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現金給付のターゲットを絞る難しさ

中田大悟独立行政法人経済産業研究所 上席研究員
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

現金給付は対象を限定

3月28日夕刻の記者会見において、安倍総理大臣は、COVID-19ショックに対する家計への所得保障のあり方として現金給付方式で行うことを明言しつつ、「効果等を考えれば、そういうターゲットをある程度おいて、思い切った給付を行っていくべき」と述べました。つまり、無差別な一律給付を行うのではなく、給付対象者を限定して、重点的に給付を行うということを示した形です。

「ターゲット」を限定するのは実は難問

たしかに、財源は無限ではないので、真に困窮した人に対して、その困窮度合いに応じて手厚い給付を行うのは、ひとつの理想型ではあります。ところが、どうやって給付対象者を限定していくのか、というのは、考えてみると、実はなかなかの難問となってきます。

その根本的な原因は、政府が現時点で持っている情報では、真に困窮している人を、過誤なく選別することはほぼ不可能であるという点にあります。もう少しシンプルに書くと、政府は、我々国民の毎月毎月の所得額を、逐一把握・記録し、活用しているわけではない、ということです。

「ええ、そんなことないはずだ。だって、毎月、所得税とか収めているではないか」と思われるかもしれません。基本的に所得税は、企業に務めている人であれば、企業が毎月の源泉所得税を計算して納税しており、かつこれを年末調整までします。そして、年末調整を済ませた年間所得額が「給与支払報告書」という書類で、企業から自治体に提出され、そこで把握された所得が、翌年の個人住民税の基準になります(自営業は所得申告)。つまり、基本的には、政府は、国民の一年前の所得情報しか持っていないと考えて、差し支えないということです(各種統計調査は成されますが、それは徴税には用いられません)。

ですから、月単位で、誰の所得が上がったとか下がったとか、という情報を、政府が即座に利用できるというわけではなく、なんらかの特別な手段を用いる必要があるのです。

そこで、本稿では、どういった方法で、政府がCOVID-19の経済ショックを受けた人たちを選別し、そこに重点的な給付を行うことができるのか、ということを、いくつかの仮想の方法を設定して考えてみましょう。そういった頭の体操をしてみながら、「ターゲット」を限定した給付に、どういった困難や課題がつきまとうのか、ということを検討してみたいと思います。(以下で考える方式以外にも方法はあり得ると思います。それぞれで考えてみてください。)

考えられそうな給付方式

「シンプルな自己申告」方式

収入減の発生した家計が、その減額規模を居住自治体(市区町村)に自己申告し、その額に応じた給付金を得る。どの程度の減収が生じたのかは、各申請者が直近ないしは数年分の給与明細や申告書類を基にして証明する。

メリット:

  • 足元で所得減少が生じた世帯に、迅速に資金を注入することができる。

課題:

  • 収入減となった家計の多くが自治体窓口に自己申告してくるので、自治体はその証明の確認も含めて、膨大な処理業務に追われることとなる。
  • 高所得者の減収と、低所得者の減収では、同じ減収額でも衝撃が異なるが、どのように傾斜をつけたり、所得制限を設けるのかを明確にする必要がある。
  • 同様に、世帯構成によって、実質的な衝撃は異なる(例えば、子育て世帯)。ここにどのような傾斜をつけるかを決める必要がある。
  • 足元で収入減があったため給付申請した家計が、幸運にも収束後に収入増に恵まれた場合、給付を返還させるのか否かを決めておく必要がある。
  • 新たに就業し始めた人(例えば子育て期間を終わって再就業したような人)は、直近で労働所得がない可能性があるため、証明が困難もしくは複雑になる可能性がある。
  • 生じた収入減が、季節変動によるものか、COVID-19ショックによるものか、判別するのが難しい。

「自己申告+住民税課税」方式

収入減の発生した家計が、その減額規模を居住自治体(市区町村)に自己申告し、その額に応じた給付金を得る。自治体は、(個人)住民税課税のために、居住者の前年(この場合、令和元年)の所得を掌握しているが、現時点の所得はわからないので、年が明けて、受給者の令和2年の所得が自治体に報告された時点で、受給者が本当に収入減となっていたかを確認し、結果として収入減となっていなかった受給者に対しては住民税に上乗せして徴収する。

メリット:

  • COVID-19ショックで年間収入減となった家計にのみ給付を限定することができる

課題:

  • 収入減となった家計の多くが自治体窓口に自己申告してくるので、自治体はその膨大な処理業務に追われることとなる。
  • 年収1,000万円の人が400万円減収となるのと、年収500万円の人が400万円減収となるのでは衝撃が異なるが、どのように傾斜をつけるか、もしくは制限を設けるのかを検討せねばならない。
  • 同様に、世帯構成によって、実質的な衝撃は異なる(例えば、子育て世帯)。ここにどのような傾斜をつけるかを決める必要がある。
  • 足元で収入減があったため給付申請した家計が、幸運にも収束後に収入増に恵まれた場合、翌年はある種の「増税」となるので、個々で収支管理を徹底する必要がある。
  • 引退前後の世代の場合、その収入減が真の意味でショックによるものなのか、自発的な退職によるものなのかを明確に判別できない可能性がある。
  • なんらかの理由(例えば子供の進学費用など)で労働時間を増やして所得を増大させる予定であった家計にとっては、真の意味での所得減は「予定所得」からの減少であるから、昨年所得を基準として置くのは適切できない可能性がある。
  • 不幸にもCOVID-19ショックとの戦いが長期化し、令和3年にも持ち越されてしまった場合、この方式は使えなくなる。

「無審査+条件付き貸付返済」方式

申請のあった家計、個人には、原則として無審査、無条件に希望額や減収額に応じた金額を貸し付ける。ただし、貸付に際して、その後の所得申告を義務付け、その後の所得額に応じて免除を与えることで、実質的、事後的に低所得者には給付措置となる(厳密な意味での給付ではないが、ひとつの方策として考える)。

メリット:

  • 緊急事態において、さしあたりの行政サイドの手続きの煩雑さは回避できる。
  • 一定水準以上の所得層にとっては、返済の必要性が生じるので、自発的に借り入れを回避する可能性がある。これにより、資金の注入先を、政府が選別する手間が省ける。

課題:

  • 貸付後に、行政が借入者をトラック(追跡)する必要があるため、その分のコストは発生する。
  • 高所得者が自発的な借り入れを回避する可能性はあるが、同時に、もしこの貸付が低利や無利子であった場合、既存の有利子借入をの借り換え先として利用されてしまう可能性がある。
  • 将来の返済の必要性を考慮して、中間所得層を中心に借入を躊躇する家計が現れる可能性がある。

一律給付と比較してみるとどうか

ここまで「ターゲット」を限定した現金給付のメリットと難しさを考えてみましたが、これらとは対極にある方法、つまり一律給付ならどうでしょうか。

一律給付であれば、行政サイドの事務負担はどうなるでしょうか。当然ながら規模が大きくなるので、その分の負担増はあります。しかしながら、対象者を選別するコストは省けるので、その意味では効率的に作業をすすめることができます。

一律給付は望ましくなく、所得制限を設けるべきだ、という意見もあります。高所得者が税で救済されるのは望ましくない、という尤もらしい政治的見解なのですが、同時に、少々、考えねばならない意見でもあります。ひとつは所得制限の水準によっては、僅かな割合の人たちとなりますから(給与所得実態調査によれば年間給与が1,000万円以上の人たちは約5%程度)、この僅かな人たちのために選別の事務コストをかけるのか、という論点です。一律に配布して、累進課税強化で回収したほうが手間が省ける可能性があります。また、ある程度の高所得者が、COVID-19ショックで、著しい減収となっている可能性もあります。基本的に、政府が把握している所得は前年の所得ですから、給付のミスマッチが起こるのを防ぐのに、事務コストがかさむ可能性もあるでしょう。

将来にむけての議論が必要

今回のCOVID-19ショックには、概ね、今ある制度で対応することになります。それは仕方のないことですから、なんとかして最善の対策を講じるしかありませんが、今後も、なんらかの経済ショックで、国民に広く、所得保障を行う必要が生じることもあるでしょう。その時のために、どういうデータを政府が収集し、活用すれば、スムーズに対策を講じることができるのか、という課題について、議論していく必要があると思われます。

独立行政法人経済産業研究所 上席研究員

1973年愛媛県生れ。横浜国立大学大学院国際社会科学研究科単位取得退学、博士(経済学)。専門は、公共経済学、財政学、社会保障の経済分析。主な著書・論文に「都道府県別医療費の長期推計」(2013、季刊社会保障研究)、「少子高齢化、ライフサイクルと公的年金財政」(2010、季刊社会保障研究、共著)、「長寿高齢化と年金財政--OLGモデルと年金数理モデルを用いた分析」(2010、『社会保障の計量モデル分析』所収、東京大学出版会、共著)など。

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