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メダルの色や国など関係ない。岩渕麗楽の挑戦の先にあった“横乗り文化”が生み出すリスペクトの精神

野上大介スノーボードジャーナリスト・解説者/BACKSIDE編集長
「最後にチャレンジできてよかった」と涙する岩渕麗楽。その勇気を称える出場選手たち(写真:ロイター/アフロ)

東京五輪スケートボード女子パークの決勝を彷彿とさせる光景だった。

当時を振り返ると、4位で迎えた岡本碧優は最終ランで攻めの滑りを披露するも転倒。手堅くメダルを狙うのではなく、自分ができる最大限のパフォーマンスを発揮した結果だったのだろう。その滑りの内容が素晴らしかったことから、ブライス・ウェットスタイン(アメリカ)とポピー・オルセン(オーストラリア)のふたりが岡本を担ぎ上げ、肩車をするようにして彼女のライディングを称えていた。岡本は思わずガッツポーズ。この瞬間、熱いものがこみ上げてきたことは記憶に新しい。

あれから半年後に再びオリンピックが開催されること自体が異例中の異例なわけだが、また胸が熱くなる瞬間が訪れた。北京五輪スノーボード女子ビッグエア決勝でのヒトコマだ。岩渕麗楽は2本目を終えた時点で4位につけていた。奇しくも先述の岡本と同じ順位。十分にメダル圏内である。

ラストランとなる3本目、彼女の持ち技の中でも高難度トリック(技)に位置づけられるバックサイド・ダブルコーク1260(進行方向に背中を向けるようにして縦2回転と横3回転半を同時に回す)をまだ繰り出していなかったため、誰もがそれでくると予想していた。しかし、アプローチラインを見ているとバックサイドスピンではないことに気づく。

固唾を呑んで見守っていると、岩渕が繰り出したトリックは世界初となるフロントサイド・トリプルアンダーフリップ1260(進行方向にお腹を向けるようにして縦3回転と横3回転半を同時に回す)だった。トリプルアンダーフリップとは、オリンピック2大会連続金メダルに輝いたアンナ・ガッサー(オーストリア)が、通常のスタンスとは反対向きのスイッチから繰り出して成功させたことがある超大技である。

アンナが成功させた舞台はスノーリゾートに造成された特設キッカーであり、北京五輪のビッグエアよりも長い滞空時間が生み出せる。そのため、無理なく回転をコントロールしていた。そのうえで、アンナのそれはスイッチから踏み切って3回転半するため、着地時は通常のスタンスに戻る。

対する岩渕が放ったトリックはノーマルスタンスから繰り出す同様の回転なので、着地はスイッチスタンスになるわけである。強い遠心力をランディングバーンで抑え込まなければならないため、キャブ(スイッチスタンス時のフロントサイドスピン)よりもフロントサイドのほうが難易度が高くなるのだ。

そのような超大技を、マイナス10度超の凍てつく寒さの中、ほとんどが人工雪で造られているコンクリートさながらのジャンプ台で繰り出した。しかも、実のところ岩渕は予選3本目で転倒した際、左手を骨折していたのだ、そのうえで、非常に高い完成度を誇り宙を舞ったが、硬い雪面に弾かれてしまい着地に嫌われた。

だからこそ、最終ランの出走を控えていたゾーイ・サドウスキー・シノット(ニュージーランド)とアンナ、村瀬心椛を除く、ファイナリスト8名が一気に岩渕に駆け寄ったのだ。金メダルを獲得したアンナは記者会見で「レイラの滑りをスタート台から見ていたけど、とても感動した。選手みんなの背中を押してくれたし、トリックの進化を引っ張ってくれたのだから。レイラを尊敬しているわ」と述べている。

あの場面で頭を3回下に入れる超大技を繰り出した勇気、そして、その超大技を高水準に仕上げてオリンピックに挑んでいたという衝撃は、ともに戦う選手たちだからこそ理解できるもの。メダルの色や国など関係なく、その日一番カッコよかったライダーを称えるという、横乗りならではの文化価値が4年に一度の大舞台で示された。

その瞬間、3位をキープしていた村瀬のメダル獲得が確定。3本目はさらに輝く色のメダルを目指して、彼女が13歳のときに世界で初成功させたバックサイド・ダブルコーク1260を繰り出した。しかも、ノーズ(前足側のボードの先端)をグラブしながら。複雑な回転だからこそボードの中心部に重心を置いたほうが回しやすいことは想像に難くないだろうが、それをあえてずらして、しかも回転の流れに逆らうようにつかむのだ。

風の影響によりスピードが足りなかったのか、はたまたグラブが難しいため回転力を生み出すことができなかったのか回し切ることができず、残念ながら失敗に終わってしまった。だが、その挑戦に対しても、さらに村瀬のスタイリッシュなスピンに対しても、ファイナリストたちの賞賛は大きかった。

続くアンナは大技であるキャブ・ダブルコーク1260を操りながら大きな放物線を描くと、着地はいわゆる“ビタ着”。95.5ポイントという今大会最高得点を叩き出し、見事逆転で金メダルを獲得したのだった。まだ成功した前例が少ない大技だけに、そのチャレンジにも出場選手たちの拍手喝采に包まれていた。

このように続けざまにチャレンジする姿を見ていると、女子ビッグエアのレベルが格段に上がったと痛感させられると同時に、横乗り文化が織り成す壮大なドラマを観ているような感覚に陥った。

女子ビッグエアだけでなく、こうした文化価値が象徴されたシーンはほかにもあった。女子スロープスタイルの決勝で1位だったジュリア・マリノ(アメリカ)がゾーイに逆転を喫して金メダルを逃したときのこと。ジュリアはゾーイの素晴らしい滑りに驚きの表情を見せると同時に、自分が負けたことを確信したはず。しかし、一目散にゾーイのもとに駆け寄って抱きしめ、彼女の滑りを称えるジュリアの姿があった。

こうした横乗りならではの素晴らしさが随所に見られた、素晴らしい大会だった。体育文化では育まれることのない、スノーボーダーたちの人間力やアイデンティティが、こうした行動に結びついているのだ。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

スノーボードジャーナリスト・解説者/BACKSIDE編集長

1974年、千葉県生まれ。大学卒業後、全日本スノーボード選手権ハーフパイプ大会に2度出場するなど、複数ブランドの契約ライダーとして活動していたが、ケガを契機に引退。2004年から世界最大手スノーボード専門誌の日本版に従事し、約10年間に渡り編集長を務める。その後独立し、2016年8月にBACKSIDE SNOWBOARDING MAGAZINEのウェブサイトをローンチ、同年10月に雑誌を創刊した。X GAMESやオリンピックなどスノーボード競技の解説者やコメンテーターとしての顔も持つ。Instagramアカウント @daisuke_nogami

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