Yahoo!ニュース

著名ジャーナリストの発言が「文在寅政権流」に?――韓国外務省の誤訳、意図的ではないと言うけれど……

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
アマンプール氏の発言に誤訳がつけられた韓国外務省の動画=中央日報よりキャプチャー

 韓国の康京和外相にインタビューした国際的に著名なジャーナリスト、アマンプール氏のコメントを、韓国外務省が“誤訳”とともに発信する事態が起きた。同省は直ちに内容を修正して謝罪したが、韓国紙の中には「その訳文が与党に近い発言になっている」と翻訳側の意図を勘ぐる見方もある。

◇「韓国与党や韓国政府を支持するニュアンス」

 今月16日に放送された米CNNテレビの番組で、康外相がアマンプール氏のインタビューを受け、対北朝鮮ビラ散布禁止法の背景となった南北間の緊張状態について説明した。

 韓国京畿道漣川で2014年10月、韓国の脱北者団体が北朝鮮に向けてビラ風船を放った際、北朝鮮側が高射銃を撃ち、韓国側が対応射撃をして緊張が高まったことがあった。康外相は、この事例を挙げながらこう指摘した。

「ある地域、軍事的に非常に緊張した地域では、より大きな衝突につながる可能性がある」

「軍事境界線近くに住む人々は、こうした(ビラ風船を放つような)行動を停止するよう何年も前から求めてきた」

「最近、ビラ風船を飛ばした際、北朝鮮が開城の南北連絡事務所を完全に爆破することで対応したこともある」

 これに対し、アマンプール氏は「お話を聞いてみると、ビラ風船への対応として、対空砲は本当に不釣り合いなものだ。それでも依然として、そこは非武装地帯(DMZ)であり、極めて特異な場所だ」とのコメントを述べた。

 ところが韓国紙・中央日報によると、韓国外務省が、この放送内容をYouTubeやFacebookなどで紹介する際、アマンプール氏の発言趣旨とは全く異なる次のような字幕がつけられていた。

「お話を聞いてみると、対北朝鮮ビラ散布や北側の発砲などの問題に対応することが、本当に重要であるようです」

 中央日報は「韓国与党・共に民主党や韓国政府を支持するニュアンス」と指摘し、翻訳者の意図を勘ぐっている。

 誤訳の指摘を受けた外務省は直ちに表現を訂正し、「インタビュー内容が多いため翻訳過程で生じた誤訳」「弁解の余地がないミスだった。今後、間違いのないようさらに注意する」と釈明した。

 一連の騒動について、韓国の市民団体は「韓国政府は海外メディアの報道を歪曲し、翻訳して国際的に恥をかくのではなく、国連など国際社会の人権侵害の憂慮を真摯に受け止めなければならない」と批判しているという。

◇康外相「表現の自由は制限できる」

 この「対北朝鮮ビラ散布禁止法」は、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の妹、金与正党第1副部長が今年6月、韓国の脱北者団体がビラを飛ばしたことに強く反発し、南北連絡事務所の爆破など強硬姿勢を見せたことなどを受け、韓国与党側がビラ散布禁止に向けて法整備に乗り出し、制定したものだ。

 その結果、韓国国会は今月14日、「南北関係発展に関する法律の一部改正法律案」(対北朝鮮ビラ散布禁止法)を可決した。最大野党「国民の力」は「表現の自由を制限するものだ」としてビラ禁止に反対したが、国会で圧倒的な勢力を占める共に民主党などが採決を強行した。

 南北軍事境界線一帯でビラをまくなど南北合意書に違反するような行為に対し、最大で懲役3年または3000万ウォン(約280万円)以下の罰金が科せられることになった。

 この法改正について、米共和党を中心に「市民の自由を無視するとともに、北朝鮮側の弾圧を黙認するものであり、韓国憲法と『市民的および政治的権利に関する国際規約』(ICCPR)上の義務に明白に違反する」との批判が上がっていた。

 今回のインタビューで、アマンプール氏から「米議員も問題視している」と指摘されると、康外相は「これ(この法律)は表現の自由の規制である、という議論がある。表現の自由はもちろん、極めて重要な人権だ。しかし、絶対的な(absolute)権利ではない。制限され得る」と反論していた。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

西岡省二の最近の記事