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がん治療を受ける人に知って欲しい、医者によって治療が違うこと 医師の視点

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
医者はこんな風に、会議や学会で治療方針についてしょっちゅう議論します(写真:アフロ)

「がんの専門家の間でも、手術方法や治療法はしょっちゅう異なる」

こんなお話です。記事の最後には、医者探しのコツと落とし穴もまとめました。

参加した外科学会での議論に思う

私は大腸がん手術を専門とする外科医で、4月27-29日に横浜で行われた日本外科学会という学会に参加していました。

学会では、あらかじめ「こういうがんの患者さんはどう治療するといいだろうか」とテーマを決めておいて、各地の医師が「うちの病院ではこういうやり方で上手くいっています」と発表をし、それについて皆で議論しています。

学会では大腸がんの専門家が集まり、話し合いました。少し専門的ですが、例えば「直腸がんの手術の時、一時的な人工肛門を作るかどうか?」はディベート形式で行われ、「70%くらいの患者さんで作る」という作る派の医師と、「ほぼ全く作らない」という作らない派の医師が激論を戦わせました。

私はケースバイケースで作るべき患者さんの時には作る、というスタイルですので、この二人の医師とも少し違う意見でした。

これは同じ直腸がんという病気に対する、同じ日本の専門家の意見ですが、それでもここまで違うのだな、と思ったのです。

実はあまり知られていませんが、このように「医者が違えば治療が違う」ことはがんの治療において多々あるのです。

手術に限ったことではなく、抗がん剤の選択や治療の順番なども異なります。

医者が読む、がん治療のルールブック

そうは言っても、一定の業界の常識はあります。それは「ガイドライン」という名の一冊の冊子にまとまっています。私の専門である大腸がんであれば、「大腸癌治療ガイドライン」というもの。これまでに約9万部も売れている本です。

ここには、大まかな治療の戦略が、その根拠となる研究とともに載っています。これを医師が見れば、大腸がんの患者さんの治療方針が大まかには決定されるのです。例えばリンパ節転移がCT検査でありそうな患者さんであれば、D3郭清というリンパ節をやや広めに取る手術法を選択しよう、となります。それ以外にも結構細かい疑問にも答えており、「CQ 13:70歳以上の高齢者に術後補助化学療法は有用か?」(筆者注;術後補助化学療法とは、手術のあとに抗がん剤を一定期間投与すること)など高齢化社会に向けたものまであります。

「ガイドライン」は一応のルールブックであり、基本的にはこれに従って治療を選択していきましょうという指針です。ここで注意すべきことは、ガイドラインに載っていない治療を行っても、それが即誤った医療行為という訳ではありません。大腸癌治療ガイドラインは5年に1度の改訂ですから、これを全て厳格に遵守していたら4,5年遅れの治療をしていることにもなりかねません。ガイドラインは、どちらかというと「がん治療の均てん化」を目的としています。ですからもちろん法的拘束力もありません。

なお、胃がんには胃がんのガイドラインが、肝臓がんには肝臓がんのガイドラインがあります。

ガイドラインに載らない部分は医者それぞれ

また、ガイドラインは治療の全てを網羅している訳ではありません。さらに、ガイドラインの中でも「これでもいいし、あれでもいい」という複数の選択肢を示しているものがあります。引用して見てみましょう。

大腸癌治療ガイドライン(医師用2014年版)より引用
大腸癌治療ガイドライン(医師用2014年版)より引用

この表をざっくり説明すると、「手術で取りきれない大腸がんがあるが、体力はあって元気な患者さんに、どんな抗がん剤を使えば良いか」というものです。一番左の<一次治療>には、縦に6個の四角に囲まれた抗がん剤の名前が並んでいます。これは、「この6個のうち、原則的にはどれを選んでもいいですよ」という意味なのです。

今日本で一番多く選ばれているのはおそらく一番上のものですが、欧米では上から二番目のものが主流です。これをどう選ぶかは、実に様々な基準で決められているのです。

ある病院では「この薬に統一している」とする病院もありますし、「あの医師は○○薬派」というものもあります。また、抗がん剤は薬によって副作用が違います。この表の一番上に含まれる、大腸がん治療によく使うオキサリプラチンという薬は手足の先端にしびれが出ますから、手先で細かい仕事をしている人には向きません。一方、上から二番目に含まれるイリノテカンという薬は下痢の副作用が出ることがあります。

また、「今は大きいがんだけれど、一つしかないので早く縮小させ手術で切除する」という戦略を取る時に使いたい薬もあります。

そして、医師が「この薬は私は使い慣れていないから」という理由であまり使わない薬があることもあります。その薬の投与に習熟しているかどうかも、とても重要な判断基準の一つです。さらには、「このがんなら手術で安全に切除できる」という判断も外科医によって異なります。

これは医師間のみならず、がんセンターなど業界トップレベルの規模の病院の間でも、大きく戦略が異なることが多々あります。

このような理由で、病院によって、医師によって治療の方法が異なるのです。

あなたにとって最適の治療を選んでくれる医者探し

では、あなたにとって最適の治療方法を示してくれる医師はどう探せば良いのでしょうか。

まず、ご本人やご家族のがんに対する正確な知識が必要です。1、2冊は本を読むと良いでしょう。そうしなければ、医師の説明もチンプンカンプンになってしまいます。

さらには、セカンドオピニオンをおすすめします。セカンドオピニオンは何も有名な医師や病院でなくても構いません。自宅から通える範囲にある病院でいいので、主治医に「一度セカンドオピニオンに行きたい」と言いましょう。そしてセカンドオピニオン外来を受診すると、「ほぼ同じ選択肢の提示」になることもありますし、「全く別の治療戦略」を示すこともあるのです。それは多くの場合、どちらかが間違っていてどちらかが正しい、という種類の問題ではありません(そういうことも稀には存在するとは思いますが)。例えば同じ富士山を登るのに「山小屋がたくさんあって比較的なだらかだけど、混んでいて時間がかかる」ルートか、「山小屋は少なく急だけど、体力のある人にはおすすめ」のルートを選ぶようなものです。

最後に二点、注意があります。

一つは、セカンドオピニオンは必ず保険診療をやっている医師のところへ行きましょう。つまり大きな病院を紹介してもらいましょう。

代替医療や民間療法などをやっている医師の中には、まったく根拠のない適当な治療をしたり商売目的だったりの者が少なくありません。水を飲むだけ、棒でこすっただけではがんは治りません。

もう一つは、セカンドオピニオンを申し出たら渋ったり嫌な顔をする医師を選ぶのはやめましょう。そういう医師は大体が独自路線の治療法をしていたり、丁寧な説明をする気がなかったりしますので。

「がんの専門家の間でも、手術方法や治療法はしょっちゅう異なる」と私は冒頭で書きました。これは、がんの医者として保身で言っている訳ではありません。医者であれば、患者さんに治って欲しくない人など一人もいないのですから。

がんに苦しむ人が少しでも減り、納得の行く治療が選べますように。

(読者の方へ、参考)

大腸がん治療ガイドラインをもっと学びたい方は、「患者さんのための大腸癌治療ガイドライン 2014年版」をご覧ください。ガイドラインの解説を、無料で読むことができます。

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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