「がんが消えた!?」トンデモ健康本はなぜ出版され続けるのかー医師の視点

その内容、信じていいのか?(写真:アフロ)

先日のこと。ツイッター上で大リーガーのダルビッシュ有選手がいわゆる「炎上」をしていました。どうやら根拠の弱い健康本をツイッターでオススメしていたとのこと。ツイッター上の医師や研究者が一斉に反論し、一時は大騒ぎになりました。

なぜこんなことが起こってしまったのでしょうか。ダルビッシュ選手のこの疑問に答えつつ、考えます。

「いわゆる『トンデモ』と言われる本が世の中にいっぱいあるわけなんですが、なぜそのような本って売っていいんだろ その根絶させれば間違った道に行ってしまう事は防げますよね。 誰か詳しい人教えてください!」

ダルビッシュ有選手のツイートより引用)

「トンデモ」とは、トンデモ健康本のこと。トンデモなく無根拠ででたらめなものを指します。

健康について、ある情報が正しいかどうかを判断する能力のことを、専門的には「ヘルスリテラシー」と言います。一般の方がこれを培うことは、簡単ではありません。そして実は医者にとっても、そう簡単ではないのです。恥ずかしながら13年間医者をやってきた私も、そういった勉強を大学院で専門的にするまでは不十分だったと反省しています。

さて、ダルビッシュ選手の「なぜトンデモ本を売っていいんだ?」に答えましょう。出版業界を敵に回す内容かもしれませんが、遠慮も忖度(そんたく)もなくお話ししたいと思います。

誰が書くのか?

はじめに、「誰がトンデモ健康本を書くのか?」について考えましょう。

私はこの1年で本を二冊出したこともあり、よく本屋さんに行って多数の本を見ています。そして新聞も購読していますので、本の新聞広告欄をほぼ毎日チェックしています。

すると、あるわあるわ、過激なタイトル。こんなものが目立ちます。

・長生きしたければ〇〇しなさい

・健康になりたければ〇〇しなさい

・がんを治した人たちがやっていた〇〇

本当に似たタイトルが多いものです。すべて読んだわけではないのですが、ちらっと見ると、医学的には弱い根拠を、誇大に吹聴している本が目立ちます。

残念なのは、それを医師や医学博士、大学教授が書いている場合があることです。一般の人は「おお、医師が・医学博士が・大学教授が書いているなら信用できる」と思いますよね。しかし、医師や大学教授であっても、「その情報がどれだけ確からしいかを判定する能力」を十分に持っているかどうかはまったく別の問題なのです。

筆者が医療の専門家でない場合もあります。もちろん書いて悪いことはないのですが、残念ながら信頼性があまりないものが多い印象です。一個人の体験や、科学的に妥当でない方法から結論を導いているものが多いのです。こういったものは、「100%誤りである」わけではありませんが、「信頼性は非常に低い」と言えます。

医者の「効く」はどのように導かれるか

医療の専門家の世界では、「ある薬が効いたかどうか」を例えばこのように判定しています。そっくりな200人を集めてきて、この薬を使う100人と使わない100人をランダムに選ぶ。研究者はそこに関与しない。結果は、どの人が薬を使ったかわからない人が判定する。そして薬を使わない100人も、薬とそっくりな偽物の薬を渡されるので、自分が渡された物が薬なのか偽物なのかわからないまま飲む。

これは「二重盲検化ランダム化比較試験」と呼ばれ、「いかにズルをしないで、研究者の主観など結果を歪ませるものが入らない状態で真実を見ることができるか」に主眼が置かれたものです。こういった研究の方法を研究開始前に全世界に公表します。こういった研究の結果がいくつも出たところで、全部をひっくるめて再検討し、本当に効果があるかどうかを考えるのです。いかに厳しい客観性の中で、しかも慎重に調べているかがおわかりいただけたでしょうか。

なぜ出版社は出すのか?

なぜ出版社はトンデモ健康本を出版するのかについて考えます。

本を出すときは通常、こんな流れになります。出版社の編集者が企画を考え、筆者に提案し、会社の会議に通れば、後は編集者と筆者の二人で本を作ります(共著者がいる場合など、例外もあります)。

あらゆる本では、編集者と筆者の二人の頭脳が本の天井になります。正しさも、面白さも、わかりやすさもすべてです。本作りにはこういう密室性があるのです。私はこれを不思議に思っていたので、昨年出版した『医者の本音』という本を書く過程では、約140人のブレインの方に原稿を見てもらい、意見を伺いつつ作りました。こうすれば、私の独善性や明らかな誤りはある程度排除できると考えたからです。

本は、編集者と筆者の二人が作った後、「校閲(こうえつ)」に入ります。校閲とは、専門の人が、原稿の内容が正しいかどうかを調べ上げるものです。

しかし、校閲は医療の専門家ではありません。残念ながらトンデモ情報や論理飛躍はここでも見過ごされ、出版までたどり着くのです。ですから、本作りの工程は誤りが修正されにくいシステムだと言えます。これは、実際に私が本を書いていても「怖いな」と感じたことです。

制作面ではこういった理由があります。しかし、怪しい本が出続ける一番の理由は、「過激なタイトルの健康本がよく売れるから」に他なりません。内容が多少怪しくても、表現の自由を盾に誰も訴訟を起こすなどしないのでしょう。私の考えでは、ヘルスリテラシーの専門家が「出版された本をすべて精査し、誤りを突っ込む。ひどい本は訴える」とするか、公的機関が規制をすることが必要だと思います。

しかし、そういうシステムは今の日本にはありません。ですから、残念ながらトンデモ健康本はしばらくはなくならないでしょう。みなさん一人ひとりが注意をし、正しさに目を凝らす必要があるのです

週刊誌はどうか?

本と似たもので、週刊誌はどうでしょうか。私はここ1年ほど、週刊誌の取材をよく受けています。おそらくこの1年ほどで、市販のメジャーな週刊誌にはほぼすべて、一度ずつ以上取材を受けたように思います。また、私は作家の林真理子さんのファンなので、エッセイが載っている週刊文春はほぼ毎号見ています。それ以外にも、どんな記事が読まれているのか、どんな記事が読者に届きやすいのかのいい市場ウォッチになるので、よく目を通しています。

最近では、医療記事がない週刊誌は皆無と言えるほどで、ほぼすべての週刊誌で、毎号健康特集や病院特集が組まれています。

その前提で申し上げると、私のイメージでは、週刊誌の医療・健康情報は「タイトルも内容も、過激さに重きを置きすぎている」とおおまかに感じます。私はずいぶんいろいろな週刊誌の記者さんに会いましたが、中には、すでに自分のストーリーを取材前に作っていて、そこにハマるせりふを医者に言わせたいだけの人が少なからずいます。

さらには、「殺される」「死なない」など、文言を過激にして目を引くことを目的にしているだけとしか思えない雑誌もあります。その一方で、もちろんきっちり勉強し、しっかりと真実を射抜こうとする記者さんもいます。「ちゃんとした取材をする週刊誌リスト」を書きたいくらいです。

つまり、雑誌によって「信頼に足るもの」と「煽りだけのもの」というふうに、かなり違っています。ですから、週刊誌の医療・健康情報は、あまり鵜呑みにせず、あくまで「一意見=ああ、そういう意見もあるんだ」としてとらえるのがよいでしょう。内容は、ウソばかりというわけではありません。しかし、いつも「衝撃の新事実!」が明らかになっているわけでもありません。

そして、当たり前かもしれませんが、週刊誌の記事には公的な視点があまりありません。国全体や、医療界全体のことを考えた発言は極めて少なく、あくまで読者個人の利益と、出版社の利益を最大化するように書かれている印象です。

※以上の記事は、「がん外科医の本音」(中山祐次郎著 2019年6月 SBクリエイティブ)からの引用です。また、日経ビジネスオンライン「一介の外科医・日々是絶筆」(中山祐次郎)連載第41回「ダルビッシュ選手も炎上、怪しい「健康本」が生まれる理由」を一部改変して執筆しています。