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友野一希「人って無い物ねだり」、浪速のエンターテイナーが求める自分の完成形とは

野口美恵スポーツライター
新たな境地を開拓することを誓う(写真:松尾/アフロスポーツ)

 スケート界きってのエンターテイナー友野一希(25)が、新たな自分を求めて、イメージチェンジに挑戦している。

「ショートもフリーも、どちらも自分が苦手とする部分が出るプログラムになっています。今年はあえて自分の弱点がで出るプログラムを選ぶことで、それを克服できるように。1つ1つのポジションの正確さ、ボディーコントロール、フリーレッグ、スケーティングの伸びなどを意識しながら1年やることで、克服して、新しい自分を見つけられればと思います」

2つの世界選手権スモールメダルと、自らつかんだ出場切符

 友野は自分のことを「一歩一歩の選手」と称する。強気の発言もしない。少しずつだが、しかし、後退することなく成長していく。その穏やかな眼差しでしっかりと世界の表彰台を見据えてきた。

「昨シーズンは世界選手権でのメダルを目標に臨んで、目標には届かなかったけど納得いく結果を残すことができました。あとは世界の舞台でメダルを獲ることだけ。今季は全試合で表彰台に乗れるように1つ1つ大切にこなしていくシーズンにしたいです」

 友野の言う通り、昨季までの歩みを振り返ると「あとは世界のメダルだけ」と思わせるものがあった。2018年世界選手権では、補欠出場からの大躍進でフリー3位になりスモールメダルを獲得。同じく補欠から出場した2022年にはショート3位でスモールメダル。そして昨季は、選考会となる全日本選手権で初めて表彰台に立ち、自らの力で世界選手権への切符をつかんだ。メダルには届かなかったが、自己ベストを更新する273.41点で6位に入賞した。2つのスモールメダルと、自ら出場権をつかんだ経験。「次の一歩」こそ、世界選手権のメダル――そう信じるだけの足跡を刻んだ。

 また、遅咲きといわれる友野にとっては、スポンサー探しも「一歩」のために重要だった。22年7月にスポンサー企業との契約が切れ、昨季はスポンサー探しをしながらのシーズンイン。その後、大阪府堺市の泉州工機株式会社から金銭面のサポートを受け、2月には医療機器メーカーのコラントッテとアドバイザリー契約を締結、3月には地元大阪のHDフラワーホールディングスがスポンサーに名乗りを上げた。25歳になった友野の魅力を理解するサポーターは、確実に増えてきている。

昨季の国別対抗戦では、観客を盛り上げた
昨季の国別対抗戦では、観客を盛り上げた写真:長田洋平/アフロスポーツ

苦手な演技も「今の自分ならできる自信がある」

 実績とサポート体制。その両面が、友野の背中を押す。その気持ちが、今季のプログラム選びに表れた。まず、自分のことを冷静に分析した。

「やはりシニアで長年戦ってきたことで、自分の強さも分かってきました。僕は今まで、派手でパワフルなイメージがあったと思います。最後のステップやコレオシークエンスで盛り上げるのは、特に自分が得意とする部分。でも、もっと隙のない完成されたスケーターを目指せるんじゃないか、と思い始めているんです。そのためには、毎年もっと違うものを磨いていけば、次のシーズン、その次のシーズンで、もっと完成度の高いスケーターになれるんじゃないかな、と考えました」

 友野の名プログラムとして人気が高いものは、『ウエストサイドストーリー』や『ラ・ラ・ランド』『リバーダンス』などリズム感を生かした演目が多い。演技最後に、あり余る体力を生かして豪快な滑りを見せ、一気に会場を盛り上げる。演技が終わる前からスタンディングオベーションが起きるような、そんなエンターテイナーだ。しかし、あえてその看板だけに頼らず、新たな自分を探ろうとした。

「あえて、自分が苦手と思っている部分が出るプログラムにすることで、それと向き合って、それが磨かれることで得意になればいいなと。今の自分なら『できるだろう』という自信もあるんです」

 そう静かに語る。強気な発言をしないタイプの友野が、“得意”、“自信”という言葉を口にするということは、その決意はとても確実で、重みがある。

『国別対抗戦』のエキシビションでもエンターテイナーぶりを発揮
『国別対抗戦』のエキシビションでもエンターテイナーぶりを発揮写真:西村尚己/アフロスポーツ

ショートの『Underground』は「シンプルだけどクリエイティブ」

 ショートに選んだのはCody Fryの『Underground』。米国のシンガーソングライターの1曲だ。友野は以前から、このアーティストの曲でいつか滑ってみたいと思っていたという。すると振り付けをお願いしたジェフリー・バトルが選んできた曲のなかに、Cody Fryの同曲があり、すぐに決定した。

「歌詞は、暗闇の中から始まり、気づいたらレールの上に立っていて、電車に轢かれるという話。でもこれは比喩表現というか、裏の意味がある。電車に轢かれて跳んでいく感じが、恋に落ちる衝撃とか、人生の素晴らしさとかを表現している曲なんです。まさに僕にぴったりの曲。歌詞が面白いので、人間の内側の部分を表現できればという思いがあります」

 振り付けのため、5月にトロントへ。バトルが拠点の1つにしている『トロント・クリケット・クラブ』では、ブライアン・オーサーらによるストローキングクラスにも参加した。

「のびやかなスケーティングや、すこしダイナミックな印象の動きを見せられたらいいなと思います」

 初披露となった『ドリーム・オン・アイス』(6月30日〜7月2日、横浜)では、その片鱗を見せた。終始、無駄な力を抜いて、柔らかくていねいに滑っているのが伝わってくる。

「ドリーム・オン・アイスで初めて披露するまでは、不安でいっぱいでした。初日を楽しく滑り切ることができたので、ここから少しずつクオリティを上げていければと思います。リラックス感というか、身体の余裕感が必要になるプログラムだと思っていて、シンプルな振り付けで、スケーティング技術のごまかしがきかないプログラム。あえて、それを受け取ってもらえたら嬉しいなと思います」

 バトルの振り付けについては、「シンプルだけどクリエイティブ。簡単そうに見えてめっちゃ難しいです」と苦笑い。7月の間は、4回転ジャンプを入れずに、アイスショーなどで質の高い演技を磨いていきたいという。

「とにかくジェフの演技がかっこいいので、ジェフが振り付けてくれた時の映像をたくさん見たり、基礎練習にたくさん取り組んでいきます」

 『ドリーム・オン・アイス』では、自分の出番ギリギリまで後輩たちの演技を客席から見守った。ひとりひとりの演技に見入り、拍手を送る。

「後輩から学びたいというのもありますし、応援したくて見ていたというのもあります。シンプルにショーを楽しみたいというのもありました。そしてみんな皆が滑っているのを生で見て、どういった所がその選手の強さなのか、学べる所はどこなのか、逆にどういう所が自分に足りないのか、とか。分析というほどではないですが楽しみながら見ていました」

『ドリーム・オン・アイス』でショートを初披露
『ドリーム・オン・アイス』でショートを初披露写真:松尾/アフロスポーツ

フリー『Halston』は「ミーシャの持てる力を僕にぶつけてくれ」

 そこで得たインスピレーションもあったのだろう。ショーの後には、フリーの振り付けに着手した。振付師は、ここ数年タッグを組んできたミーシャ・ジー。情感的で派手な演出が得意で、友野と相性が良く、魅力を引き出してきてくれた。しかし友野は今回、こう依頼した。

「このプログラムを通して成長できるものにしたいから、思いっきり難しいものにしてくれ。ミーシャの持てる力を僕にぶつけてくれ」

 フリーは、7月の強化合宿で初披露となった。ステファン・モッチオの『Halston』というピアノ曲。

「ファッションデザイナーさんの人生を描いた映画の曲だということです。あまり変化のない難しい曲ですが、変化のない曲なのでごまかしがきかない。スケートの技術を磨いて、曲に助けられずに自分の技術で表現しないといけません。ポジションとか、氷のひと伸びとかを改善して美しさを表現できたら。すごく難しい、自分が成長できるプログラムができました」

 静かな曲調にあわせて、単に脱力してしまうと、スピード感やパワーが落ちてしまう。静寂の中で、テンションをどう表現すればいいのか。コレオシークエンスやステップでの力の使い方を、何度も確認する姿があった。

「自分がやりたいスケート、自分が望むスケーター像というのがあるんです。それに向けて努力していきたい。『友野はこんな表現もできるんだ』と思って欲しいので、もっともっと成長できるという姿を見せたいです」

『ファンタジー・オン・アイス』でも熱演した
『ファンタジー・オン・アイス』でも熱演した写真:YUTAKA/アフロスポーツ

瞬間にシンと会場が静まり返り、余韻が残るような演技を 

 その成長の先には、2026年のミラノ・コルティナダンペッツォ五輪を意識しているのか――。そう尋ねると、友野らしい答えが返ってきた。

「いや。五輪じゃないですね。ただ『やりてえな』って。人って、無い物ねだりなところがあるじゃないですか。僕はいつも(島田)高志郎とか、(山本)草太、(鍵山)優真、(佐藤)駿、(三浦)佳生たちを見て、『上手いなあ。僕もあんなスケートをしたいなあ』って思ってきたんです。みんな、僕が持っていないものを持ってる。僕の中には『こういうスケーターになりたい』という理想像があって、そのイメージを考えるための1つのプログラムが、今季のプログラム。今まで僕がやってこなかった、演技が終わった瞬間にシンと会場が静まり返るようなもの。余韻が残って、一瞬間をおいてから、その後にワッとなるような演技。それが自分の夢の1つなんです」

 静寂を操る浪速のエンターテイナーの誕生へ。はにかんだ笑顔を見せた。

スポーツライター

元毎日新聞記者。自身のフィギュアスケート経験を生かし、ルールや技術、選手心理に詳しい記事を執筆している。日本オリンピック委員会広報としてバンクーバーオリンピックに帯同。ソチ、平昌オリンピックを取材した。主な著書に『羽生結弦 王者のメソッド』『チームブライアン』シリーズ、『伊藤みどりトリプルアクセルの先へ』など。自身はアダルトスケーターとして樋口豊氏に師事。11年国際アダルト競技会ブロンズⅠ部門優勝、20年冬季マスターゲームズ・シルバー部門11位。

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