Yahoo!ニュース

新型コロナ調査要求の“報復” 中国が取った「オーストラリア大麦制裁」で自国の「青島ビール」は大丈夫か

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
中国を代表する「青島ビール」(同社ホームページより)

 新型コロナウイルス感染拡大に関する国際調査を要求してきたオーストラリアに対し、中国は「経済制裁」を思わせる措置を相次いで取った。オーストラリアにとって中国は最大の貿易相手であり、経済での依存度が高く、苦しい立場に追い込まれている。

◇「独立調査の要求とは無関係」

 中国外務省の趙立堅副報道局長は5月12日の定例記者会見で、中国がオーストラリア産牛肉の輸入を一部停止したことを明らかにした。

 趙副局長は、中国向け牛肉輸出に携わるオーストラリア企業で、検査・検疫の要件に違反する事例が相次いで見つかったと指摘。豪食肉大手4社からの牛肉輸入を停止した。オーストラリアからの食肉輸入の4割近くを停止した形だ。

 18日には商務省が、今度はオーストラリア産大麦に対して、80.5%という高い追加関税を適用すると発表した。中国側は、オーストラリアによる補助金とダンピングが中国国内産業の利益を著しく損ねているとして、今後5年間で豪産大麦に反ダンピング関税73.6%、反補助金関税6.9%の追加関税を課すとした。

 タイミングとしては、調査要求に対する「制裁」ととれるが、中国側はいずれについても「独立調査の要求とは無関係」の立場を取っている。(参考資料:「新型コロナの真相調査を!」叫ぶオーストラリアに中国がちらつかせる“制裁”)

 中国はオーストラリア最大の貿易相手国・最大の市場であり、2017〜18会計年度の総輸出の31%を占めている。両国は数年前までは良好な関係を保ち、15年6月に自由貿易協定(FTA)に署名▽中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)へのオーストラリアの出資――などと接近した。

 ところが17年、中国寄りの発言をしていたオーストラリア最大野党・労働党の上院議員が中国共産党と関係がある不動産デベロッパー幹部から政治献金を受け取っていたことが発覚。ターンブル首相(当時)が「中国による内政干渉」と批判したことで関係が一気に冷え込んだ。18年8月にはオーストラリアが自国の次世代高速通信「5G」のインフラ整備に中国通信機器大手・華為技術(ファーウェイ)と中興通訊(ZTE)の参加を禁じたため、両国関係のこじれは決定的となった。

◇ワインとビール……中国側にも痛みか

 今回の中国による二つの措置で、オーストラリアの生産農家には落胆の声が広がっているという。

 オーストラリアの公共放送ABC(5月19日)によると、大麦生産者団体の代表は「我々の最大市場が奪われる」と危機感をあらわにする。中国寄りのフィッツギボン元国防相は「政府が中国との関係で対処を誤ったことによって農民を失望させた」と非難し、オーストラリア政府が早急に中国と交渉するよう求めている。

 一方、関税は中国側にもリスクがある。

「政治的混乱が訪れると、突然、船が海でとめられ、荷下ろしができなくなる。そして、オーストラリア産ワインは夏の間、船にとどめられる。そんな商品は果たして飲めるか?」

 豪紙「オーストラリアン」の取材に中国山東省のワイン業者はこう不安がった。同紙は「中国の政府と国民の間には考えに深い隔たりがある」とみている。

 中国国内では、大麦に対する措置が、両国関係の「最も著名な成果物」とされ、世界各国に輸出される「青島(チンタオ)ビール」に影響を与える恐れがあるとの指摘も出ている。

 オーストラリアの高品質な大麦は「青島ビール」の主要な成分。オーストラリアの大麦は乾燥した気候で育つため、中国のビールメーカーの間で人気があるという。同紙によると、「青島ビール博物館」(山東省青島)では訪問者向け展示で、大麦について「私は醸造ビールの主な原料です。カナダやオーストラリアの友達と私は、一緒に大麦風味豊かな青島ビールを醸造しました」と紹介されるほど、オーストラリアとの関係を重視する向きもある。

 こうした事情から、中国でもビール生産者を中心に今回の措置に対する懸念の声が上がっているのだ。

◇「オーストラリアは米国の代弁者」

 ABCによると、リトルプラウド農業相は大麦に対する追加関税について「独立調査を求めるオーストラリアの決定に関連しているなら非常に失望するだろう」と語る一方で「これは新型コロナウイルスが騒動になる前に始まったプロセス」「実際には二つは切り離されている」との見解も示している。そのうえで「オーストラリアは中国との貿易戦争に参加しておらず、大麦関税に対する報復措置は取らない」と強調するとともに「オーストラリア人は、世界規模の調査を求める声を導いたことを誇りに思うべきだ」との評価を前面に出し、事態の収拾を図った。

 中国現代国際関係研究院のオーストラリア研究の専門家、郭春梅氏は、共産党系・環球時報の英字紙「グローバルタイムズ」(5月14日)で「一部のオーストラリアのメディアと政治家が敵対的な雰囲気を煽っているため、最近、中国との関係は氷点近くまで下がっている。オーストラリアが中国市場を重視しているのに、絶えず両国関係を妨害しているのは皮肉である」と指摘しつつ、関係改善を促している。

 中国は時に、オーストラリアを「米国の代弁者」であると非難する。山東省のワイン業者も「オーストラリアが米国側に立つ。それはすなわち、中国に対抗するということを意味する」と懸念する。今回の件で、中国の視線の先には米国の存在がある。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

西岡省二の最近の記事