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世界選手権をかけ男子は今日決戦、宇野は「競技者の気持ち」、鍵山「特有の緊張感」、山本「光が見えた」

野口美恵スポーツライター
ショートで熱演する宇野(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

 世界一激しいともいわれる、世界選手権の出場切符をかけた最終選考会、全日本選手権(12月21−24日、長野)がスタートした。21日の初日は男子ショートが行われ、早くも波乱の展開。フリーが終わるまで、3枠の行方はわからない展開となった。

選考対象選手を事前に発表、激化した世界選手権争い

 まず今季は、全日本選手権に先立ち、グランプリファイナル終了時点(12月10日)の選考対象選手が発表された。これは昨季の全日本選手権後、宇野昌磨が「選考基準がわからない」と発言し、波紋を呼んだことが発端。複数の選考項目があり、基準が分かりにくいという声が上がった。そのため日本スケート連盟が、コーチや関係者へのヒアリングをし、今季は事前に、選考基準をクリアしている選手の一覧を発表したのだ。

男子の世界選手権選考対象選手
男子の世界選手権選考対象選手

 男子の世界選手権切符は3枚。宇野は多くの項目でトップで、次いで鍵山優真が多い。そしてGPファイナルに出場した三浦佳生も満たす項目が多く、佐藤駿、友野一希、山本草太と続く。全日本選手権で上位3名に入ることは、選考項目数を増やし有利になる。どの選手にとっても、緊張の一戦になることは間違いなかった。

ショートで新しい一面を見せる山本
ショートで新しい一面を見せる山本写真:森田直樹/アフロスポーツ

山本はパーフェクト演技で2位発進「波を乗り越えてきた」

島田は転倒も「達成感と充実感があった」

 そして迎えた全日本選手権の男子ショート。注目の第4グループでトップを飾ったのは島田高志郎。4回転サルコウを着氷するも、続く4回転トウループで転倒してしまった。軽快なステップで盛り上げたが、点は伸びず76.57点での11位発進。

「GPシリーズでは挑戦できなかった4回転2本を組み込むことができた達成感と、まだまだ自分はできるという充実感で、演技が終わった時は笑顔がでました」

 昨年は2位に入った実力もある。前向きにフリーへと気持ちを繋いだ。

 続いて、21番滑走で山本草太が登場。デイビッド・ウィルソン振り付けの『カメレオン』は今までにない曲調で「ニュー草太」を見せることが目標だ。2本の4回転をパーフェクトに決めると、切れ味良いダンスで会場を盛り上げた。演技を終え、ガッツポーズ。今季ベストの94.58点をマークした。

 昨季はGPファイナルにも進出したが、今季はGPシリーズでスケートカナダ優勝も、中国杯で6位となり、苦しんだ。

「中国杯から帰国してから、整理がつくのに時間がかりました。気持ちを切り替えてからも、調子は山あり谷ありで。でも一番下まで落ちたからこそ、光が見えた時のありがたみに改めて気づくことができる時期でもありました」

 苦しい時期を乗り越えて迎えた全日本。だからこそ点数や順位を気にせず、「周りのことは考えず、自分がやりたい演技を追求して演技できました」という。

 2位発進となり、世界選手権への望みをいつないだ山本。

「フリーも、自分が見せたい演技をやるだけ。皆さんに、演技を通して何かを伝えられたら」とすがすがしい笑顔を見せた。

体調不良のなか出場した三浦
体調不良のなか出場した三浦写真:森田直樹/アフロスポーツ

スピンのノーカウントで「これ以上対策できない」三浦

 続いて三浦佳生が登場。三浦は、GPファイナル(12月7-10日、北京)に出場した際に胃腸炎になり、体重が3kg減っての参加。ショート当日朝も腹痛で公式練習に参加できなかった。

「GPファイナルも全日本も結果を出して行かないといけない世界。体調は言い訳にならないので、出来ることを尽くします。とりあえず薬を飲んで、消化の良いものを食べます」

 体調不良といいながらも、勢いがある4回転サルコウ+3回転トウループや4回転トウループを決め、全力の演技。演技を終えると、ちょっと自分でも驚いたような表情を見せた。

「恐れずに、思い切りの良さを忘れずに、技術的なことなにも考えずに根性でいきました。その割り切りがよかったのかなと思います」

 ところが点数を見ると首を傾げた。自己ベスト更新を期待したものの、93.91点。原因は、足変えシットスピンが0点になったことだった。

「全く納得してないです。内容というより、点数。チェンジフットスピンが、今季すでに2回ノーカウントになっているんですが、自分比ではかなり早めにしゃがんで、シットの姿勢になっていると思っていたんです」

 三浦がノーカウントとなった足変えシットスピンは、「足変え前後にスピン姿勢が少なくとも3回転なければならない。この要求を満たさなければ、ショートプログラムでは無価値となる」というルールがあり、シットスピンの場合はしっかりと低い位置までしゃがむ必要がある。三浦が選んでいる、上半身を横にひねるタイプの難度姿勢は、膝が少しでも伸びると「非基本姿勢」というポジションになりやすい。キャノンボールやパンケーキなどと呼ばれる上半身を覆いかぶせるタイプよりも、膝が浮きやすいという難しさがある。

 フィンランド大会でノーカウントとなった後、三浦は対策をとったが、今回は再び0点に。判断理由が分からないまま消化不良となった。

「今はこれ以上言うと、失言してしまいそうなので、控えます」

 そう、悔しそうに話した。

滑りが成長した佐藤
滑りが成長した佐藤写真:西村尚己/アフロスポーツ

佐藤も厳しい判定で、4回転フリップがエラーに

 続く佐藤も、厳しい判定に悔しさを味わった。演技冒頭の4回転+3回転は軽々と成功。そして4回転フリップを軽やかに降り、会場を湧かせた。今季はモントリオールのギヨーム・シゼロンのもとで基礎スケーティングを見直してきたことで、滑りの質も格段にアップ。高得点が期待されたが、89.80点での5位発進となり、無表情で得点を見つめた。

 原因は、4回転フリップがエラーエッジ(e)となったこと。基礎点11.0点が、8.8点に下げられたうえ、ジャッジによる出来栄え(GOE)もマイナスとなり、一番の得点源で稼げなかった。

「自分の中では、あれ以上の4回転フリップはない、というものが跳べたので残念です。アテンション(不明瞭)は付いたことはありましたが、この全日本でいきなりエラーでびっくりして。納得してるといったら嘘になりますが、結果は結果なので、今後どうするか考えていきたいと思います」

 気持ちの混乱を隠しながら「ルッツは確実にエラーがつくことはないので、フリーでは、完璧な4回転ルッツを跳ぼうと思います」と語った。

 NHK杯でも問題になった、テクニカルパネルの判断の厳しさが、今回は世界選手権代表選考の順位に影響を与えた。表彰台を待望する立場である三浦、佐藤がショート4,5位発進。フリーに向けて、前向きな気もちへの転換が問われる状況となった。

力強い滑りをみせた鍵山
力強い滑りをみせた鍵山写真:西村尚己/アフロスポーツ

鍵山はサルコウ転倒も90点台「他の部分はちゃんとやれた証拠」

 最終グループでは、友野が登場。冒頭の4回転トウループは降りたものの、4回転サルコウでステップアウト。スピード感のあるなめらかな滑りで、ベテランの魅力を見せた。

「サルコウは悔しいですが、自分の気持ちのコントロールを失わないことが目標だったので、とりあえず合格点。全日本のショートでいつかはノーミスしたいなあって思いますね…。点数は予想どおり。ポジティブにフリーに向かえると思います」

 86.88点の6位発進に、気持ちを新たにした。

 28番滑走で登場したのが鍵山。昨季の全日本は怪我の影響で力を発揮できずに8位。今季はカロリーナ・コストナーをコーチに迎え、GPファイナルでは自身初の表彰台に立ち、勢いがある状態でこの日を迎えていた。

「全日本はやっぱり、GPシリーズとはまた違う雰囲気があります。全員が知ってる選手で、日本一を争う場で、みんなが調子を上げてここに臨んでいる。全日本特有の緊張感がありました」

 冒頭は、鍵山の得意とする4回転サルコウ。GOEも大きな加点が期待できる重要な技だったが、まさかの転倒。続くジャンプは成功させたが、悔しそうに笑った。

「ひたすら悔しいです。6分間練習のあと自分の番の準備をしているうちに『ああ始まるんだなあ』と思って、気づいたらスタートのポーズに立っていて、気づいたらサルコウを失敗していました」

 独特の空気感のなか、いつもとは違う集中力だったことを語る。しかし転倒が1つあっても、93.94点と高得点で3位発進。スケーティング技術は9点台と高い評価を得た。

「フリーは、もう何も守るものはないので、全力で演技出来たら良いです」と力強く語った。

演技後、喜ぶランビエルコーチと宇野
演技後、喜ぶランビエルコーチと宇野写真:森田直樹/アフロスポーツ

宇野「フリーはステファンをナイーブにさせないように」

 前回王者の宇野は、29番で登場。

「みなさん素晴らしい演技が続いていて、優真君の演技も見ていました。ジャンプを成功する人も、ジャンプ失敗しても切り替えて素晴らしい滑りの選手もいました」

他の選手を観ながら気持ちを高めると、気持ちの置き方を定めた。

「ジャンプの成功はもちろん目指したいですが、失敗してもちゃんとプログラムを完成させることを目標にしました。」

 冒頭の4回転フリップをクリーンに降りると、続いて4回転トウループ+2回転トウループ、トリプルアクセルを成功。静けさのなかで張り詰めた空気感を演出する滑りで、観客を魅了した。ステファン・ランビエルコーチは、演技が終わると同時に拍手とガッツポーズ。宇野も嬉しそうに笑った。

「ステファンが満足してくれる演技をすることが、僕が満足すること。ただ、『安心した』という気持ちが伝わってくるので、フリーは直前にナイーブな気持ちにさせないよう、楽しませられるように頑張りたいです」

 そして、コーチをナイーブな気持ちにさせてしまった原因は、自分にあると語る。

「(イリア)マリニン君の影響が大きいです。GPファイナルのあと、今季も競技者としてやると決めました。それでジャンプの比重を多めに練習したからこそ、楽しい練習ではありませんでしたし、気持ち的に難しい状況でした」

シーズン始めには表現面を目標としていたが、競技者の気持ちに変わったことを告白。ジャンプに集中したことで、スケート靴の感触が気になり始めたという。

「もうちょっとエッジがこっちじゃないか、とかを模索し始めて、不安定になっていきました」

試行錯誤しすぎて靴に不安を抱えるなか、「直前にステファンのアドバイスを聞きながら、スピードを落とすとか、4回転+2回転にするとか、正しい判断ができたと思います。長年のキャリアかなと思います」

 男子は、宇野が2位に10.11点差をつけ、2位以下は86.88点〜94.58点と7.7点差以内にひしめきあう。世界選手権の切符はまだ誰も、諦めることも、安心することもでない状況。ショートの悔しさから気持ちを切り替えるか、手応えを自信にするか。運命は、23日の夜へと託された。

スポーツライター

元毎日新聞記者。自身のフィギュアスケート経験を生かし、ルールや技術、選手心理に詳しい記事を執筆している。日本オリンピック委員会広報としてバンクーバーオリンピックに帯同。ソチ、平昌オリンピックを取材した。主な著書に『羽生結弦 王者のメソッド』『チームブライアン』シリーズ、『伊藤みどりトリプルアクセルの先へ』など。自身はアダルトスケーターとして樋口豊氏に師事。11年国際アダルト競技会ブロンズⅠ部門優勝、20年冬季マスターゲームズ・シルバー部門11位。

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