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金正恩氏と、あの名物アナ、やはり特別な関係

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
労働新聞より筆者キャプチャー

 北朝鮮で15日、金日成(キム・イルソン)主席生誕110年を迎えるにあたり、公式メディアは祝賀モードを前面に押し出している。その中に興味深い報道があった。金正恩(キム・ジョンウン)総書記と、朝鮮中央テレビのベテラン女性アナウンサー、リ・チュニ氏のやり取りを書いた記事(14日付)だ。

◇青春時代の気迫

 朝鮮労働党機関紙、労働新聞によると、平壌で13日、普通江(ポトンガン)のほとりに建設された「普通江川岸段々式住宅区」の竣工式が開かれ、金総書記がテープカットに臨んだ。

 普通江川岸段々式住宅区は「金総書記自ら発起し、設計主・建設主・施工主になって建設の全過程を直接手配し、指揮した」とされている。同紙は「世にうらやまないもののない最上の物質的・文化的福利」「新時代の誇るべき創造物」と誇示し、その住宅を「国の富強・発展に寄与した功労者に与える」と記している。

 その対象者として取り上げているのが、朝鮮中央放送委員会責任アナウンサーのリ・チュニ、チェ・ソンウォンの両氏と、労働新聞論説委員のトン・テグァン氏。中でもリ・チュニ氏に関しては厚く報じられている。

 その中身をみると――。

「『あまりにも素晴らしい住宅をいただきました』と感謝のあいさつをささげるリ・チュニ・アナウンサーの手を、金総書記はやさしく取り、彼女が暮らすことになる瓊楼洞(キョンルドン)7号棟に向かった」

「金総書記はリ・チュニ・アナウンサーの家を訪れて、家族部屋をはじめとする居間を一つ一つみて回りながら、家族の感想を、肉親になった気持ちで情け深くお聞きになり、高齢の彼女が家の中の階段を上り下りするのに不便な点がないかと細かく気配りをしながら、温情に富む措置も講じた」

 リ・チュニ氏は「生活上のあらゆる便宜が、最高レベルで保障された素晴らしい住宅。まるでホテルのようだ。党の恩恵があまりにもありがたく、家族みんなが感激の涙で夜を明かした」と“遠慮のない話”を語った――そうだ。

 韓国側の情報によると、リ・チュニ氏は1943年7月生まれの78歳。北朝鮮江原道(カンウォンド)の貧しい家庭で生まれ、平壌演劇映画大を卒業後、いったんは俳優になったが、1971年2月に朝鮮中央テレビに入り、同年5月からアナウンサーとして活動を始めている。

 金総書記はリ・チュニ氏について「娘盛りのころからこんにちに至るまでの50余年間、党が与えた革命のマイクとともに、高潔な生をつづってきた」と評価し、リ・チュニ氏を「国の宝」と讃えた。さらに「80歳を控えた年にも相変わらず、青春時代の気迫と熱情でわが党の声、主体(チュチェ)朝鮮の声を全世界に発している」と、リップサービスをした。

労働新聞より筆者キャプチャー
労働新聞より筆者キャプチャー

◇無理をしながら建設

 金総書記は最近、建設現場での現地指導を活発化させている。

 昨年1月の朝鮮労働党大会で金総書記は「平壌市5万世帯の住宅建設に力量を集中する」と明らかにし、同年から2025年までの間、毎年1万世帯の住宅を建設するための年次別計画を立てて実行し、「首都市民の住宅問題を基本的に解決せよ」と指示している。その第一弾となったのは、平壌の松新・松花地区での住宅建設だった。

 その竣工式が今月11日に開催された。金総書記が党のトップ「党第1書記」(当時)に就任してちょうど10年に合わせるかのようなタイミングだった。松新・松花地区の1万世帯住宅建設について、金総書記は今年2月12日、次のように語っている。「国の経済状況が厳しく、幾多の難関が横たわっている条件の下で進められた」

 経済制裁や新型コロナウイルス対策による国境封鎖など、経済状況が厳しいなかで、無理をしながら建設を進めているという認識を示したものだ。そのうえで「あらゆる難関を乗り越え、計画された工事課題を果敢に推し進め、1年足らずの間に平壌の東の関門に超高層・高層住宅が立ち並んだ立派な市街を建設した」と誇示している。

 今年2月からは錦繡山(クムスサン)太陽宮殿に近い和盛地区でも1万世帯住宅建設が始まっている。

 金総書記が大規模な住宅建設を進める背景には、住環境を改善することで、経済難に苦しむ住民の不満を和らげたいという思惑があるようだ。その成果を金主席生誕110年を前に内外にアピールし、祝賀ムード演出とともに国威発揚を図っているようにみえる。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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