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フィリピンEEZに集結した中国漁船約220隻――にじみ出る不気味な背景

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
中国漁船が集結していた場所=フィリピン政府関連のツイッターより筆者キャプチャー

 フィリピン政府は最近、中国と領有権を争う南シナ海の自国排他的経済水域(EEZ)に3月上旬、200隻を超える中国漁船が集結していたと明らかにした。フィリピン側が「海上民兵(中国軍の関与が疑われる集団)が配備され、軍事拠点化を進めている」と批判するのに対し、中国側は「根拠のないいかなる推測も無駄だ」と反発している。ただ、今回の出来事を「海上民兵が潜在能力を発揮し始めた」と指摘する専門家もいて、南シナ海での中国側の動きに対する警戒心が一段と高まっている。

◇「海上民兵はいない」と否定するが

 フィリピン政府の発表(3月21日)によると、スプラトリー諸島のウィットサン=中国名・牛軛(Niu'e)=礁周辺で3月7日、中国漁船約220隻が停泊していた。中にはクレーンのようなものを搭載し、いかりを下ろしたまま並んでいる大型の漁船もあった。

 フィリピン側は「晴天なのに漁業活動をしていない」「夜は終始、白色灯を点灯させていた」との状況などから「海上民兵が動員されている」「軍事拠点化という明確な挑発行為だ」と非難し、中国側に撤退を求めた。

Googlemapをもとに筆者作成
Googlemapをもとに筆者作成

 これに対し、中国側は、フィリピンの中国大使館が声明を出し「牛軛礁は中国の南沙群島の一部」と主張し、「長年この海域で操業している」と強調した。漁船は荒波を避けるため、ブーメラン形の礁によってつくられる礁湖の内側に避難していただけ、とも釈明している。そのうえで「噂されているような海上民兵は存在しない。そのような憶測は何の役にも立たず、不必要な刺激を与えるだけである」と反発している。

 さらに気になる動きがある。フィリピン軍が3月30日に実施した海上哨戒活動の際、中国漁船が集結した付近の環礁「ユニオン堆」で、違法に建設された構造物を発見したと、米CNNテレビが伝えている。同軍は、その位置や構造物の種類などは伏せたまま「国際法違反だ」と非難している。

◇「海軍の承認を得た作戦」か

 ウィットサン礁での中国側の動きを危惧する声が広がっている。

 英シンクタンク「国際戦略研究所」(IISS)の専門家2人による論文は、中国漁船の集結を「前例のない規模の事件」と位置づけたうえ「中国の海洋でのハイブリッド戦争(軍事的脅迫に政治、経済、外交、プロパガンダを含む情報・心理戦などを組み合わせた戦争の手法)への関与の可能性を示唆している」とみる。

 論文が注目するのは、この海上民兵だ。非正規あるいはパートタイムの部隊であり、中国人民解放軍海軍の現役または退役軍人によって補完されることが多いという。正規軍、予備役に次ぐ「第3の軍隊」であり、緊急時には戦闘員として動員できる。

 論文は「人民解放軍海軍や戦区(軍の地域別統合作戦指揮組織)司令部からの命令なしに海上民兵が漁船を使うことは考えにくい」と指摘し、今回の一件を「海軍の承認を得た作戦であるはずだ」とみる。

Google Earthがとらえたウィットサン礁。黄色〇付近を中心に中国漁船が集結していたようだ
Google Earthがとらえたウィットサン礁。黄色〇付近を中心に中国漁船が集結していたようだ

◇習主席の肝いり

 海上民兵の強化には習近平(Xi Jinping)国家主席の存在が大きな影響を与えたようだ。

 国営新華社通信によると、習近平氏は国家主席就任直後の2013年4月、南部・海南島の潭門鎮にある海上民兵組織(1985年設立)を訪問。「習主席は、民兵組織が近代的な設備を学んで運用能力を向上させ、漁民が海を開拓して豊かになるように導くとともに、積極的に海洋情報を収集し、島や岩礁の建設を支援するよう奨励した」と報じられている。習主席の訪問に刺激され、海南省当局が海上民兵の強化策を推進してきたようだ。

 そのうえで論文は「グレーゾーン作戦」(相手国に本格的な軍事行動をとらせず現状変更を試みる)と呼ばれる中国の手法に言及しながら、次のように伝えている。

「中国のグレーゾーン作戦を長期的に分析してきたウォッチャーたちは、今回の一件を『海上民兵がその潜在能力を発揮し始めた証拠』と解釈している」

 中国側が海上民兵を動員する利点は、どこの船を使っているのかを曖昧にできることや、中国海軍との距離感の判別を難しくすることとされる。論文は「紛争中の島を海軍が占拠しようとするような場合、その場所とは違う海域で海上民兵の船舶を活動させて注意をそらすだろう」との見解を示している。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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