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インフルエンザワクチンの注射はなぜ痛い?医師の視点

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
インフルエンザワクチンの注射ってけっこう痛いんですよね(ペイレスイメージズ/アフロ)

11月も終盤にさしかかり、そろそろインフルエンザのワクチン注射を打った人が多いと思います。あの注射はなぜ痛いのか、医師の立場から解説し、ワクチンを作っている会社に話を聞きました。

ワクチンの注射が痛い理由は、

・皮下(ひか)注射という注射だから

・ワクチンの成分に痛くなるものがあるから

です。順に説明します。

注射には4種類ある

インフルエンザワクチンは「皮下(ひか)注射」という注射をします。この注射方法が、痛みを起こす一つの原因になっています。

注射とひとことで言っても、実は針が入る場所によって4種類の注射があります。

・皮下(ひか)注射

・皮内(ひない)注射

・静脈注射

・筋肉注射

の4つです。他にも関節内注射や髄腔内注射など特殊なところに打つ注射はありますが、基本はこの4つ。どういう違いか、見ていきましょう。

まず皮膚(ひふ)はどんなふうに出来ているのでしょうか。医師向けの教科書を見てみます。

皮膚の構造 「あたらしい皮膚科学(第二版)」より引用
皮膚の構造 「あたらしい皮膚科学(第二版)」より引用

(あたらしい皮膚科学(第二版) 北海道大学大学院医学研究院・医学部 皮膚科)

これだと詳しすぎて難しいので、すごく単純化してみたいと思います。

医者や看護師の頭の中ではだいたいこのくらいの理解でしょう。

単純化した皮膚のつくり(以下全ての画像は筆者作成)
単純化した皮膚のつくり(以下全ての画像は筆者作成)

表面から、表皮(ひょうひ)→真皮(しんぴ)→皮下組織→筋肉となっていきます。筋肉が一番奥で、その奥には骨があります。だいたい体のどこでも皮膚はこんな構造です。

先ほどあげた4つの注射は、この皮膚のどこに薬が入るかで分けられています。

インフルエンザワクチンは皮下注射

この中で、インフルエンザワクチン注射は「皮下注射」というものです。

図に描くと、このようになります。

ワクチンで行う皮下注射
ワクチンで行う皮下注射

この図の肌色の部分が皮下組織と呼ばれる部分で、ここにワクチンを打つことになっています。

この皮下組織は脂肪や血管がある部分です。もう少し奥に行くと筋肉に入って筋肉内注射になり、浅いと麻酔で使われる皮内注射という注射になります。

点滴はワクチンとは違うところに打つ

ところで、病院で行う点滴ってありますよね。あれはワクチンとは違うところに打つのです。絵で描きますと、

点滴では、針は静脈の中に入っている
点滴では、針は静脈の中に入っている

このように針の先は静脈という血管の中に入っています。静脈の中は絶えず血がびゅうびゅうと流れていますから、静脈に注射したらあっという間に全身を巡ります。そのスピードは速く、薬を注射して1分待てばほぼ頭からつま先まで、そしてほぼ全ての内臓にまで行き届くほどです。

その一方でワクチンを打つ皮下注射では、注射を打ったあとすぐに全身を巡ることはありません。ワクチンの液体は注射したその場所に留まっていますから、こんな風に少しふくらみます。ふくらむと、痛くなります。

ワクチンを打つと、このように全体がふくらむ
ワクチンを打つと、このように全体がふくらむ

皮下に注入したワクチンは少しずつ吸収されますが、それまでの間はこのようにふくらんでいます。それが痛みを引き起こします。

このような物理的な痛みに加えて、注射を打った場所には軽い炎症が起きて痛みが少し続くのです。炎症とはぶつけたり異物が入った時におきるもので、はれたり痛くなったりする現象です。

ちなみに皮内(ひない)注射はこんな具合です。

麻酔で使う皮内注射
麻酔で使う皮内注射

これは、注射する医師としてはとても表面から近いところに針を刺さねばならず、技術的に難しいのです。また、注射される患者さんはかなり痛みがあります。しかし、薬が少量で広がる特徴があるため、局所麻酔の時にこの方法はしばしば使われます。

ワクチンを作っている会社に聞きました

少し話は変わりますが、「今年のワクチンは去年より痛い」なんて話を我々医師や看護師さんでもよくします。でもこれって本当なんでしょうか?その疑問に答えるために、ワクチンを作っている会社にインタビューしました。

ちなみに、インフルエンザワクチンは毎年中身が変わっていて、「ワクチン株」というものだけが違います。インフルエンザのワクチンは、国内外のデータから「今年の流行はきっとこの種類のウイルスだろう」と専門家たちが予測して中身を決めているのです。

であれば、ワクチン株の違いで痛かったりそうでなかったりするのでしょうか?

お話を伺ったのは化学及血清療法研究所、通称化血研(かけつけん)というインフルエンザワクチンなどを作っているところです。すると、

「ワクチン株と痛みの関連性については、確認できておりません」

という回答をいただきました。ワクチン株によって痛いとか痛くないという差はあまりないのかもしれませんね。

しかし「痛み」は難しい

ただ、「痛み」という感覚は個人によって大きな差があることを忘れてはいけません。筆者は外科医として病院で働いており、毎日毎日似たような手術をしていますが、たとえ同じ手術の同じ傷の大きさであっても、患者さんの年齢や性別によって痛みの強さは大きく異なるのです。その差ははっきりしていて、痛み止めを使う回数が全然違うほどです。傾向としては若い男性は痛みを強く感じ、高齢の女性は痛みを弱く感じる方が多い印象です。もちろんそこには「我慢」という要素も入ってくるため、痛みの測定は非常に難しいのですね。

以上、インフルエンザワクチンの注射がなぜ痛いのか、注射を打つ場所と注射の中身についてまとめました。

(謝辞)

急な電話取材にもかかわらず丁寧にお答えくださった、化学及血清療法研究所 医薬営業本部 営業推進部 学術情報課の担当者の方に御礼申し上げます。

(専門家の皆さんへ)

ワクチン接種部位を皮下にするか筋肉にするかについて、国内では添付文書上皮下注射ですが海外では筋肉注射が一般的です。これには本邦の筋肉注射の歴史的背景もあります。本稿ではその点についての議論は据え置き、現状の添付文書での皮下注射について解説しています。

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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