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中国が進める「あの国がわれわれの安全を脅かしている」という世論づくり

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
停泊するベトナム海上民兵の船=「艦船知識」より

 南シナ海でベトナムが海上民兵を増やし、中国の脅威になっている――中国の専門誌が最近、ベトナムの海上兵力を特集する記事を掲載し、話題になっている。「海上民兵」といえば、南シナ海での中国側の動きを語る際によく用いられ、軍の関与が疑われる集団として警戒されている。中国側はこれに対抗する形で「ベトナムの海上民兵」に焦点を当て、巻き返しを図っている。

◇「自作自演の漁民落水」

 中国の艦船に詳しく、国内で権威のある専門誌「艦船知識(NAVAL & MERCHANT SHIPS)」が5月号で「一帯一路でのベトナムの海上力量」と題する特集を展開した。

 そのなかで次のような表現を使っている。

「ベトナムの海上民兵が海南島、西沙(英語名・パラセル)諸島、南沙(同スプラトリー)諸島の海域で、何ものをも恐れない動きをして、わが海域の権益と安全を脅かしている」

 同誌によると、ベトナムは2009年に関連法を整備して、実効支配する島・岩礁の周辺海域を海上民兵が監視・パトロールし、領海に侵入した外国船を追い払うことも認めている。欧州連合(EU)が2019年10月の統計で「ベトナムの海上民兵は4万6000人を超える人員と、約8000隻の漁船を有する」と推定しているのに対し、「艦船知識」は「7万人を超えている」と警戒感を示している。

 また、訓練を受けたベトナムの海上民兵が海軍に協力して多様な任務に就いていると指摘したうえ、その中に「中国の軍事施設や艦船に近づき、秘密裏に監視する」「意図的に中国海警局の船に衝突させ、国際社会の注目を集める」などがあると主張している。

 2019年3月と2020年4月に、中国とベトナムの双方が領有権を主張する西沙諸島海域で、中国当局の船とベトナム漁船の間でトラブルが起き、漁船が座礁したり沈没したりして乗組員が海に放り出され、中国側への批判が高まったことがある。だが同誌はこれらの事件を「自作自演の漁民落水」と決めつけ、「人道主義のカードで注目を集め、西沙で領土・領海をめぐる争いが存在すると、でっち上げている」と独自の主張を展開している。

◇中越「海上民兵」比較

 海上民兵をめぐっては、中国側にも「軍事拠点化を進めるために活用している」という指摘があるのは既に広く知られている。(参考記事:フィリピンEEZに集結した中国漁船約220隻――にじみ出る不気味な背景)

 中越両国の海上民兵について、ベトナム側学者が比較分析を試み、米シンクタンク・全米アジア研究所(NBR)ウェブサイト(2019年7月)に論文が掲載されている。

 それによると、中国の海上民兵は国内法により「国境を守る」という役割が与えられ、「九段線」(中国が南シナ海での権益を主張するため地図上に引いた破線)の主張を強化するための前衛として用いられているとしている。

 中国は小国に対して優位に立つための「サラミ・スライス戦略」(領土奪取を有利に進めるため、小さな行動を積み重ねて既成事実化する)を取り、「第1スライスは海上民兵」「第2は海上警備を担う海警局」「最後は人民解放軍」がそれぞれ担うとしている。

 中国漁船は1979年当時、5万隻だったのが、2014年には70万隻以上に激増。うち20万隻が沖合漁船だ。「さらに、そのうちの数百隻は鉄筋の船体と水鉄砲を備え、外国漁船に突っ込んで沈められる」と指摘する。

 これに対し、ベトナムの海上民兵は自衛民兵法で「生産や労働から切り離されていない軍隊」と規定され、「ベトナム共産党、政府、国民の生命・財産、国家の財産を守り、戦争が起きれば、国民とともに地域や職場で敵と戦う中核部隊」という位置づけだ。

 ベトナムの海上民兵は自衛のため軽火器を装備しており、「規模・装備では中国側に劣るものの、南シナ海では、中国の海上民兵に対抗する『挑戦的な勢力』としての役割を果たしている」との見方を示している。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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