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医者はなぜ忙しい?残業年2000時間の衝撃 医師の視点

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
医師の労働時間は過労死レベルをはるかに超え、過労死する医師のニュースは続いている(写真:アフロ)

厚生労働省は先日、医師の残業時間の上限を「年1900〜2000時間」とする制度案を示した。

年2000時間とは、月に167時間、週に38時間だ。

一週間に38時間の残業時間は、想像がつくだろうか。月曜〜金曜までの週5日勤務とすると、1日7時間36分の残業となる。勤務時間ではなく、残業だ。

9時〜17時の勤務の場合、朝7時〜夜22時36分まで働くということだ(上限いっぱいの場合)。

ここまで考えて、外科医である筆者は「ああ、とてもリアルな数字だ」と感じた。

病院勤務医で、内科や外科など忙しい科では7時〜22時36分はとても自然だからだ。

なぜ医者はこれほど忙しいのだろうか。

そもそもなぜ医者は忙しいのか?

医者が忙しい理由はなんだろうか。なぜ超長時間労働なのだろうか。

一般的なイメージでは、白衣を着て椅子に座り、「今日はどうしましたか」と話しているのが医師だろう。

しかしそれは開業医で、多くの医師は病院の勤務医として働いている。

開業医の場合、個人でやっていることが多いので労働時間はある程度コントロール可能だ。

しかし病院勤務医は一般に超長時間労働をしている。

その理由は、主にこの3点に集約される。

1, 人間相手であり予測がつかないが、交代制ではない

2, 当直という業務

3, 医師でなければならない仕事以外が多い

少し長くなるが、順に説明したい。

1, 人間相手であり予測がつかないが、交代制ではない

医師の仕事は、病気で困っている人を相手としている。どんな病気なのか、どれほど重いのかを明らかにする「診断」と、痛みや苦痛を取り日常生活を送れるようにする「治療」の2つのパートがある。

「診断」はある程度の検査手順(アルゴリズム)が決まっている病気が増えてきた。だから、医師としては仕事量はそれほど予測不可能ではない。例えば胃が痛い人には、問診で詳しくどんな時に痛いかを聞き、胃がんや胃潰瘍を疑ったら採血と胃カメラとCT検査をする、という具合だ。

しかし、「治療」は実に人それぞれだ。

筆者は大腸癌などの手術を専門とする外科医で、これまで2000件以上の手術に携わってきた。これだけの数になると、似た背景で、しかも似た病気の進行具合の患者さんの手術を多く行っている。

例えば60代前半で仕事引退間近の、中肉中背の男性が、ステージ2の直腸癌で手術を受ける。同じ検査をし、手術の方針とする。

腹腔鏡手術で、5mmの小さい傷を4ヶ所とへそに4cmの傷を一つで2時間で終わる。出血はほぼゼロだ。

多くの患者さんは翌日歩くことができる。尿の管を外す。そして手術後数日して、食事を始める。

この辺りから、少しずつ人によって違ってくる。

ある人はなんとなく食欲がない。ある人はお腹がパンパンに張ってしまう。ある人は高熱を出し腹痛がある。ある人は食事を全量ぺろりと食べる。

稀には、痛み止めが合わず全身にブツブツができる。手術後ずっと声がかすれる。

これらは合併症(がっぺいしょう)と呼ばれる。そっくりな患者さんにほぼ同じ手術をしても、患者さんによって合併症が起きたり起きなかったりするのだ。

もちろん外科医は合併症が起きないよう日々研究をしているが、それでも一定の割合で起きる。

手術ならまだ予測はつきやすい方で、抗がん剤治療や他の病気の治療だともっと予測はつきにくい。

このように、治療の結果を正確に予測することはとても難しい。しかし患者さんにとっては、一生に一度の治療で、大切な自分の体だ。「あなたの前の人まで100人上手く行っていましたが、あなたで途絶えましたね」と言われてハイそうですかと言える人はいない。筆者だって怒るだろう。

しかし、医師の実感として感じること、それは「医療とはとんでもなく不確実である」ということだ。時々、筆者は「絶対に外してはいけない天気予報」をしている気になる。不謹慎を承知で言えば、天気予報が外れても人は死なないし訴訟にならないが、医者が外すと極めて重大なことになるし訴えられることもある。

だから、医師の勤務時間は極めて難しい。普通の医師は、責任感から土日や休日であっても病院に顔を出し、患者さんに予測外のトラブルが起きていないかをチェックする。入院したことがある人なら、休日に医師がちらっと来た経験がある人も多いだろう。筆者も原則、出張などがなければ、休日と定められていても100%患者さんを見に1日1回は病院へ行く。

そして、医師は交代制のところが非常に少ない。「主治医制」といって、一人の患者さんには一人の主治医がいる。主治医は担当患者さんに全責任を持つ。24時間365日だ。ところで人間の体は休日も稼働しており、もちろん患者さんは土日でも大晦日でも元旦でも熱が出る。すると主治医はすっ飛んでいって治療をするのだ。

そのような体制だと、医師は「今日はあの患者さんが心配だから遅くまでいる・病院に泊まる」ということがある。

だから医師の勤務時間は必然的に超長時間になるのである。

2, 当直という業務

医師には「当直(とうちょく)」という業務がある。これは、法律で決まっている。ある大きさ以上の病院は、必ず夜間も休日も医師が病院内にいなければならない。これを当直という。

当直中の仕事は、病院によって様々だが、「救急外来で急患を診察する」場合と「病院内に入院している患者さんの不測の事態に対応する」場合がある。前者は徹夜で働くこともある。後者でも、前述のように人間の体は時を選ばず悪くなるから、結構色々な仕事が発生する。

これが、医師の仕事の特殊性だ。

そして信じてもらえないとは思うが、当直で一晩働いた後でも医師はそのまま翌日の勤務に入る。殆どの場合休憩時間はない。

ちなみに、多くの病院は労働基準法に違反した状態で働かせているが、これは昔からなのであまり誰も声を上げない。

労働基準法は、

・常態としてほとんど労働する必要のない勤務

・原則として、通常の労働の継続は許可しない

を規定している(医師の宿日直勤務と労働基準法より引用)。

だいたい40時間くらい連続で勤務するのだが、「眠くないの?」という声が聞こえてきそうだ。

ハッキリ言うが、眠い。当たり前だ。そしてこの当たり前を証明した研究もある。

激務の人の場合、アルコールを飲んでいないのに、同じくらい反応が遅れていました。ほろ酔い状態と同じくらい、脳のパフォーマンスが落ちていたのです。

出典:市川衛 「酒酔いの医師が、手術室に入ってきたらどう思う?医師の働き方問題は、私たちの安全問題でもある」

当直を含む1回の勤務で、看護師が5, 6人交代することは普通だ。看護師ももちろん激務だが、それでも「ゼロ交代」の職としては時々羨ましくなる。

3, 医師でなければならない仕事以外が多い

最後は、医師が超長時間勤務でやっている仕事は、実は 医師でなければならない仕事以外が多い点を述べておく。

医師には、実は書類仕事や単純作業が多い。筆者が研修医のころは、勤務病院では点滴の針を刺すのは医師でなければならないとされていた。しかし法的にもそんな根拠はなく、途中から看護師の業務となり、医師の仕事に集中できると喜んだのを覚えている。

しかし、おそらく今でも医師の業務とされている病院はあるだろう。不思議なことに、病院ごとに全くルールが異なるのが医療界だ。

書類仕事は、わずかな医療知識と電子カルテの操作法がわかれば医師でなくても出来るものが多い。これはかなり事務員などに置き換わってきたが、これを更に進めること(タスク・シフティングという)を厚生労働省は推進している。

この点は改善の見込みがあると言えるだろう。

本気で解決するには?

では、医師の超長時間労働を解決するにはどうすればよいだろうか。筆者は医師だが、現場の医師の立場のみならず、日本の医療全体の視点で考える。

その答えは、「医師数を増やすこと」「病院を統合して数を減らし、医師を一ヶ所に多く集めて交代制にすること」である。

医療費は増え続けている中で、医師数を増やすことは容易でない。

こちらは医師の給与単価を下げ、医師数を増やすことで解決できる。給与単価を下げると質が下がるという意見があるが、医師過労死が続く状態を放置できない。また、医師たちが「ほろ酔い」レベルで行っている医療と、どちらの質が高いだろうか。

また、病院統合はステークホルダーが多すぎて調整不可能だ、と厚労省の意見が聞こえてきそうだ。ならば、診療報酬点数に傾斜をつけるなどして、お得意の政策誘導で行えば良いのではないか。

手を打たないとどうなる?

手を打たないとどうなるか。

現状では、医師は医師免許取得後、まず病院で研修を行う。数年してから開業するもの、そのまま病院勤務医を続けるものと分かれる。

近年では第三の道として、医師でない仕事をするものが増えてきた。

医療知識を生かして起業したり、製薬企業など医療関連企業に勤めるという方法だ。

私の予測では、第四の道として、海外へ活路を見出す医師が出始めると考えている。その国在住の日本人向けの診療をする、あるいは高度な技術によりその国の医師免許を得て、現地の医師として働くという道だ。日本よりはるかに短時間勤務で、はるかに高い質の生活が可能になる。

海外に医師を紹介するエージェントもあると聞く。

以上、医師の残業時間のニュースから、医師が忙しい理由と、これからの医師についてまとめた。

(追記 2019.1.12 21時)

なお、今回の厚生労働省の「医師の働き方改革に関する検討会」では、医師の超長時間労働を和らげる案が出ていることも注目に値する。

ポイントは、「36時間連続勤務」のような命の危険がある過酷な勤務はやめさせ、必ず当直明けには休めるようにしている点だ。例えば9時から24時間勤務した場合は、翌日の13時には帰り、必ずその日は休ませるとしている。

さらに、その当直が本当に「泊まるだけ」(宿日直許可)の時かどうかを病院にチェックさせるという点も重要である。

詳細は以下をご参照下さい。

「当直及び当直明けの日を除き、24 時間の中で、通常の日勤(9時間程度の 連続勤務)後の次の勤務までに9時間のインターバル(休息)を確保。当直明けの連続勤務は、宿日直許可を受けている「労働密度がまばら」の 場合を除き、前日の勤務開始から 28 時間までとすること。この後の勤務 間インターバルは 18 時間とすること。長時間の手術や急患の対応などやむをえない事情で必要な休息時間が確保できない場合は、その分を積み立て、別途休暇を取得させる「代償休暇」 とすること。」

第16回医師の働き方改革に関する検討会 資料より抜粋)

(追記ここまで)

※本文中の「医師」は、おおむね病院勤務医を指しています。

※厚生労働省の議論の詳細は、この厚生労働省のページから見ることができます。

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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