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「代替医療をやりたい」と患者さんに言われたら?医師の本音

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
平均して月に5万7千円を出費しているという(がんの補完代替医療診療手引きより)(写真:アフロ)

 筆者は大腸がんを専門とする医師です。福島県の病院で、大腸がん患者さんの手術や抗がん剤治療に携わっています。

 大腸がんの治療中、患者さんに「◯◯療法をやりたい」と言われることがあります。◯◯は実にさまざまで、免疫だったり温熱だったり、高価な「水」だったり気功だったりします。これらの治療法はまとめて「代替(だいたい)医療」と呼ばれ、ほかにもサプリや健康食品、ビタミン療法などがあります。これらの治療法にどれくらいの効果があるのか。そして、患者さんに「◯◯療法をやりたい」と言われた時の医者の本音をお話したいと思います。

代替医療は病院でやる標準治療と違う

 初めに言っておきたいこと、それは、「がん患者さんの45%が、1種類以上の補完代替医療を利用している」(※詳細は下記1)、そして「平均して月に5万7千円を出費している」(※1)という事実があることです。その上で、解説しましょう。

 まず、代替医療のがん治療は病院のがん治療とは異なります。病院で行うがんの治療の多くは、科学的な根拠があるものが多いのです。

 例えば、大腸がんの患者さんに昔から使われていたAという抗がん剤があり、新薬Bが開発された場合、「BはAよりも優れている」という証明をしてから使えるようになります。その証明は「臨床試験」といい、大腸がんの患者さんを1000人集めて500人には従来のAを、そして残りの500人には新薬Bを使い、5年後に何人の患者さんが生存しているかを調べてどちらの薬が優れているかを判断します。こういった大規模な試験をやって初めて新薬Bは市販されるのです。その試験は多くの人が監視していて、新薬を売りたい製薬会社がズルをすることはめったにできません(たまにズルする事件が起きていますが)。手術という治療法でも、この切り方とあの切り方のどちらがいいか、ということは検証されているものが多いのです(例えば胃がんのリンパ節郭清範囲など)。

 一方、代替医療はこういった検証がない治療が多いです(中には証明されてきたものもあります)。代替医療の多くは経験的な積み重ねで行われてきました。

「代替医療のがん治療は病院の治療より生存を延長させない」という報告

 この「代替医療」について、今年8月に米国研究者からこんな報告がありました。それは、「代替医療のがん治療は病院の治療より生存を延長させない」というもの(※2)。簡単に紹介します。乳がん、大腸がん、前立腺がん、肺がんの患者さんで代替医療を受けた280人と病院の従来の治療を受けた560人の5年後の生存率を比べると、従来の治療を受けた人たちの方が生存率が良かったという結果でした。代替医療を受けた人は、従来の治療を受けた人よりも2.5倍高い死亡のリスクがあったのです。

 そして驚くべきことには、この代替医療を選ぶ人は高学歴や経済的に恵まれた人々であったという結果もありました。

なぜ有名人は代替医療を選ぶのか?

 最近の報道を見ると、がんで亡くなった有名人の中で多くの人が代替医療を選んでいました。中には「金の棒でこする」などというにわかには効き目が信じがたいものも。

 先ほどの研究結果でも、高学歴やお金持ちの人々がより代替医療を選択する傾向にあるとありました。なぜこのようなことが起きるのでしょうか。その理由の一つには、病院で受けられる治療は誰でも同じ額で受けられるという点があげられます。いいサービスを受けるためには高いお金を払うーーーこれは当然のことですが、日本国内の病院で受ける治療に限っては違います。日本では「標準治療」という名前で、ほとんど日本じゅうどこの病院でもどんな患者さんでもほぼ同じ治療が受けられるのです。大金持ちの人も、生活保護を受給していて医療費が無料の人も同じです。負担額はちょっと変わりますが、内容は変わりません。

 そのことが、判断を誤らせている可能性があります。治療の効果は、お金を出せばもっといいものになるに違いない。そう思った人が、高額ながんの代替医療を選んでいるのかもしれません。

患者さんに代替医療を受けたいと言われたら

 では、患者さんに「代替医療を受けたい」と言われた場合、医師はどう考えているでしょうか。ここからは私見や知人の医師に聞いた内容も混ざっています。

 多くの医者は、「がんに効くかどうかわからないので、なんとも言えない」と思っています。代替医療は、その多くが効果の検証をされていませんので、効果は不明なのです。先ほど引用した研究の結果などから、「効かないのではないかな・・」と薄々思っている程度です。そして、さらにはその代替医療の名前さえ知らないことが多いのです。この表は、がんの治療を専門とする医師へのアンケート結果です。

医師751人へのアンケート、赤が「知らない」(がんの補完代替医療診療手引きより引用)
医師751人へのアンケート、赤が「知らない」(がんの補完代替医療診療手引きより引用)

これを見ると、ほとんどの医師が「知らない」と答えていることがわかります。私もタラソテラピー、菜食療法などは初めて聞きました。医師側は代替医療についてもうすこし学ぶ必要がありそうです。

患者さんへ、医師に言って欲しい

 ここで患者さんへのメッセージです。サプリなどの代替医療をやっていることを、医師に伝えて欲しいのです。なぜなら、病院で行っている治療に影響がある可能性があるから。そして、あまりに高額なものを使わされていることがあるからです。アンケートでは、「補完代替医療を利用している患者の61%は、主治医に相談していない」(※1)そうです。それを言って主治医は怒るかもしれませんが、そういう医師はあまり高い能力ではありません。

ドクターへ、患者さんに聞いて欲しい

 そして、すべてのがん患者さんの診療に携わる医師の皆さんへ。患者さんに、ぜひ「なにかサプリとか使っていますか?」と聞いてみてください。重要な診療上の情報ですし、代替医療には思わぬ副作用が隠れていることがあります。「補完代替医療を利用している患者の5%が、副作用を経験した」(※1)という報告もあります。いつ聞くのかについては、初診時が一番良いように思います。次いで再発や増悪などのタイミングでも繰り返し聞くほうが良いでしょう。そして、くれぐれも「頭ごなしに否定しない」ことが重要です。治療を受けるのは患者さんであり、治療方法を決めるのはガイドラインでも医師でもなく患者さん本人だからです。コミュニケーションのポイントは、下記の医療者向け手引きにありますのでご参照ください。

 ちなみに私は、患者さんにこう言っています。「サプリなどでがんの治療効果が証明されたものはほぼありません。ですから、あまり高いものはやめておいて下さい」と。

以上、がんの代替医療についてまとめました。

※筆者は代替医療そのものを全否定する立場ではありません。鍼灸などはその効果を体験で実感しています。詳しくはこの記事「西洋医学の医者がハリ治療を受けて感じたこと」をご覧ください。

※記事中の「代替医療」「補完代替医療」という用語は、概ね以下の定義に従って使っています。

1, がんの補完代替医療(CAM)|診療手引きより

「米国の国立補完代替医療センター[National Center for Complementary and AlternativeMedicine(NCCAM);http://nccam.nih.gov/ ]によると補完代替医療の定義は「一般的に従来の通常医療と見なされていない、さまざまな医療ヘルスケアシステム、施術、生成物などの総称(Complementary andalternativemedicine is agroup of diverse medicaland health care systems, practices, andproducts that arenotgenerally considered part of conventional medicine.」とされています。一方、我が国においては、「補完代替医療」という用語そのものに対して、明確な定義はありませんが、NCCAMと同様に、現代西洋医学とは異なる施術・民間療法などと解釈されています。」

2,日本代替補完医療学会より

「現代西洋医学領域において、科学的未検証および臨床未応用の医学・医療体系の総称」

(※1)

がんの補完代替医療(CAM)|診療手引き

(※2)

Use of Alternative Medicine for Cancer and Its Impact on Survival. Skyler B. Johnson, Henry S. Park, Cary P. Gross, James B. YuJ Natl Cancer Inst (2018) 110(1): djx145

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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