Yahoo!ニュース

手術支援ロボットがひらく新しい手術の世界 外科医の視点

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
実際のロボット手術執刀シーン 開始直後のところ(筆者撮影)

ロボットで手術をする時代

20年前から、いくつかの手術ロボットが世に出た。一番有名なのはダヴィンチというロボットで、すでに日本にも550台以上が導入され、大学病院など先進的なほぼすべての病院で使われている。外科医である筆者も毎週ダヴィンチを用いて手術を執刀している。適応となる病気は年々増えており、現在では胃がん、大腸がん、肺がん、前立腺がん、子宮体がんなどに使われている。

本記事では、

・いま日本で使われている手術支援ロボットの実際

・ダヴィンチ・hinotori・Hugoの3台の比較

を解説する。

筆者は大腸がん手術を専門とする外科医師で、日本ロボット外科学会認定医ホルダーでこれまで約50例のロボット手術を執刀した経験があり、2023年3月に医師・看護師などに向けたロボット手術の専門書を出版した(「ダヴィンチ導入完全マニュアル」メジカルビュー社)。

なぜロボットが必要か?

結論から言えば、「ロボットを使うと手術が簡単になるから」である。その先には質の高い手術ができ、患者さんの負担が減る、ももちろんついてくる。

お腹の手術には大きくわけて2種類がある。「開腹手術」と「腹腔鏡(ふくくうきょう)手術」だ。

「開腹手術」とは、「皮膚を切り体を開けて中の悪いものを切り取る」という治療法だ。これは文字通り大きくお腹を開けて(大体は15cm以上)、外科医が直接お腹の中に手を入れて胃や大腸を切除する方法だ。

それが、近年「腹腔鏡(ふくくうきょう)」手術というものに取って代わろうとしている。これは、お腹に0.5cmから大きくても1.2cmの小さな孔を4、5個開けて行う手術だ。二酸化炭素ガスでお腹をドーム状に膨らませて空間を作り、細長いハイビジョンカメラと、細長い鉗子(かんし)と呼ばれる精密なマジックハンドのような道具で、血管を切り、胃や腸を切り取る。

腹腔鏡手術の鉗子 先端で膜や腸をつかみ、これで手術をする(筆者撮影)
腹腔鏡手術の鉗子 先端で膜や腸をつかみ、これで手術をする(筆者撮影)

腹腔鏡手術は開腹手術と比べてかなり難易度が上がる。料理をする時に、手は使わずすべての道具が30cmの長さになり、かつ片目をつぶってやるとしたらどうだろうか。玉ねぎを手で押さえて切ったり、レタスを剥いたりすることがかなり難しくなるだろう。患者さんには、「まるで菜箸で食事をするような難しさ」と伝えている。

この難しさを解決したのが、ロボットなのだ。腹腔鏡手術とキズの大きさ・数は基本的に変わらないが、とんでもない機能がたくさんついている。

ダヴィンチってどんなロボット?

いま日本と世界で最も使われている手術ロボット「ダヴィンチ」の名前を耳にしたことがある人は多いだろう。

湘南東部総合病院のダヴィンチX実機。左の黒いほうを外科医が操ると、右の白いほうの4本あるアームが動く(筆者撮影)
湘南東部総合病院のダヴィンチX実機。左の黒いほうを外科医が操ると、右の白いほうの4本あるアームが動く(筆者撮影)

これには外科医を助ける以下の機能がある。

・ゆったり座って執刀できる機能

・3Dの高精細モニター

・手ブレ防止

・スケーリング(手元を3cm動かすと鉗子は1cmだけ動く)

・多関節

簡単に言えば、「肉眼よりはるかによく見えるようになり、手先が器用になる」機能である。手術後の疲れもずいぶんと違う。外科医がラクに手術を執刀できるということは、その分クオリティが上がることを意味する。

3機を比べてみた

ここまで主にダヴィンチについて解説したが、2023年3月現在、手術支援ロボットとして日本で販売されているのはダヴィンチ、hinotori、Hugoの3機である。これらを、すべて試したことのある外科医の立場から比較する。

hinotoriは国産ロボットで、川崎重工業の技術が取り入れられている。名前の由来になった火の鳥については、関係者が手塚治虫のファンだったことから名付けられ、手塚プロダクションからの許諾も得ているという。

国産の手術支援ロボットhinotori(第34回内視鏡外科学会にて 筆者撮影)
国産の手術支援ロボットhinotori(第34回内視鏡外科学会にて 筆者撮影)

一方、Hugo(ヒューゴ、と発音するのが正式だそうだ)は2022年12月に販売を開始したばかりの新しいマシンだ。

Hugo (ヒューゴ) はアームがそれぞれ独立している(筆者撮影)
Hugo (ヒューゴ) はアームがそれぞれ独立している(筆者撮影)

機能の比較

どれも大きな違いはない、というのが筆者の結論だ。前述したような機能は3機とも実装されている。特にダヴィンチとhinotoriはかなり類似点が多い。

Hugoはアームが独立している点、そして下の写真のように執刀医の見るモニターが没入型でない(顔を突っ込むタイプではない)点が大きく異なっている。

Hugoでは、執刀医は3Dグラスをつけて大きなモニターを見る(筆者撮影)
Hugoでは、執刀医は3Dグラスをつけて大きなモニターを見る(筆者撮影)

シェアの比較

国内シェアについては、それぞれの企業が正確な数字を公表していないため、筆者独自の情報になる。ダヴィンチが現在550台を超えたと聞いている。一方、hinotoriは30台、Hugoは販売開始直後でありまだ不明、という状況である。日本で手術を活発に行う病院は約1500あるが、主要な病院ではほぼすべてダヴィンチがすでに導入されている。

そのような寡占状態にhinotoriとHugoが参入した、という構図である。

コストの比較

手術ロボットは非常に高価である。例えばダヴィンチの最新機Xiは導入に約3億円かかり、ランニングコストも年に1000〜2000万円がかかる。国が負担してくれるわけではなく、これらはすべて病院がまかなっている。

後発のhinotori、Hugoは残念ながら価格非公開とのことであったが、「ダヴィンチは高すぎて手が出ないが、それより低価格であれば導入する」病院も一定数あると筆者は実感している。

未来予想

以上の点を踏まえ、筆者の経験も加えて未来の予想をしたい。

まず、ほとんどの手術はロボット手術になる、ということだ。これはもう間違いがないと言って良い。現在、外科系の学会に顔を出すとロボット関連の議論だらけである。あらゆる外科医がロボットに注目している、と言っても過言ではないだろう。これは、手術を受ける側としても歓迎したい。今までより小さい傷で、今までより高い質の手術を(多少手術時間は延びるが)受けられるのだ。

そして価格競争が始まり、一気に手術ロボットを導入する病院が増える。これも噂レベルだが、ダヴィンチはhinotoriが販売開始になるタイミングを狙って廉価版のXというマシンを1億円安い2億円で市場に投入したという話もある。

一気に中小病院での導入が増える可能性があることを考え、筆者はダヴィンチを安全に導入するための教科書を作成し2023年3月に出版した(「ダヴィンチ導入完全マニュアル」メジカルビュー社)。

今後、大きな事故が起こらないことを祈りつつ、安全にロボット手術が普及し、ひいては手術を受けるすべての人の利益になることを願う。

※筆者は記事中に出てくるロボットを販売している会社と一切利害関係はありません。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人のテーマ支援記事です。オーサーが発案した記事テーマについて、一部執筆費用を負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

中山祐次郎の最近の記事