Yahoo!ニュース

正規軍も新型兵器もなし――北朝鮮の深夜「お祭り」軍事パレードに各国“肩透かし”

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
ひな壇に立つ金正恩総書記。右は朴正天書記=労働新聞よりキャプチャー

 北朝鮮は建国73周年となった9日、平壌の金日成(キム・イルソン)広場で軍事パレードを実施した。今年は「5年」「10年」などの節目ではないのにパレードが準備されたため、周囲では「新型兵器を見せて米国を威嚇するのでは」などの観測も広がっていた。だがふたを開けてみれば、新型兵器はおろか正規軍も参加しない「お祭り」。国内向けイベントの色合いが濃いものとなっていた。

◇「新型コロナ対策」縦隊も行進

 朝鮮労働党機関紙・労働新聞は9日、多数の写真を使ってパレードの様子を伝えた。

 今回の行事は「創建73年慶祝民間および安全武力閲兵式」と名づけられ、同日午前0時(日本時間同)に始まった。

 ひな壇には金正恩(キム・ジョンウン)総書記ら党最高指導部メンバーである政治局常務委員が立った。そこには最近昇格したばかりの朴正天(パク・ジョンチョン)書記も含まれ、趙甬元(チョ・ヨンウォン)書記とともに金総書記の両脇を固めていた。金総書記は淡いグレーのスーツ・ネクタイ姿で登壇した。

 パレードに先立つ演説は、金総書記ではなく、李日煥(リ・イルファン)書記が担い、「わが国家と人民は、過去と同様、今後も一心団結の威力で現在の難局を打開するだろう」と、内部結束を訴えた。

 パレードに参加したのは、労働者や農民、除隊軍人ら民間人中心の「労農赤衛隊」。非正規組織だ。1959年1月14日に北朝鮮初の民間軍事組織として創設され、普段は工場や農場で働きながら民間防衛の役割を担っている。有事には正規軍の補充、軍需品の輸送などの役割を果たす。

 今回は平壌や平安北道・南道などの各地の労農赤衛軍縦隊が、当該地域の責任書記による引率によって行進した。金策製鉄連合企業所や煕川蓮河機械工場など北朝鮮を代表する企業所からも縦隊が送り出された。

 加えて、新型コロナウイルス対策の最前線に立つ防疫関係者による非常防疫縦隊、医療関係者による保健省縦隊がガスマスクや防疫服を着て行進。パレードの最後は、社会安全軍消防隊縦隊の消防車などが登場し、住民の安全を最優先に据えている点を強調した。

非常防疫縦隊や保健省縦隊の行進=労働新聞よりキャプチャー
非常防疫縦隊や保健省縦隊の行進=労働新聞よりキャプチャー

社会安全軍消防隊縦隊=労働新聞よりキャプチャー
社会安全軍消防隊縦隊=労働新聞よりキャプチャー

◇国難克服に向けた団結アピール

 今回は建国73周年であり、北朝鮮が重視する「整周年」(5年周期)ではない。ただ、パレードの準備を撮影した衛星写真などの情報をもとに、一部のメディアが「大規模な軍事パレードを準備しているのでは」という観測を伝えたため、パレードの中身に注目が集まっていた。「2016年9月9日実施の5回目の核実験から5周年であり、やや大規模に軍事パレードを実施するのでは」「米国を圧迫するために新兵器を公開する」「金総書記が外国に向けてメッセージを発信する」と予想する向きもあった。

 整周年以外の年では、金総書記の父・金正日(キム・ジョンイル)氏の時代の2011年9月(建国63周年)、労農赤衛隊の軍事パレードが実施された例がある。

 今回は午前0時から1時間半程度で終了したとみられる。昨年10月の党創建75周年の時には2時間16分、今年1月の党大会記念の際には1時間半をそれぞれ要した。

 また大陸間弾道ミサイル(ICBM)や潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)なども登場しなかったもようだ。北朝鮮は米国との対話の可能性を模索しているとみられ、米国を刺激するような新型兵器の公開は見送った可能性がある。

 一方で全面に出されたのが「自力更生」「自給自足」「緊急防疫」など。今回のパレードで平壌に集結したのは、これらの方針に関連した人材とみられ、国難の克服に向けた団結をアピールした。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

西岡省二の最近の記事