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【羽生結弦4回転アクセルの扉】無良崇人さん分析(2)あと半回転が最後の壁、本番では跳べるのでは

野口美恵スポーツライター
2021年全日本選手権の練習では4回転と4分の1まで回った(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

羽生結弦が挑む4回転アクセル。その姿がとうとう明らかになった。2021年全日本選手権、羽生はその大技にフリーの冒頭で挑み、4回転とちょっと回って両足で着氷。北京五輪に向けて大きな糧を得た。羽生の4回転アクセルを、かつての盟友である無良崇人さんが分析する。

身体を鍛え直し、キレ味がアップ

7〜8割の力で4回転を跳べる

――4回転アクセルも含め、圧巻の演技での全日本選手権優勝でした。

どんな選手も20代中盤からは、身体能力が下がっていくもので、維持するだけでも大変なはずなのに、羽生選手はここ2シーズンで、能力をもう一段上げてきています。特に昨季の2020年全日本選手権のときは、別人になったような変化を感じました。筋トレも含めて身体を作り直すことで、もう一段、バネ感のある身体のキレを作り上げてきたんです。もちろんこれは4回転アクセルを成功させるために必要なこととして、身体を作り替えたのだと思いますが、結果的にはプログラム全体を簡単にこなしきるための身体作りにもなっています。

――4回転アクセルの練習が、他の部分にも好影響が出ているということですね。

そうです。4回転アクセルに挑むためのトレーニングが、競技のすべての面でプラスになることを感じさせてくれました。身体のキレが良くなったことで、他の4回転ジャンプは7〜8割のパワーで跳べるようになっています。そのため4回転アクセルの後のプログラムを少ない体力でもパーフェクトにこなしきることが出来ていると思います。

――4回転アクセルの後は、パーフェクトの演技でした。

普通なら、4回転アクセルを入れてプログラムを通した時に、他のエレメンツへの影響が出てくるものです。まず4回転アクセルを全力の力で跳ぶことで、他のジャンプの力加減が難しくなるという可能性があります。また集中力もパワーも使うので、最後に体力が続かなくなっていくということもあります。しかし全日本選手権では、4回転アクセルのあと、他のジャンプやスピン、ステップでも質の良いものが出来ていました。それを見て、4回転アクセルを入れても他が崩れないという自信があるからこそ、試合で4回転アクセルに挑戦したんだと分かりました。やっぱりすごいなと思いました

練習で高さのある4回転アクセルに挑んだ
練習で高さのある4回転アクセルに挑んだ写真:西村尚己/アフロスポーツ

トリプルアクセル+3回転ループは

4回転半の回転軸を作るための練習

――では4回転アクセルについてですが、練習で見た第一印象はいかがでしたか?

公式練習では、「トリプルアクセル+3回転ループ」という連続ジャンプを跳んでいました。あのジャンプは、プログラムではやりませんが、4回転半に繋げるための練習です。連続ジャンプのセカンド(2つ目)にループをつけるには、身体の軸が真っ直ぐに降りてこないと跳ぶことが出来ません。トリプルアクセルの最後まで回転軸をキープする練習が、4回転アクセルの回転軸を作る練習に繋がっていると思います。

――練習では「4回転と4分の1」くらい回っているジャンプもありましたね。

あの回転数は、実は一番怖いところなんです。片足で本気で降りようとすると、エッジが真横で氷に接点するので、バターンと転ぶ。足首を捻挫する可能性もあります。「4回転と4分の1」を超えてくると、後ろに滑る力にエッジが変えてくれるんですけど、真横だとストップをかけてしまい、吹っ飛ぶ感じになるんです。この転び方が怖くて萎縮してしまうと先に進めないので、一般的に回転数を増やしていくプロセスでの最難関のところにいます。でも練習では、「4回転と4分の1」以上まわれている時もあったので、ほんのちょっとした勢いで行けそうな感じを受けました。

本番では思い切り踏み込んで4回転アクセルを跳びに行った
本番では思い切り踏み込んで4回転アクセルを跳びに行った写真:西村尚己/アフロスポーツ

空中姿勢を作るところまではこのまま

あと半回転の空中感覚がカギ

――本番での4回転アクセルの印象は?

実際には本番よりも練習の方が、踏み切りと締めるタイミングが合っていたと思います。本番はやはり初挑戦ということで力も入ってしまい、上がって行く勢いがちょっと足り無かったと思います。本番というのは力みやすいものなので。公式練習と同じような、力の加減がニュートラルの状態でいられるかどうか。もちろん羽生選手は他の4回転を跳べているので、そこはうまくコントロールしていけると思います。

――本番の4回転アクセルは、転倒やステップアウトせず、着氷で流れを維持できていました。

本番のジャンプもかなり成功に近づいているという印象を受けました。跳びあがって空中姿勢を作るところまでは、このままで良いなと感じました。あとは半回転増やすのが、最後の壁でしょう。

――あと半回転は、未知の世界ですね。

ここから先のアプローチは憶測になりますが、4回転から4回転半になるまでの空中姿勢で、どうやったら右の脚の上に立っている感覚を維持できるか、でしょう。今の時点は、足を組んだまま降りてきて、左足が先に氷に着いています。右の軸に締めて何とか真っ直ぐを維持しようとしているけれど、最後の回転が緩んでくる段階で、だんだん右に傾いて行っちゃうのだと思います。右足の上でもうコンマ一秒たっていられると、右足が先に降りられるように思います。

――4回転半となると回転速度が速く、傾きやすいということですか?

回転の速度の問題ではないですね。たぶん空中感覚の維持の問題です。4回転半は、空中にいる感覚としては、途方も無く長く感じられるんです。あとちょっとのところがすごく長く感じられるはずだから。跳びあがったあとに空中で締めている感覚が、最後まで行ききれれば回れます。ただ滞空時間が長い分だけ、角度のちょっとした傾斜が徐々に影響してきて、最後は回転が緩んでしまうのだと思います。ほんとにあとひと伸びです。

現役時代はアイスショーで羽生と4回転アクセル競争をしたこともある無良さん
現役時代はアイスショーで羽生と4回転アクセル競争をしたこともある無良さん写真:アフロスポーツ

4回転ルッツの空中感覚は、

あとひと伸びの世界に繋がる

――あとひと伸びの滞空時間というのは、どれくらい難しいのでしょう。

羽生選手の場合は、4回転ルッツまで成功させていることで、4回転半に近い空中感覚をかなりつかんでいるはずです。4回転トウループやサルコウに比べると、ルッツの方が滞空時間が長く、最後まで空中で身体を締め続けていなければなりませんから。僕にとっては、4回転半に挑んだ時は、4回転トウループに比べて空中にいる時間がどうしても長く感じてしまって、「あれ、まだ空中にいないといけないの?」という気持ちになってしまいました。頑張って締め続けようとするのですが、どうしても4回転したあたりから緩んでくるんです。最後まで我慢できないんですね。ですから、4回転ルッツまで回る時の「あと少し締める」という感覚は、4回転半に繋がるんじゃないかと思います。

――たしかに4回転トウループやサルコウは、踏み切った後の実質的な回転角度は、3回転半とちょっと、という感じですよね。4回転ルッツはやはり角度が一番大きいのですね。

ルッツは、反対回りの助走から跳ぶので、カウンター(左のバックアウトから、フォアインへのターン)方向にひねり返す動作があります。(踏み切り前に下で回さない)ちゃんとした4回転ルッツを跳ぶ場合は、空中での回転角度が一番大きくなります。だから4回転ルッツの空中感覚は、4回転アクセルにかなり近いはず。少なくとも羽生選手は4回転ルッツを知る人という点で、自分が空中で最後まで締め切った時にどこまで回れるのか、最後はどうやって開けばいいのか、といった感覚は分かっています。ですので、4回転ルッツを成功させていることは、大きな経験だと思います。

――実質的な回転角度が大きいので、4回転ルッツの得点が11.5点と高いのは分かります。ただ4回転アクセルは半回転も多いのに、12.5点。選手にとっては挑むメリットが小さく感じます。

僕も、枠組みとしてはトリプルアクセルと4回転が同じで、4回転アクセルは5回転の枠組みだと思いますよ。もちろん4回転ルッツが11.5点で、4回転アクセルが12.5点では、得点が低いとは思います。これは羽生選手が挑戦していくことで、スケート界の見解が変わっていくしかないと思います。

――羽生選手の4回転アクセル成功まで、あとわずかですね。

羽生選手のジャンプの一番の魅力は、ビュンと音がしそうな美しい放物線です。そこにカミラ・ワリエワ選手のような回転速度や、回転がおきるタイミングの早さが加われば、4回転半は跳べます。でも回転をかけようという意識が強くなればなるほど、上がる方は疎かになりやすい。そこの感覚の難しさと、羽生選手は戦っています。たくさんの選手を見渡しても、トータル的な能力を考えた時に、成功の可能性があるのは羽生選手です。一番近くまで来ているのは間違いないです。彼なら、本番になったら跳べちゃうんじゃないかな!という期待もありますよね。4回転半という世界に向かって、ユヅらしく跳んでいって欲しいです。

スポーツライター

元毎日新聞記者。自身のフィギュアスケート経験を生かし、ルールや技術、選手心理に詳しい記事を執筆している。日本オリンピック委員会広報としてバンクーバーオリンピックに帯同。ソチ、平昌オリンピックを取材した。主な著書に『羽生結弦 王者のメソッド』『チームブライアン』シリーズ、『伊藤みどりトリプルアクセルの先へ』など。自身はアダルトスケーターとして樋口豊氏に師事。11年国際アダルト競技会ブロンズⅠ部門優勝、20年冬季マスターゲームズ・シルバー部門11位。

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