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「中国広東省香港」に向けて禁断の締め付け/選挙に出られるのは「中国共産党への忠誠心のある人物」だけ

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
香港中心部の様子(写真:アフロ)

 中国は今月5日開幕の全国人民代表大会(全人代=国会)で、香港での選挙制度の全面見直しを検討する。その際、香港の「愛国者による統治」を掲げて、民主派勢力の完全排除を進める。中国共産党が定義する「愛国者」とは?

◇中国的「愛国」とは

 中国の習近平国家主席は2019年5月、「五四運動」(1919年5月4日に中国で起きた抗日運動)100周年記念大会でこんな表現を使っている。

「現在の中国では、愛国主義の本質は愛国と愛党である」。

 この発言の半年後、国営新華社通信は中国建国70年を記念した論評で「愛国は愛党であるべきだ」として、愛国と愛党を一致させるよう求めた。

 中国大陸に住む中国人にとって「愛国」の対象はおおむね「中華人民共和国」である。加えて、幼少時から「共産党がなければ新中国はない」と教育されているため、無意識のうちに「中国共産党」を国や国民の代表と考えている。したがって「愛国」は「愛『中国政府』」「愛『中国共産党』」にひもづけられている。

 そもそも「愛国者」という表現には「侵略者を撃退し(中略)戦後の荒廃から不死鳥のように生まれ変わった新中国をつくった人々」(中国共産主義青年団機関紙・中国青年報は19年9月)の意味合いが強かった。ところが共産党による強権支配が進むにつれ、「愛国」という言葉が「共産党への忠誠」という批判的なニュアンスを帯びるようになった。

 この「愛国」という言葉に関連して「愛国無罪」(国を愛する行為は罪にならない)という言葉もよく聞かれる。

 2000年代、中国各地で反日デモが起きた際、デモ隊の一部が暴徒化し、日系デパートでの略奪や日本車破壊などの犯罪行為に及んだ。この時、一部で掲げられていたのが「愛国無罪」のスローガンだった。ただ、市民の間では「『愛国無罪』の名の下で中国社会が違法行為を正当化してしまえば、中国の国際的信用は失墜してしまう」という非難の声も相次いだ。

 この「愛国無罪」は1930年代の反政府運動の際に用いられていた「愛国無罪、救国入獄」が由来するそうだ。天安門事件(1989年)でも共産党の武力弾圧に抗議する若者が、自らの反政府活動を正当化するためのスローガンとして使われていた。

◇民主派締め出しの「審査」

 香港当局はこれまで、民主派の政治参加を阻止するため、立候補資格や当選後の議員資格取り消しという手法を取ってきた。今回これをさらに徹底するため、「愛国者であるかどうか」を審査する仕組みを導入するとみられる。新制度は今年9月の立法会(議会)選▽来年の行政長官選で導入されるとみられる。

 中国政府で香港政策を取り仕切る香港マカオ事務弁公室の夏宝竜主任は「愛国者」を「国の主権や安全に危害を加えず、中国政府の権力に挑まない」人物と定義したうえ「愛国者のみが香港を統治できる」との見解を示した。

 言い換えれば、中国共産党に対する忠誠心の有無によって政治参加の可否を決めるということだ。その結果、民主派が政治の舞台から排除されるばかりか「愛国者」との判定を受けられなければ公務員や教師の資格もはく奪される可能性も出てきた。毎年、香港で実施されてきた天安門事件犠牲者の追悼集会が違法とされるのも間違いない。

 一国二制度(香港の資本主義体制が主権回復後も50年間つまり2047年まで維持されること)の形骸化に拍車がかかる。

 英国からの香港返還が盛り込まれた中英共同声明(1984年)の公表に先立ち、当時の最高指導者だった鄧小平氏は同年6月、香港に関連した「愛国者の基準」を次のように指摘している。

「自らの民族を尊重し、中国による香港での主権行使の回復を誠心誠意、擁護する。そして香港の繁栄と安定を損なわない」(中国国営の華僑向け通信社・中国新聞2014年9月10日報道)

 英国は1997年、香港の主権を中国に返還し、中国側は「一国二制度」を約束した。鄧小平氏は香港の主権回復に取り組み、繁栄する香港を中国の現代化の原動力にすることを考えていた。当時はまだ、香港住民の「愛国心」が中国人のそれとは違うという理解もあったようだが、近年はそれが上書きされている。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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