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北朝鮮とウクライナ親露派武装勢力が接近した本当の理由

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
北朝鮮の金正恩総書記(提供:KRT TV/ロイター/アフロ)

 親露派武装勢力がウクライナ東部ルガンスク州とドネツク州で名乗っている二つの“自称国家”について、北朝鮮がこのほど、独立を承認した。北朝鮮の意図について、専門家の間では「国連制裁逃れが目的」などの見方が出ている。北朝鮮が「ルガンスク人民共和国」と「ドネツク人民共和国」に接近する意味を考えてみた。

◇親露派武装勢力、北朝鮮に謝意

 ウクライナ東部の親露派武装勢力「ルガンスク人民共和国」と「ドネツク人民共和国」は2014年、ウクライナからの独立を一方的に宣言し、ウクライナ軍と紛争を続ける。ロシアのプーチン大統領は2月21日、両勢力の独立を承認し、その支配地域での住民保護などを理由に掲げてウクライナ侵攻を始めた。ロシアに近いシリアのアサド政権も6月に二つを承認している。

 北朝鮮もこれに続いた。今月13日には平壌で、ロシアのアレクサンドル・マツェゴラ駐北朝鮮大使に両勢力の独立を認める外交文書を渡した。

 マツェゴラ大使は露有力紙イズベスチヤとのインタビュー(18日公開)で「(北)朝鮮が(両勢力の)主権を認めたのは、いかなる利己的な目標も念頭には置いていない」と擁護したうえで、次のように持ち上げた。

「朝鮮の指導者は、ウクライナ政権を米国の操り人形と考えている。……朝鮮は常に国際舞台で正しいと思われることをやり、時には自らを傷つけることさえある。朝鮮は完全に独立した外交政策を取ることができる数少ない国の一つ」

 これに対し、ウクライナ外務省は13日、北朝鮮の決定を「ウクライナの主権と領土の一体性を損なうものだ」と非難し、北朝鮮との断交を発表した。一方、「ルガンスク共和国」と「ドネツク共和国」は「外交上の勝利」と主張し、北朝鮮に謝意を伝えた。

14日、ロシアのマツェゴラ駐北朝鮮大使(右)と北朝鮮の任天一外務次官(在北朝鮮ロシア大使館の公式Facebookキャプチャー)
14日、ロシアのマツェゴラ駐北朝鮮大使(右)と北朝鮮の任天一外務次官(在北朝鮮ロシア大使館の公式Facebookキャプチャー)

◇「北朝鮮とドネツク共和国の協力範囲は膨大」

 イズベスチヤによるインタビューの詳細は、在北朝鮮ロシア大使館の公式Facebookで公開されている。

 そのなかでマツェゴラ大使は「北朝鮮と二つの『共和国』の協力は展望できるものだ。範囲も非常に膨大だ」との見解を示したうえ、次の3点を挙げた。

 (1)北朝鮮の建設労働者は能力が高く、勤勉で、いかなる難しい条件でも働く準備ができている。ウクライナの「ナチス」によって破壊された社会、インフラ、産業施設の復旧を支援してくれるだろう。

 (2)北朝鮮では、旧ソ連の技術によって設置された工場や発電所が今も運営されている。そこでの設備・部品はウクライナのドンバス地域(ルガンスク州とドネツク州)で製造されており、それに北朝鮮は大きな関心を抱いている。

 (3)北朝鮮と二つの「共和国」には、交換可能な膨大な商品がある。旧ソ連時代、ウクライナ南東部の港湾都市マリウポリに入ってきたのは北朝鮮のマグネシアクリンカーで、ウクライナの冶金工場の溶鉱炉で耐火材料として使われた。一方、北朝鮮には原料炭や小麦を輸出していた。

 したがって、北朝鮮と二つの「共和国」が経済交流を進めるメリットは十分にある――と見立てている。

◇国連制裁、なし崩しか

 北朝鮮は国連安保理の制裁決議(2017年12月)によって、外貨稼ぎのための労働者派遣や、産業機械・電子機器などの購入が禁止されている。マツェゴラ大使が展望する北朝鮮と二つの「共和国」との経済交流は、そもそも制裁決議違反となるとみられる。

 ただ、北朝鮮は制裁回避のために二つの「共和国」との関係を利用しようとしているようにも思える。

 ロシア出身で北朝鮮・金日成総合大学への留学経験のある韓国・国民大学教授、アンドレイ・ランコフ氏は北朝鮮情報サイト「NKニュース」の取材に対し、ロシアと北朝鮮が制裁を回避するためドンバス地域を利用しようとする可能性があると指摘している。

「ドンバス地域がロシアの支配下にあるとすれば、北朝鮮労働者がどう派遣されるか容易に想像がつく。確かに、ドンバスでの復旧作業には労働力、特に建設業が必要であり、その労働者を北朝鮮は提供できる」

 そのうえで、ドンバスの二つの「共和国」は国連加盟国ではないため、制裁を平気で無視できる▽ロシアは二つを「独立国家」としており、制裁違反があっても、ロシアは「自分たちは関与していない」と主張できる――との見方を示した。

 そもそも、ロシアと北朝鮮の間に政治的な取引はなかったか。北朝鮮が二つの「共和国」の「独立」を承認する見返りに、ロシアが米国主導の対北朝鮮制裁を支持せず、安保理で拒否権を発動する――などの暗黙の了解が存在しないのか。朝露両国のウクライナをめぐる連携を注視する必要がありそうだ。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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