音楽と芸術ゆかりのテューリンゲン州を訪ねて(1)エアフルトからアイゼナハへ

ドイツ各地のクリスマスマーケット開催まであと 7週間ほど。これからよく耳にするクリスマスソングはテューリンゲン州で生まれたのをご存知だろうか。バッハをはじめ、リストやワーグナーなど偉大な音楽家と深い繋がりのある同州の古都を訪ねた。(画像はすべて筆者撮影)

まずテューリンゲン州と聞いて、何を思い浮かべるだろうか? ドイツほぼ中央に位置する州、ソーセージ、あるいは今年創立100周年を迎えたバウハウスかもしれない。さらに誰もが聞いたことのある数々のクリスマスソングや名作を残した音楽家の活躍した地域を知っているならば、きっと音楽ファンに違いないだろう。

クレーマー橋に店とアトリエを構える操り人形制作者マルティン・ゴブシュ氏
クレーマー橋に店とアトリエを構える操り人形制作者マルティン・ゴブシュ氏
人形劇ホール「ワルドシュパイヒャー」で劇作家として活動するスザンネ・コシィツクさん
人形劇ホール「ワルドシュパイヒャー」で劇作家として活動するスザンネ・コシィツクさん

また、テューリンゲンの森や山脈などに囲まれていることから、木材を使ったバイオリンやオルガンなど楽器製作や、人形劇用の操り人形制作のメッカとしても有名だ。

バッハといえば、まず頭に浮かぶ街はバッハ音楽祭開催地のライプツィヒだろう。長年トーマス教会の音楽監督として務めたバッハは、ライプツィヒで終焉を迎えた。そのためエアフルトやアイゼナハは、バッハと深い繋がりのある街と言っても印象が薄いかもしれない。

だが、テュ―リンゲン州でも音楽祭「バッハ週間」が開催されていて、人気を集めているそうだ。同州バッハ週間のマネージャー、クリストファー・ドレッシャー氏によると、2020年の音楽祭は4月3日から26日まで開催という。

今回は音楽と文化を中心にテューリンゲン州のエアフルト、アイゼナハ、ゴータ、ワイマールを巡った。1回目はエアフルトとアイゼナハについてお伝えしたい。

エアフルト 野外劇舞台は大聖堂前の階段

市内フィッシャーマルクトでは豪華な建造物に注目
市内フィッシャーマルクトでは豪華な建造物に注目
エアフルトのハイライト・ゲラ川にかかるクレーマー橋
エアフルトのハイライト・ゲラ川にかかるクレーマー橋

テューリンゲン州の州都エアフルトは13世紀頃から欧州の交通と交易の要所として繁栄した。当時の富と権威を象徴する華麗な建造物があちこちに残っている旧市街の景観には、目を奪われる。

エアフルト大聖堂オルガニストのシルヴィウス・フォン・ケッセル氏による演奏を聴くチャンスに恵まれた
エアフルト大聖堂オルガニストのシルヴィウス・フォン・ケッセル氏による演奏を聴くチャンスに恵まれた

ヨハン・セバスティアン・バッハ(以下バッハ)はこの街に住んだことも活躍したこともないため、エアフルトが話題に上がることは少ない。だがバッハの大叔父(祖父の兄)ヨハン・バッハ(以下ヨハン)は、この街で音楽家・牧師・オルガニストとして活躍した著名人。ヨハンは子孫から多くの音楽家を輩出した音楽ファミリーの始祖だったという。そしてエアフルトはバッハ一族が7世代に渡って過ごした街だ。 

さて旧市街の散策もほどほどにして、今回の訪問のハイライトであるエアフルト大聖堂前で催される野外劇へ出向いた。何度かこの街を訪れているが、この野外劇だけは夏の休暇時期と重なってしまいなかなか実現しなかった。会場入口の混雑を目にして、胸が高まった。

チケットは事前予約をお薦め
チケットは事前予約をお薦め
大聖堂前の70段の階段には書籍が積み重なっていた。背景左は大聖堂、右はセヴェリ教会
大聖堂前の70段の階段には書籍が積み重なっていた。背景左は大聖堂、右はセヴェリ教会

 今年の演目はあのショーン・コネリー主演の映画「薔薇の名前」だった。ドイツワイン産地のラインガウ地方にあるエバーバッハ修道院が撮影現場となったことで大きな話題となった作品だ。、薔薇の名前のストーリーはこちらで。

修道院内の図書館を想定した大聖堂前の壮大な舞台で繰り広げられる野外劇は1年に1度だけのスペクタクルショー。ライブ演奏の伴奏と共に繰り広げられるストーリーに釘付けとなり、2時間半の演劇はあっという間に終わった。

中世修道院での生活や当時の慣習を再現した景観や衣服や小道具など細かい細工がなされ、唯一無二の舞台で繰り広げられる劇に途中から降りだした雨も気にならないほど夢中になり見入った。以下、写真で舞台の様子をご紹介。

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2020年の演目はヴェルディのオペラ「ナブッコ」で7月10日から8月2日まで開催されるという。

ちなみにバッハ一族は、エアフルトだけでなく、テューリンゲン州アイゼナハやアルンシュタットを中心に、宮廷楽長や宮廷楽団員、教会音楽家、オルガニスト、歌手、街楽師として活躍した。さまざまな作品の作曲・演奏を通じてドイツ音楽の発展に寄与してきた音楽家ファミリーだったとか。

市の中心部アンガー広場の奥にあるカウフマン教会はバッハ一族と関係が深く、洗礼 結婚 埋葬の多くがこの教会で行われた。大叔父ヨハンはエアフルトで終焉を迎えた。

日本ではあまり馴染みがないかもしれないクリスマスソング「アレ・ヤーレ・ヴィーダー・今年もまた」は、ゴータ出身、そしてエアフルト近郊で牧師だったヨハン・ウィルヘルム・ヘイが書いた子供向けのクリスマスソングだという。

アイゼナハ 街の誇りバッハとルター

テューリンゲン州の北西に位置するアイゼナハは楽聖・近代音楽の父として知られるバッハ生誕の地。クラシック音楽ファンならきっと詣でている場所だろう。ゲーテ街道沿いの街としても人気で、日本からの来客も多いそうだ。

バッハハウスは右側の建物。左の建物はバッハの生家と言われているが、明確ではないらしい
バッハハウスは右側の建物。左の建物はバッハの生家と言われているが、明確ではないらしい
バッハハウス館長イェルク・ハンゼン博士
バッハハウス館長イェルク・ハンゼン博士

アイゼナハはエアフルトに次ぐ同州で2番目に大きな街だが、大都会という雰囲気はなく、素朴ながらも風情たっぷり。早速、博物館として公開されているバッハハウスへ向かった。 博物館の1階ではバッハの演奏に必要な楽器が展示されていた。鍵盤楽器は5種類あり、入場客のために演奏もしてくれた。

時間の余裕を持って鍵盤楽器の生演奏を聴きたい
時間の余裕を持って鍵盤楽器の生演奏を聴きたい
バッハ銅像
バッハ銅像

その後、バッハが洗礼を受けたゲオルク教会へ。アイゼナハの楽師長だったバッハの父は、この教会の礼拝進行を担当し、父のいとこがオルガン奏者だったという。

ゲオルク教会にて。バッハはここで洗礼を受けた
ゲオルク教会にて。バッハはここで洗礼を受けた

アイゼナハを語るには欠かせないもう一人の偉人は宗教改革者のマルティン・ルター。学生時代にこの街に住んでいたことは有名だ。また、ザクセン選定候フリードリヒ3世の庇護を受け、ヴァルトブルク城に身を隠し新約聖書をドイツ語に翻訳する作業に没頭した。

ヴァルトブルク城は、アイゼナハ郊外の小高い丘の上に聳える中世の古城。せっかくここまで来たからには、城内を是非見学したい。

今回の訪問は天気に恵まれた、ヴァルトブルク城入口にて
今回の訪問は天気に恵まれた、ヴァルトブルク城入口にて
アンドレアス・フォルカート氏のガイドで城内を見学 ハンガリーからこの地に嫁いできたエリザベート妃の間
アンドレアス・フォルカート氏のガイドで城内を見学 ハンガリーからこの地に嫁いできたエリザベート妃の間
ワーグナー作品タンホイザー(歌合戦)の舞台となったヴァルトブルク城の祝宴の間
ワーグナー作品タンホイザー(歌合戦)の舞台となったヴァルトブルク城の祝宴の間

実はルターも自ら聖歌隊で歌っていたり、作詞作曲にも携わった音楽と深い繋がりのある人物だった。クリスマスソング「高き天よりわれは来たりぬ」は1539年、ルターが自分の子供達のために書いたという。当時ルターは、ウィッテンベルク(ザクセン・アンハルト州)で生活していたので正確にはテューリンゲン州で生まれた曲ではないが、何はともあれ、テューリンゲンの誇るルターが手掛けたことには間違いない。

次回はゴータ、ワイマールを紹介したい。