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ドイツ・元看護師の「病み付きになった患者殺害」 犠牲者は200人以上? 

シュピッツナーゲル典子在独ジャーナリスト
集中治療室で何が・画像www.jenaFoto24.de/ pixelio.de

 病院で大量の薬を投入して患者を殺害した罪で服役中の元看護師男性ニールス・ヘーゲル(40)が、さらに84人の患者を殺害していた疑いがあることが判明した。この男による患者殺害は、現時点で計90名になる可能性が大きい。

戦後最悪の連続殺人、犠牲者は200人以上?

 オルデンブルク警察本部長はこの8月28日、元看護師ヘーゲルに関連する患者殺害につき、3年がかりの特捜班による捜査結果を発表した。

 「オルデンブルクとデルメンホルストの病院勤務期間(1999年から2005年)にへーゲルの関わった500人の患者診療記録を分析、そのうち332人を殺害容疑で刑事訴訟の手続きを行った。この332人には、ドイツ北部の墓地67ヵ所の埋葬遺体134体を掘り起こして鑑定した犠牲者も含まれる」

 「その結果、ヘーゲルは、デルメンホルストの病院で48人、オルデンブルク病院で36人と計84人の患者を殺害した疑いがあることが明らかになった。すでにデルメンホルストの病院で患者6人の殺害が明確になっており、今回の容疑を含めて計90人の患者を殺害した可能性が出てきた」と伝えた。

 だが、明白になっている犠牲者は、氷山の一角に過ぎない。解明されていない多くの死亡患者は今もって闇の中に葬られたままだという。

 なぜかというと、火葬はもちろんの事、埋葬遺体の中でも今となっては捜査不可能なケースがあるからだ。そのためヘーゲルの殺害した患者は推定で200人以上になる可能性があるようだ。

 両病院の集中治療室に看護師として勤務していたヘーゲルは、患者にギルリトマル(抗不整脈薬・注)を過剰に注射した。その患者が危篤状態になると蘇生を行い救命するという犯行を繰り返しており、なかには死亡する患者もいた。

 (注・ギルリトマルはアジュマリンとして知られる。ここでは参考記事で記載されているギルリトマルに統一した)

 戦後最悪の連続殺人と報道されているこの事件が明るみに出たのは、ヘーゲルが勤務したドイツ北西部デルメンホルストの病院だった。

病院側の管理ミスか

1)殺害現場・デルメンホルストの病院

 ヘーゲルは、この病院に2002年12月から2005年6月まで勤務した。

 2005年6月、同病院で女性看護師がヘーゲルの犯行に気づき、事態が一挙に表面化した。この男が担当した患者のベット下に空になったギルリトマルアンプルが4本見つかった。しかも患者監視モニターの電源が切られていたという。

 2日後、死亡患者の鑑定結果が出た。死因は、紛れもなく過剰なギルリトマル注入によるものだった。

 ここで、病院側は大きなミスを犯した。患者の死因がわかった時点で警察に通報しなかったのだ。ヘーゲルの関与は明確だった。だが、ヘーゲルが翌日から休暇に入ることもあり、病院側は何の対処もしなかった。

 それだけではなかった。休暇前日に夜勤だったヘーゲルは、さらにもう1人の患者を殺害したというのだ。

 しかも、この犯行発覚以前にもヘーゲルによる殺害を阻止できたであろう形跡が二点あったという。

 ひとつ目は、異常なまでのギルリトマルの注文量だ。2002年まで年間50~60本だったのが、ヘーゲルがこの病院勤務となってからは、注文量が4倍に膨れあがった。2004年にはなんと380本のアンプルを注文した記録があった。

 ふたつ目は、患者死亡者の急増だ。かって年に70人ほどだったが、ヘーゲルの勤務した2年半に死亡した患者は411人だった。そのうち、ヘーゲルが関与した死亡患者は300人以上という。

 投薬はギルリトマルをはじめ、ソタロール、リドカイン、コルダレックス、そして塩化カリウムと5種類を使い分けていたこともわかってきた。投与した薬によっては殺害したことを証明するのが困難なケースもあると当局は伝えている。

 オルデンブルク(ニーダーザクセン)州裁判所は2015年2月、患者2人の殺害が明らかになった時点でヘーゲルに終身刑の判決を下した。ちなみにドイツ刑法による終身刑は服役最低期間15年と定められている。しかしヘーゲルの犯行は極めて悪質で重罪のため、15年以上の服役になることが確定されている。

2)殺害現場・オルデンブルクの病院

 さらに、ヘーゲルが1999年から2002年まで勤務したオルデンブルクの病院でも、この男のおかしな行動が見られた。

 初犯は2000年末だった。ヘーゲルは患者に薬を注入して危篤状態まで陥らせた。その後、ヘーゲル自らが蘇生を行ったが、患者は死亡した。これを皮切りに、患者殺害を繰り返していった。

 そのうちに、院内でも患者の死亡者増加に疑問を持ち始めた。患者の記録から、死亡時の担当看護師を探しだし、ヘーゲルの関与が明らかとなった。

 病院長、そして人事部との面談後、ヘーゲルは気まずく思ったのか、病気を理由に3週間の休暇をとった。

 この3週間に、同病院の死亡患者は2名。ところがヘーゲルが職場に戻ったある日、一晩で5人の患者に対し、14回の救命措置が行われたという。

 ヘーゲルの元同僚は、「14回にも及ぶ蘇生が一晩にあったのは稀なこと。よく覚えている」と証言している。

 2001年12月、ヘーゲルは集中治療室から患者と直接コンタクトのない麻酔部へ移動した。そして2002年9月、病院長はヘーゲルの解雇を決断した。その3ヵ月後にデルメンホルストの病院で看護師として勤務するようになった。

 この病院の大きなミスは、警察に通報しなかったことに加え、ヘーゲルの退職時に、勤務履歴書でこの男の正体を正直に記述しなかったことだ。

 「責任感があり職務に興味を持ち、専門知識のある看護師」という勤務状態を褒め称える勤務履歴書を手にしたヘーゲルは、次の殺人現場デルメンホルストの病院へ転職し、再び患者殺害を続けた。

英雄視されて病み付きになった

 ヘーゲルを鑑定した女性心理学者は、次のように説明した。

 「緊急シーン(救命)を意図的に作り上げていた。同僚から患者を救った英雄と呼ばれ、ヘーゲルは自己陶酔していき、病み付きになっていったのだろう。故意に患者を殺したかったのではなく、蘇生が成功することを前提に薬を注射したのではないか」

 また、別の女性心理学者は、こう明かしている。

 「ヘーゲルは夜間救急車の出動にも自ら参加するなど精力的に職務をこなしていた。当時は妻と新生児との生活を満喫するよりも、病院で英雄視されることに快感を覚えて、犯行にのめりこんでいったようだ」

 集中治療室という密室で患者と接していくうちに、ますます自分の殻にこもっていった。初めて患者を殺害した時には自身の犯した罪に耐え切れず、アルコールと薬に溺れるようになったという。

死の恐怖を克服したかった

 オルデンブルク州裁判所で、ヘーゲルは殺害について否認を続けた。だが、史上最悪の殺人者ではないことだけは強調した。

 その後の捜査で、「90人の患者にギルリトマルを注射した。そのうち60人を救命したが、30人は死亡した」と、デルメンホルストの病院での犯行を明かした。

 「患者の命を奪ったのはデルメンホルストの病院だけだった。その前のオルデンブルク病院や、のちに勤務した老人介護施設では、罪を犯していない」とヘーゲルは主張しているが、この男による殺害の可能性が高い死亡者の原因解明は山積している。

 では、ヘーゲルはどのように患者に接していたのだろうか。

 まずギルリトマルを患者に30~40ミリリットル投与。10~15秒後に患者は変調をきたすという。その時点で緊急措置が必要となり、医師や看護師は患者の蘇生を行う。そしてヘーゲルは救命措置を行ったという。

 「救命できた時は、とても気持ちがよかった。患者が死亡した時は、打ちのめされた」

 犯行の理由はヘーゲル自身もわかっていないらしい。ただし、アウトバーン(高速道路)が怖い、高所恐怖症など極端なパニックに襲われていたことが明らかになった。

 なかでも死に対する恐怖は尋常ではなかったようだ。集中治療室で患者の死に向き合い、救命することで、その恐怖を克服したかった可能性もあるようだ。

なぜ気がつかなかったのか

 ヘーゲルの犯行には多くの疑問が浮上している。

 なぜ、周囲の同僚や医師は、ヘーゲルの異常な対応に気がつかなかったのだろうか。あるいは見て見ぬふりをしていたのか?これにおいては、これから病院医局長や関係者の証人尋問が行われる。

 また、デルメンホルストの病院では薬品管理をしていなかったのだろうか。急増したギルリトマルの注文数に気がつけば、ヘーゲルの犯行に気づき、阻止することもできたはずだ。

 医局には、医師のサイン入リ処方箋が保管されているらしく、これを悪用してヘーゲルはギルリトマルを内密に注文していたのだろうか。犠牲者は、重症や高齢者の患者だったため、死因検証をしなかったのだろうか。

 なぜ、どうしてと疑問が絶えないが、今となっては犠牲者の命は取り戻せない。

 この事件はまだ終わっていない。来年初め頃にはさらなる事実が判明するらしい。 その時点で新たにヘーゲルを起訴するとオルデンブルク警察本部は伝えた。

(おわり)

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参考記事

フランクフルターアルゲマイネ日刊紙・2014年11月5日、11月7日、2015年2月19日、2017年8月29日ほか

シュピーゲル誌2017年9月2日号

在独ジャーナリスト

ビジネス、社会・医療・教育・書籍業界・文化や旅をテーマに欧州の情報を発信中。TV 番組制作や独市場調査のリサーチ・コーディネート、展覧会や都市計画視察の企画及び通訳を手がける。ドイツ文化事典(丸善出版)国際ジャーナリスト連盟会員

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