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【大杉漣さん報道】メディアの皆さん、死因の推測はやめませんか

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
肉親が亡くなったその日に、こんな風に記者に囲まれるのってどうなんでしょうか(写真:ロイター/アフロ)

俳優の大杉漣さんが21日、急逝されました。その後、死因についての報道やご遺族への取材が過熱しました。有名人が亡くなると、いつもの流れです。私は医師として、そして一発信者として、有名人訃報の報道のあり方について、メディアに意見を述べたいと思います。

【この記事の目次】

1, 大杉漣さん報道の実際

2, なぜ有名人の死は晒されるか

3, 有名人訃報報道には2種類ある

4, メディアへの提案

はじめに、筆者の立場を明確にしておきます。

私は胃腸や感染症などを専門とする医師で、同時に書籍やここYahoo!ニュース個人や日経ビジネス・日経メディカルなどで医療記事などを発信しています。発信はここ3年ほど行なっており、ジャーナリズムについての特別な教育を受けてはいません。

1, 大杉漣さん報道の実際

俳優の大杉漣さんが21日、66歳の若さで急逝されました。私はそれをまずNHKのニュースで知りました。NHKでは、「急性心不全のため、亡くなりました」と報じていたのです。

その後他のテレビ番組で、自宅の前のような場所で息子さんのインタビュー映像が流れました。フラッシュが多数たかれ、大勢の報道陣に囲まれている中で息子さんは憔悴した顔で「まだ信じられない」と言っていました。

この時、私は強い違和感を感じました。父を突然亡くした息子に「今のお気持ちは」や「どんなお父さんでしたか」と聞くことがどれほど精神的ダメージを与えるのだろうか、と思ったのです。

そして、こんな記事が出ました。

「他局が画を取れているのに、自分のところだけなければ大ごとになる。それはわかりますが、フジテレビは何と隼平さんに、もう一度同じことを話してくれって頼み込んだんです」

出典:大杉漣さんの訃報で、フジテレビが長男に頼み込んだ「酷な要求」 薮入うらら 2018/2/23

詳細は引用元記事にありますが、まとめるとフジテレビの記者だけが遅れて大杉漣さん自宅にやってきて、息子さんのコメントを撮影し逃してしまったため、「もう一度同じことを話してくれ」と頼んだそうです。

この記事の内容が事実だとしたら、遺族の心情をなんとも思わない、ひどい行動と言わざるを得ません。

これ以外にも、大杉漣さんの死因を推測する番組は多数あり、中には医師が出演して解説する場面もみられました。

2, なぜ有名人の死は晒されるか

なぜこのようにして、有名人の死去は詳細に報道されるのでしょうか。同じ議論は何度もされており、2017年6月の小林麻央さん訃報の際にも取り上げられました。しかしメディアの姿勢は何も変わりません。

もし亡くなった方が一般の方だった場合、憲法でも保証されている「プライバシー権」によって詳細な報道はされないでしょう。なぜなら「死因」、つまり「死亡した原因」という情報は極めてレベルの高い個人情報だからです。

しかし、大杉漣さんは有名人です。有名人や政治家などは「公人」とされ、「報道の自由」が優先されるということになっています。その根拠は、公共の利益のためになる場合は、プライバシー権を侵害していても報道することが許されるということのようです。

「ようです」と書いたのは、ここはとても個別性が高く、どんな人のどんな情報かによっても違う扱いになるからです。

例えば、ある国会議員が突然高価なプライベートジェット機を3機購入したら、「その資金はどこからきたのか」についての報道は政治不正などの可能性があり、公共の利益に値するでしょう。

しかし、芸能人の不倫についてはどうでしょうか。公共の利益にどの程度資するかは不明だと私は考えます。

この議論は、この記事「有名人の「死因」に関する報道について、立ち止まって考えてみたいこと」(市川衛)を参考にしています。詳細はぜひこの記事をご一読ください。

3, 有名人訃報報道には2種類ある

話は変わり、有名人の訃報を報じる意義は2つあると私は考えています。それは、

(1) その有名人の詳しい病状を知りたいニーズに応える

(2) 訃報をきっかけに、その病気や予防法、あるいは「死」そのものの啓発をする

です。

(1)については、人々の知りたい欲求があり、報道機関が営利を目的としたところである以上はなくなりません。

(2) について、正直なところ、これを私はよく使っています。過去にも多数この方法を用いて記事を書いています。

星野仙一さんがすい臓がんで亡くなった時、私はすい臓がんの解説記事を書きました。普段であれば、すい臓がんに興味がないので誰も読みませんが、この時は多くの方に読んでいただきました。病気というものは、健康な時には想像しないし、想像したくない類のものです。不健康の極みである「死」についてはさらにその傾向があります。

以上の2つのうち、(2)であれば許容されると私は考えています。しかし(1)についても、死因を知りたい欲求がなくならない限りは消えることはないでしょう。

そうであれば、私はこんなアイデアを提案します。

4, メディアへの提案

報道機関は、報道ガイドラインによって有名人の死因報道をある程度制限される。

これが私の考える解決策です。経済合理性がないのだから、規制によってのみ本件は解決すると考えます。

参考までに、イギリス公共放送であるBBCの編集ガイドラインを紹介します。

When using the public interest to justify an intrusion, consideration should be given to proportionality; the greater the intrusion, the greater the public interest required to justify it.

公共の利益によってプライバシーの侵害を正当化するときには、それらが釣り合っているかどうかを考える必要があります。つまり、大きくプライバシーを侵害するときは、それに比例して大きな公共の利益が正当化には必要であるということです。

(筆者訳)

出典:BBC Editorial Guidelines

これがどの程度実効性を持っているかは知りません。が、プライバシー侵害をするならきちんと公共の利益がなければいけませんよ、という主張はとてもしっくりきます。

正直なところ、医師としては、報道された症状や経過から、その有名人がどんな病気でどのようにして亡くなったかを推測することは可能です。専門家であれば、かなり正確に病名を絞ることができると思います。しかしその「推理ゲーム」を報道することの意味について、取材を受ける側の専門家としても考える必要はあると考えています。

以上、有名人の訃報報道について私見を述べました。

※本記事は、市川衛氏と榎木英介氏との議論に着想を得て、お二人からいただいた意見も入れつつ許可のもと執筆しました。ご協力に、深謝申し上げます。

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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