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ぺヤングが実践すべき逆風でも前に進む危機管理

中澤幸介危機管理とBCPの専門メディア リスク対策.com編集長
まるか食品株式会社のホームページ

即席麺「ぺヤングソースやきそば」からゴキブリが見つかった問題で、全商品の製造を休止していた「まるか食品」(群馬県伊勢崎市)は、5月末にも主力商品についての生産を再開する。「ぺヤングソースやきそば」が、首都圏では6月初旬にも店頭に並ぶことになる。

各大手メディアの報道によれば、同社では、ふたを従来のプラスチックからアルミシールのタイプに変えて密閉し、麺を容器に入れる前に、異物の混入を製造ラインに設置したカメラで確認するなどの対策を講じるとのこと。製造に携わる従業員も増やす。さらに、工場も改良し、虫などが入り込まないように隙間をふさぎ、床や壁を汚れがつきにくい素材に変えたとしている。当面は、本社工場で主力商品の「ぺヤングソースやきそば」を製造し、他の商品は順次販売再開を目指す方針。

同社の異物混入の事件を聞いて最初に思い浮かべたのが、1982年のタイレノール事件である。危機管理の世界では「教科書」のように語り継がれている有名な事件だ。

事件の概要は以下の通り。

1982年9月30日、シカゴ・サン・タイムズ紙から、ジョンソン・エンド・ジョンソン社に同社のヒット商品である鎮静剤「タイレノール」に、シアン化合物が違法に混入された、との連絡が入る。シアンは化学物質の一種で、シアン化合物は猛毒、ごく少量で死に至る。

シカゴで7人が死亡する事件が起き、その死因にタイレノールが関係しているとの疑いが出たのだ。死因は最終的にタイレノールのカプセルに混入していた青酸化合物と判明した。

当初は青酸の混入は生産工場での事故かと思われたが、すぐに第三者による悪意の異物混入の疑いが濃厚となり、企業を狙ったテロという印象が鮮明となった。そこで、同社ではシカゴに限らず、全地域でタイレノールを完全に回収することを即座に決定、手持ちの製品の返品を呼びかけた。

この話は、同社のホームページにも載っているが、当時の市場での回収量は3100万本、金額にして1億ドルという巨額に及ぶものだったという。同社では、製品回収以前に製品の無料交換、消費者とのホットラインを開設して安全情報の提供にも努めた。

この全米を震撼させた悲劇に対し、ジョンソン・エンド・ジョンソン社は、今までにない革新的な新パッケージを開発した。異物混入を防ぐために3層密閉構造とし、この時に開発されたタイレノールのパッケージは、異物混入を防ぐスタンダードなものとして、今でもアメリカにおいて内科医や薬剤師から多くの支持を集めている。

ジョンソン・エンド・ジョンソン社は、事件直後から約2カ月間に渡り、可能な限りの対応策を実施。消費者だけにとどまらず、営業部隊による医師へのプレゼンテーションを計100万回行うなど多方面に渡るものだったという。結果、1982年12月(事件後2カ月)には、事件前の売上の80%まで回復した。

しかし、事件はそれで終わらなかった。1986年には2回目の「タイレノール」事件が発生。その後、同社では異物混入を防ぐ更なる強化策として、剤型を“カプセル”からカプセルのように見せた“錠剤”(ジェルキャップ)を発売。このジェルキャップも薬品業界で最も革新的なものの1つとされているとのこだ。

危機というのは、「危」険と、好「機」の、両面を持っているものだと思う。つまりピンチでもあり、チャンスにもなり得る。逆風でも、やり方によっては前に進むことができる。

ヨットでは、向かい風に対して蛇行しながら進む方法を「間切り航法」と呼ぶそうだが、この機会に安全安心のブランドを確立してほしい。

ヨットは逆風でも前に進むことができる
ヨットは逆風でも前に進むことができる

ちなみに、タイレノール事件で、ジョンソン・エンド・ジョンソンが評価されている理由は、この製品の改良に加え、初動の速さ的確さだった。軍隊においては、兵力の「逐次投入」をやってはいけないことは鉄則と言われているが、危機対応の初動においても、中途半端な手を打って、それを補足していくようなやり方は、後手、後手にまわりやすい危険性がある。

同社は一気に製品を全地域から回収した。最近の企業の不祥事、事故を見ていると、初動の対応が中途半端なものが多い。とりあえず、記者会見を開いて、様子を見る。しかし、事態が一気に進展して手に負えなくなるというものだ。最初から最悪の事態を想定することと、一度消えたように見える火でも燻っていて再燃する可能性があることを危機管理担当者は心得ておくべきだろう。

危機管理とBCPの専門メディア リスク対策.com編集長

平成19年に危機管理とBCPの専門誌リスク対策.comを創刊。数多くのBCPの事例を取材。内閣府プロジェクト平成25年度事業継続マネジメントを通じた企業防災力の向上に関する調査・検討業務アドバイザー、平成26年度~28年度地区防災計画アドバイザー、平成29年熊本地震への対応に係る検証アドバイザー。著書に「被災しても成長できる危機管理攻めの5アプローチ」「LIFE~命を守る教科書」等がある。

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