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女子テニス選手の告発を通して暴かれた「中国プロパガンダの手口」

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
SNSで公開された彭帥さんとされる画像(提供:Shen Shiwei/Twitter/ロイター/アフロ)

 中国の著名女子プロテニス選手、彭帥(Peng Shuai)さんによるセクハラ告発に対し、中国当局は検閲システムとプロパガンダを動員して、火消しに回った。米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)は12月8日付記事で中国側の対応について整理し、隠された手口をあぶり出している。

◇数百のキーワードをNGに

 中国版ツイッター「微博(ウェイボー)」に11月2日投稿された彭さんの主張は、直ちに削除され、関連する投稿も消去された。一時は「テニス」という言葉さえNGになるほど巨大な網が張られたようだ。

 米カリフォルニア大バークレー校でネットの自由について研究している蕭強(Xiao Qiang)氏はNYTに対し、「当局は数百のキーワードを禁止した」と指摘した。NGワードは通常、「天安門事件」(1989年)などの敏感な話題に限られる。

 一方で、検閲当局は彭さんへの言及を多少は残すようにしていたそうだ。微博に本人のアカウントを残しつつ、検索結果からは削除していた。彭さんの名前や投稿が含まれた過去の記事へのコメントも無効にした。

◇国営メディア動員して「無事だ」

 彭さんは疑惑を主張したあと、公の場から姿を消した。女子テニス協会(WTA)のほか、大坂なおみ選手ら世界のトッププレイヤーが懸念を表明し、「#WhereIsPengShuai」というハッシュタグが世界を駆け巡った。

 中国側はこれに反応した。国営中央テレビ(CCTV)の海外放送を手掛ける「中国環球電視網(CGTN)」や、中国共産党機関紙・人民日報系「環球時報」の胡錫進(Hu Xijin)編集長がツイッターを使って彭さんの写真や動画を次々に投稿した。ただ、これらの写真・動画に対しては「芝居がかっている」といった批判が噴出し、かえって疑念を深める結果となった。

◇97個の偽装アカウント

 中国では近年、偽情報を流したり、都合のよい物語に仕立てたりするために、ツイッターの「偽アカウント」を使う例も頻発しているそうだ。

 NYTなどの分析では、彭さんの件で、中国側から発信されたメッセージを、さらに広めるための「偽アカウント」が97個も確認されたという。ほとんどが他のアカウントをフォローしておらず、フォロワーもいないそうだ。

 NYTは「中国当局が秘密裏に進めている情報キャンペーンがあり、それに1700を超えるツイッターアカウントが使われている」と指摘する。そこから中国側の多様なメッセージが発信されているそうだ。今回の97個のアカウントもこの1700個に含まれるという。こうしたアカウントからの投稿は平日の北京時間午前8時~午後7時に集中し、昼食時には小休止しているという。

 ツイッター社はNYTに対し、この97個のアカウントをすべて削除したと明らかにしている。

◇調整された投稿

 加えてNYTは「中国のプロパガンダ担当者は“中国政府を批判する側の動機を疑う”という戦術を取ることが多い」とみる。

 彭さんが本当に安全・自由であるか証拠を示すよう求められ、国営メディアが、逆にそうした声に怒りをぶつけ始めた。

 CGTNキャスターの李菁菁(Li Jingjing)氏は西側の政府やメディアを「反中国の嵐」などと批判。環球時報の胡錫進編集長も、WTAによる中国での大会中止の発表を受けて「WTAが彭さんに“西洋が中国を攻撃する”ことを手伝わせている」「彼らは彼女から表現の自由を奪い取っている」と非難している。

 中国当局の検閲により、中国のネット上では、彭さんに関する最近のコメントはすべて削除されている。こうした背景もあるため、李菁菁氏や胡錫進氏の投稿は、中国当局が高度に調整したものだと考えるべきだろう。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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