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「無給医、少なくとも2191人」の衝撃〜医師の視点〜

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
全国を調査した文部科学省も驚いたのではないでしょうか(写真:アフロ)

「無給医、少なくとも2191人」

 6月28日、衝撃的なニュースが飛び込んできました。今年行われていた、給与をもらえず医者の仕事をする「無給医」についての文部科学省の調査結果で、2000人以上の「無給医」の存在が明らかになりました。しかもその調査結果を見ると、この人数は氷山の一角である可能性も考えられます。彼らはなぜ無給で働くのでしょうか。また、この調査結果はどう解釈すべきでしょうか。医師の立場から、この問題の本質を解説します。

「無給医」とは何か?

無給医とは何でしょうか? これは、にわかには信じがたいのですが、字の通り「給料をもらえずに働くお医者さん」のことです。主に大学病院で働いています。

こういう無給医の存在は何十年も昔からありましたし、今回の調査結果でも2000人以上もいることが明らかになりました。しかし、誰も声を上げなかったのです。その背景には医者の特殊な世界があります。

医局という組織

医師は医学部を卒業すると2年間の初期研修という立場を経て、その多くは医師3年目に大学医局という組織へ「入局」します。たとえば自分の出身大学の外科の医局に入る、という人もいますし、全く別の地域の大学の◯◯科の医局に入る人もいます。この辺りはかなり自由です。

いったん入ると、教授をピラミッドとする権力構造の中に組み込まれます。

その組織の中で、教授などが決める人事に従って「関連病院」と呼ばれるその医局が人事権を持つ病院へと出向するのです。その中には、「大学病院で医師として勤務せよ、ただし給料は出ない」という命に従って働く医師たちもいます。

背景には権力構造が

この「無給医」が生まれる原因には、この医局の権力構造が背景にあることは明らかです。医局員と呼ばれる医師たちは医局の総意のもとで人事が決まります。もちろん希望を聞かれることもありますが、いつも希望に沿った人事になるわけではありません。

そしてその中で、大学病院という業務量が多い職場では、他の病院と比較し多数の医師が勤務します。いろいろな大学病院の事情を見聞きした私の感覚では、街中の◯◯市立病院などの病院と比較して、だいたい3倍くらいの医師数がいる印象です。

人数は必要、しかしポストはない

しかし、給料がつくようなポストはその人数分はありません。ですので、「君は大学病院勤務だが、給料はゼロだ」という立場になる若手医師が発生するのです。そういう若手医師の多くは大学院生という立場ですが、なぜか白衣を着て医者の仕事をしています。

今回の調査では、日本中の大学病院101ヶ所に対して「大学院生をタダ働きさせていないか?」という調査でした。

問題点は

今回の結果を受け、各大学は対応せざるを得ないでしょう。これまでは「学生なので勉強の一環」などという理解し難い理由で、その権力勾配を用いてタダ働きをさせていたわけです。このような搾取を受ける医師のことを、ネット上の掲示板などでは昔から「ドレ医」などという表現がよく使われていました。今回の調査でも「自己研鑽・自己研究等の目的、又は、大学院の研修の一部という目的で、診療に従事していた」と大学側からの回答にはありました。

この点については法的な問題がある可能性は高いでしょうし、なにより「学位を取りたければ言うことを聞け」というアカデミック・ハラスメントである可能性もあります。今後厳しく追及されるべきです。

調査の手法自体の問題点は

しかしながら、今回の調査方法にはいくつか問題があります。

一点目として、

『「無給医」とは認めず』という回答の医師も3549人いたという点です。これは、大学側が「合理的な理由があるため、労務管理の専門家への相談等も踏まえ、給与を支給していない者」と回答した医師たちです。どのような「合理的な理由」があり無給で医師として働かせているのかは、今回の調査からは不明でした。精査が必要でしょう。

二点目として、

『無給医かどうかの調査自体が「当該者に直接ヒアリング」した病院は45大学病院のみであり、これは全体の42%だけであった』

という点です。当該者、つまり大学院生に直接ヒアリングしなければ、どう調査したのかと言うと、

「診療科長等にヒアリング・再点検を指示」したり、

「電子カルテによるログ検索等」

を行ったそうです。

この手法では、この調査そのものが骨抜きになっている可能性があります。

なぜなら、診療科長つまり教授に調査を依頼したところで、そもそも教授の意向(あるいは黙認)で無給医を使っているわけですから、その権力勾配の中では「自分は無給医だ」などとは到底主張できないでしょう。

この点は非常に重要で、だからこそ何十年も「医師免許を持った大学院生を無給で働かせる」ことが連綿と続いてきたわけです。いま医師は日本に30万人以上いますが、誰一人声を上げなかったのです。

であるのに、教授がヒアリングを担当したところでどれほどの信頼性があるのでしょうか。外部委員が調査をせねば、客観性が保たれないのはもはや常識です。

今後はどうなるか

この二点は、調査を行った文科省の皆さんもおそらく把握した上での調査でしょう。

とはいえ、何十年も誰も切り込まなかった無給医問題で、しかも大学は文科省管轄だが病院は厚生労働省管轄であるというお役所的にはとっても手を着けづらい問題に着手した点は、非常に評価できると私は考えています。

本調査では、まず「無給医という人たちが日本に存在する」ことが初めて公になりました。

NHKのこの記事では、柴山文部科学大臣が「実際に給与が支給されていない医師たちの存在が発覚したことは大変遺憾で、支払っていないという現状は改めるのが当然」と発言したと報道されています。

今後、少しずつでも大学病院に勤務する医師の待遇、いや人権が少しずつ改善していくことを願ってやみません。

※参考資料

「大学病院で診療に従事する教員等以外の医師・歯科医師に対する処遇に関する調査」の公表について文部科学省ホームページ 令和元年6月28日

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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