ同盟の富、地域的影響力、権力を象徴するヴィスマールの旧市街は2002年、近郊のシュトラールズンドの旧市街と共にユネスコの世界遺産に登録されました。

ヴィスマールは三十年戦争後、17世紀から18世紀にかけてスウェーデンの支配下にありました。当時の面影を残す北欧風の独特な文化や歴史的背景を持つ街は異国情緒たっぷりです。

ほぼ完全な形で保存されている旧市街を次世代に継続していくために、この2都市は、世界遺産都市機構(OWHC)の枠組みの中で、またドイツ都市協会のユネスコ世界遺産旧市街ワーキンググループの中で、他の都市と共に、世界遺産都市の持続可能な発展の問題に取り組んでいます。

旧市街の住民や観光客に世界遺産としての意義と価値、そして長期的な保存の必要性を認識してもらうため、世界遺産ビジターセンターを設置しました。

ドイツ初のゼロウェイスト「フィッシュレーダー・コンセプトストア」

昨年「循環型経済でさらに持続可能な都市を目指すベルリンの取り組みとは」の記事でも紹介したように、ベルリンだけでなくドイツの各地でサステナビリティビジネスの取り組みが地域の循環型経済を発展させ、観光と並行して注目を浴びています。

ヴィスマールでは、海の街ならではのユニークなビジネスを展開する「フィッシュレーダー・コンセプトストア」を訪問しました。

街の中心部クレーマー通りにアトリエ兼ジュエリー店を2019年にオープンしたのは、金細工職人でありデザイナーでもあるラモナ・シュテルツァーさん(39歳)。

ラモナ・シュテルツァーさん
ラモナ・シュテルツァーさん

廃棄物ゼロをモットーに掲げ、食品産業から出る廃棄物である魚の皮を用い、洗練されたジュエリーを販売して話題を集めています。

魚皮を加工した革と貴金属(金や銀)を着色した手作りのジュエリーや、バッグ、ベルト、財布を手がける彼女は、ウナギ、サーモン、ティラピア、エイ、スズキ、ヒラメ、チョウザメなどの丈夫な素材と、金や銀などの貴金属を組み合わせているそうです。

店の壁に飾られている、光沢のある鮮やかな色と芸術的な模様の「ファブリックパネル」を見た人は、ラモナさんのジュエリーデザインの原材料が魚の皮だとは信じられないかもしれません。

フィッシュレザーは、ヴィスマールに完璧にフィットする偉大な伝統を持つ製品であり、ほとんどすべての種類の魚から革を作ることができ、現代的なジュエリーに見事に加工することができるといいます。

「魚にはそれぞれ個性があるんです。アカエイは皮膚に細かい角玉を持っていて、やすりをかけて磨くと、特に高貴な光沢が出るんです。それを使って、シルバーのリングやペンダントを作ります。私のメンズ・コレクションでは、チョウザメの皮を加工した革を使いました。この革は非常に丈夫で特徴的で、まるで爬虫類のようです。チョウザメの皮にはそれぞれ模様があるため、ひとつひとつが個性的なのです」と、語るラモナさん。

すべての始まりは、ラモナさんが応用科学大学での研究中、教授を通じてナマズの魚皮に初めて触れたこと。そして魚の皮は他にもたくさんの種類があることを学び、魚の皮を加工した革を使うというアイデアは、彼女がデザインを学んでいるときに思いついたそうです。

「食品産業から出る廃棄物として、ゼロウェイストの原則に従って生産しています。これは魚の全体的な活用を意味します。もはや用途を見いだせない魚の皮は、ありません。私たちによってデザイナーズ・アイテムに加工され、生まれ変わるのです」と、誇るラモナさん。 

生産と加工についてラモナさんはこのように語っています。

「なめしの前にウロコを取り除きます。ウロコが残した空洞はウロコポケットといいます。このポケットが革の表情を作っているのです。そして魚の皮はなめすことで柔らかく弾力性のあるものになり、典型的な生臭さが消え、クラシックレザーと同様の耐久性を持つのです。ひとつひとつが唯一無二の作品となります」

ラモナさんのサプライヤーの一人は、バイエルンの森を拠点とするアナトール・ドンカン氏。シベリアの先住民ナナイ族出身の同氏は自分の文化的ルーツを探し求める中で、スピリチュアルな人物に施された魚皮の名残を発見し、伝統的な方法に従ってなめし革を学び直し、完成させ始めました。

彼は魚工場から生の魚皮を取り寄せ、サトイモの実、栗の実、ミモザの木の皮を使い、革が柔らかくなるまでなめし、天然染料で染めました。ウロコの構造はそのまま。この素材は非常に高貴でありながら、破れにくく丈夫であるため、金や銀のアクセサリーをはじめ、さまざまなアクセサリーを作るのに特に適しています。

過小評価されている魚の皮を有意義に利用することで持続可能性に大きな意味を持ちます。現在、革に加工されるのは魚皮のごく一部であるため、サスティナブルな面だけでなく経済的な可能性も期待できます。

キーホルダーやブレスレット、お財布は男性に人気だとか
キーホルダーやブレスレット、お財布は男性に人気だとか

メクレンブルク=フォアポンメルン州IHK(商工会議所)主催の2019年「Erfolgsraum Altstadt(サクセスエリア旧市街)」で彼女のビジネスはスタートアップ部門で1位を獲得しました。

特に「創造性と独自性」という評価項目で審査員を納得させ、このコンクール全体の最高得点を獲得。また、「革新の度合い」、「持続可能性」、「起業家としての個性」のカテゴリーでも、大好評でした。

ちなみに「Erfolgsraum Altstadt」は、メクレンブルク=フォアポンメルン州の中心市街地とその商店の未来のために、「多様性を共に守ろう!」というのが、このインナーシティ・イニシアチブのモットー。

2013年、同州の州都シュヴェリーンの商工会議所が、中心市街地のためのスタートアップ・コンペティションを開始し、2019年には同州全域に拡張され、ビジネスアイデアを持つ新規創業者及び既存企業も応募できるようになりました。

さらにラモナさんは2017年、連邦政府から「文化・クリエイティブの先導者(kultur-kreative piloten)」の称号を授与するという快挙を遂げています。

ヴィスマールにある彼女のショー工房の入り口には、"Fishing for compliments"と書かれています。「ここの海辺では、私が育った南西部のシュヴァーベン地方よりも魚に対する親近感が強いんです。観光客は、ユニークなお土産を探しに私のアトリエを訪れることが多いわ」(ラモナさん) 

ヴィスマールの持続可能な未来を目指し、成功を収めている循環型経済を見事に実現したラモナさん。フィッシュレーダーを使ったジュエリーや革小物を扱うドイツで唯一の同店で彼女は、男性にももっとアクセサリーに興味を持ち、身に着けて欲しいといいます。

魚の皮を使った作品は日本でも話題になっているようですが、ラモナさんならではのセンスあるデザインのアクセサリーは見るだけでも訪問する価値があります。

3つの教会、スウェーデンヘッドに豚の橋? 楽しい旧市街巡り

ここからは世界遺産に登録されている旧市街から必見スポットを簡単に紹介します。レンガ造りのゴシック建築が立ち並ぶ港町の景観は、魅力一杯です。

魚をモチーフにした港町らしい看板
魚をモチーフにした港町らしい看板

旧市街の石畳のマーケット広場を横切り、隣接する路地を散策すれば、いたるところで多様な様式や時代の文化的歴史的建造物に出合うでしょう。また北ドイツの港町の海の魅力も加わり、異国情緒たっぷりです。

歴史博物館外観 Museum Schabbell
歴史博物館外観 Museum Schabbell

ハンザ同盟都市ヴィスマールの過去と現在の文化と歴史を知りたいなら、シャッベル都市歴史博物館に足を運びたい。ヴィスマールの市史は、13世紀初頭の都市建設から1989/1990年の平和革命まで、王侯、王女、市民、職人、海賊、征服、破壊、戦争と平和、建設と解散の歴史をオリジナルな展示品で紹介しています。

バロック様式のオリジナル「スウェーデンヘッド」。ガラス張りのため、画像は少し見難いかもしれません
バロック様式のオリジナル「スウェーデンヘッド」。ガラス張りのため、画像は少し見難いかもしれません

歴史博物館内で見逃せないのは街のランドマーク「スウェーデンヘッド」のオリジナル作品。正確な理由やつくられた時期は不明です。バロック様式の頭部は、船の装飾だった、あるいは計4つの目があることから、都市と港を見守っていたなど諸説あります。レプリカが市内のあちこちに見られますので、探してみるのも楽しいでしょう。

この歴史博物館のあるシュヴァインスブリュッケ(豚の橋)通りは、旧市街中心部の北、聖ニコライ教会の近くにあり、2002年にヴィスマールが世界遺産に登録された後、旧港と同様にユネスコ世界遺産の特別保護下にあります。人工の水路にかかる橋に佇む豚のオブジェがユニークです。

ドイツで豚は幸運のシンボル。そのため豚に触れる人達が多いためでしょうか、鼻や胴体の所々が光輝いていました。

この橋は、聖ニコライ教会に向かうミュヘレン・グルーベとフリッシェ・グルーベにかかっています。手すりの柱に描かれた4匹の豚の細密な彫刻は、1989年に彫刻家クリスティアン・ヴェッツェルによって制作。豚が港の共同広場からこの橋を渡って市場へと追いやられていた時代を思い起こさせるものだとか。

豚の鼻が輝いています。後方に見えるのは聖ニコライ教会
豚の鼻が輝いています。後方に見えるのは聖ニコライ教会

大きな街ではないものの、ヴィスマールには3つの大きな教会があります。聖ニコライ教会、聖マリアン教会そして聖ゲオルク教会です。

ちなみに聖ニコライ教会は、ヴィスマールが海上交易の中心地であったため、この街に大勢住んでいた船員や漁師に敬意を表して1381年から約1世紀かけて建てられました。

聖ニコライ教会内部
聖ニコライ教会内部

マリエン広場にある聖マリアン教会の身廊は第二次世界大戦で大きな被害を受け、1960年に爆破されました。現在は高さ80.5メートルの塔だけが残っています。

聖マリアン教会の塔
聖マリアン教会の塔

そしてヴィスマールで最大の教会は聖ゲオルク教会です。この街の君主や職人たちの礼拝所でした。この教会も第二次世界大戦時に壊滅的な被害を受け、その後、外観だけは修復されました。エレベーターで展望台まで昇ると、街の全景が一望できます。

聖ゲオルク教会にて。内部は今も修復中
聖ゲオルク教会にて。内部は今も修復中

マルクト広場は北ドイツで最大級の規模、面積1万平方メートル。東側には市内で最も古い建物が目を引きます。14世紀後半に建てられたスウェーデン統治時代を想起させる家は、市内で最も貴重で最後の後期ゴシック様式の切妻屋根の家で通称「アルター・シュヴェーデ(古いスウェーデン人)」と呼ばれています。現在はレストランになっています。

Alter Schwede 右の建物
Alter Schwede 右の建物

Wasserkunst パビリオン
Wasserkunst パビリオン

またこの広場に建つヴァッサークンストと呼ばれる古井戸パビリオンは、1579年から1602年にかけて、ユトレヒトの建築家フィリップ・ブランディンがオランダ・ルネッサンス様式で設計したものです。1897年までユトレヒトの飲料水として利用されていました。またこの街のビール醸造にも大きな役目を担った古井戸です。

旧市街の端、旧港のすぐ近くにある風光明媚な地区ローベルクは、古い倉庫や蔵が改築され、今ではカフェ、パブ、バー、レストランのスペースとなっています。かつてヴィスマールには500年以上もの間、ビール醸造所しかなかったとか。

ヴィスマールで是非食したい魚入りパン。新鮮なサーモンは色も濃く身がしまっていて美味しい
ヴィスマールで是非食したい魚入りパン。新鮮なサーモンは色も濃く身がしまっていて美味しい

ローベルクで最も古い家屋のひとつが、印象的な木組み造りの倉庫を利用したビール醸造所。1452年にはここでビールが醸造されていたそうです。1995年以来、再びここでビール醸造所と併設レストランが営業されています。せめて地ビール、そして新鮮な魚がたっぷり添えられたパンだけでも味わってみたいものです。

地元でアイデアを生み出し、活躍する人との出会いや交流を通して情報を得ることは、旅に出てはじめて体感できる貴重な思い出として記憶に残ります。

現在、日本からの訪独は航空運賃の高騰と飛行時間も今まで以上に要することから、いっそう意義ある旅を求める人が増えるのではないでしょうか。

出来れば1日でも長く滞在し、CO2削減にも加担するのはいかがでしょうか。世界遺産の街からまたその近郊の田園地帯へ足を延ばしてみれば、きっと新発見があるはず。

在独ジャーナリスト

ビジネス、社会・医療・教育・書籍業界・文化や旅をテーマに欧州の情報を発信中。TV 番組制作や独市場調査のリサーチ・コーディネート、展覧会や都市計画視察の企画及び通訳を手がける。ドイツ文化事典(丸善出版)国際ジャーナリスト連盟会員

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