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アイオワ州の共和党党員集会選挙の分析(1):トランプ勝利の背景にキリスト教右派エバンジェリカルの存在

中岡望ジャーナリスト
アイオワ州で開いたトランプ候補の決起集会(写真:ロイター/アフロ)

本記事は2回に分けて掲載。

2回目は「健在だった「トランプ連合」、トランプ候補の支持者の実像」

【目次】(本文字数4900字)

■トランプ候補の得票率は全党員のわずか0.5%/■アイオワ州の選挙結果は大統領選挙の行方を決定するようなものではない/■トランプ候補の勝利をどう評価するかー予想よりも得票率は低調!!/■なぜエバンジェリカルはトランプ候補を支援するのか/■功を奏したトランプ陣営のテレビコマーシャル:「神がトランプを作った」/

トランプ候補の得票率は全共和党員のわずか0.08%

Votes received and percentages of total vote

Candidate 得票数  %.  獲得代表人.

Donald Trump........56,210  51.0  20

Ron DeSantis .........23,400  21.2  8

Nikki Haley..............21,076 19.1 7

Vivek Ramaswamy......8,447  7.7 3

An estimated 99 percent of votes have been counted.

 アイオワ州の党員集会で投票した共和党の党員の数は11万0217人である。今年11月に行われる大統領選挙の有権者数は分からないが、2020年の有権者数は209万6581人であった。そのうち共和党員は71万9591人である。民主党員は69万9001人である。無党派が65万9488人である。

 今年の大統領選挙での有権者数が2020年と同じとすると、今回の共和党員集会での共和党員の投票率は全有権者の0.5%に過ぎない。共和党員に限って言えば15%である。共和党員の85%は党員集会で投票していないことになる。トランプ候補は全共和党員の0.08%の票を獲得したに過ぎない。投票率は極めて低く、今回の投票結果はアイオワ州の全体および共和党の政治状況を正確に示すものではない。トランプ候補はアイオワ州の全有権者の0.03%を獲得したに過ぎない。

■アイオワ州の選挙結果は大統領選挙の行方を決定するようなものではない

 過去のアイオワ州の大統領選挙を見ると、1992年に行われた大統領選挙ではクリントン(民主党)が勝利。1996年の選挙もクリントンが勝利を収めている。2000年と2004年の大統領選ではブッシュ(共和党)が連勝している。2008年と2012年の選挙ではオバマ(民主党)が勝利を収めている。民主党のクリントンが2回連続勝利した後、共和党のブッシュが2回連続勝利し、さらに民主党のオバマが2回連続で勝利している。

 2016年の大統領選挙で共和党のトランプ候補が勝利し、2020年の選挙では民主党のバイデン候補が勝利している。過去8回の大統領選挙の結果は、アイオワ州では民主党勝利が5回、共和党勝利が3回であり、同州は典型的な「swing state」(選挙毎に勝利する政党が変わる)である。

 アイオワ州は、最初の党の予備選挙(正確には党員集会での選挙)が行われることで注目されてきた。余談だが「予備選挙」は「primary」と呼ばれ、「党員集会での投票」は「caucus」と呼ばれている。各州によって、投票の仕方は異なっている。両者の違いを簡単に言えば、「予備選挙」は州政府が行うのに対して、「党員集会」は党が主催するものである。

 今回のアイオワ州の党員集会は99か所あり、そこで投票が行われた。午後7時から党員が会場に集まり、投票する。党員は開票を直接見ることもできる。夜から始めるという時間制約もあり、投票者数は少ない。特に今年は異常な寒波が襲い、投票率は高くなかった。また夜勤をする党員や冬休み中の大学生、高齢者、身障者、家庭で育児をしている人が党員集会に参加し、投票するのは難しい。ちなみに、こうした理由から、民主党は今年から同州での党員集会での投票は中止し、「郵便投票」を行っている。その投票結果は3月5日まで公表されない。

 また過去の例でいうと、同州の党員集会の選挙で勝利した候補者が党大会で正式な大統領候補に指名される確率は極めて低い。2008年の共和党の勝者はバプティストの牧師のマイク・ハッカビー・アーカンソー知事であった。2012年はリック・スタントラム上院議員、2016年はテッド・クルーズ上院議員であった。トランプ候補は2016年の同州の共和党党員集会での選挙でクルーズ上院議員に敗北している。上記の3名の勝者はいずれも党の正式な大統領候補に選ばれていない。

 アイオワ州は白人人口が多く、他の州に比べると高齢化が進んでいる。州の人口の84%、共和党員の85%は白人である。選挙に大きな影響を与えるヒスパニック系や黒人の有権者は少ない。最初の予備選挙をアイオワ州から始める理由は存在しない。各候補者はアイオワ州の緒戦で勝利することで選挙運動に勢いを付けようとする。勝利することでメディアの注目度も高まり、政治献金も増える。だがアイオワ州の党員集会の投票結果は大統領選挙を予測する材料としては有効ではない。最初の党員集会での投票ということでメディアが“過剰”に注目しているだけである。

■トランプ候補の勝利をどう評価するかー予想よりも得票率は低調!!

 トランプ候補は51%を獲得し、獲得した代表者(delegate)は20人となった。2位のデサンティス候補が獲得した代表者は8人、ヘイリー候補は7人である。共和党の大統領候補になるには2429人の代表者を獲得する必要がある。アイオワ州の代表者の数は極めて少なく、大勢に影響を与えるものではない。ただ日米のメディアは、トランプ候補が51%の票を獲得したことで、「トランプの地滑り的勝利」とか、「トランプの圧勝」と書いている。『ワシントン・ポスト』紙は「トランプの戴冠式が正式に始まる」と既にトランプ候補が大統領に就任することが決まったようなタイトルの記事を掲載している。

 だがトランプ候補の得票率は選挙直前の世論調査の予想より低調であった。1月15日に行われたTrafalgar groupの調査では、トランプ候補の支持率は52%であった。『ロサンジェルス・タイムズ』の調査では66%であった。さらに1月14日に行われたEmersonの調査では56%、NBC Newsの調査では48%であった。CBS Newsの調査では69%と非常に高いものであった。

 『ロサンジェルス・タイムズ』とCBS Newsの調査はいずれも「60%を越えるトランプ圧勝」を予測していた。5つの調査はいずれもトランプ勝利を予想していたが、投票結果は51%に留まり、「伸び悩んだ」というのが正しい評価であろう。

 第2位につけたデサンティス候補は「トランプの得票率を50%以下に抑えれば成功だ」と語っていた。50%を割れば、トランプは共和党員の過半数の支持を得られなかったことを意味する。トランプはかろうじて51%を獲得した。反トランプ派が乱立したことで票が割れた。今回の選挙で候補者は、トランプ候補と対抗馬の二人に絞られた。今後の選挙では、各候補の票差は僅差となる可能性がある。トランプ候補が51%獲得したということは、49%の「反トランプ票」あるいは「非トランプ派」が存在することを意味する。

なぜエバンジェリカルはトランプ候補を支援するのか

 選挙分析の手掛かりになるのは「入口調査」である。今回も『ワシントン・ポスト』とCNNが「入口調査」を発表している。その調査をもとに、誰がトランプ候補に投票したのか分析する。

 トランプ前大統領は「白人エバンジェリカル」と呼ばれる保守的なプロテスタントと「白人労働者」という支持基盤を作り上げている。これを「トランプ連合」と呼ばれている。まず今回の選挙でのエバンジェリカルの投票行動を見てみよう。

 CNNの「入口調査」では、投票者のうち「エバンジェリカル」と答えた比率は55%であった。「エバンジェリカルではない」という回答は45%であった。投票した人の半分以上がエバンジェリカルである。エバンジェリカルの53%がトランプ候補に投票した。次がデサンティス候補の27%である。宗教的な立場から言えば、デサンティス候補の方がよりキリスト教的な人物である。3位がヘイリー候補の13%である。2016年の大統領選挙でトランプ候補が勝利した最大の要因は、エバンジェリカルの支持があったからである。今回のアイオワ州の共和党党員集会も、トランプ候補はエバンジェリカルの支持を得て、勝利を収めた。

 選挙直前の1月5日にトランプ陣営は、アイオワ州の99の全選挙区の宗教的指導者(すなわちエバンジェリカル)の支持を得たと発表した。その声明は「アメリカの宗教界の指導者はトランプ候補が大統領在任中に前例のない政策的な勝利を収めたことに感謝の意を表する」という文章で始まる。政策の勝利として、最高裁判事に保守派の人物3人を指名し、女性の中絶権を認めた1973年の「ロー対ウエイド判決」を覆したこと、「メキシコ・シティ政策」(途上国で家族計画や中絶を指導する非営利団体に対して連邦政府の支援を禁止する政策)を再導入したこと、イスラエルのアメリカ大使館をエルサレムに移転したこと、「宗教的自由」を守る大統領令を出したこと、アメリカの建国の時のユダヤ・キリスト教価値観を再確認したことを挙げている。

 同声明には「大統領候補には実績が重要である。トランプ大統領は在任中に多くの政治家が何十年にわたって議論してきた約束を果たした。トランプ大統領が11月にバイデンを打ち負かしたら、ホワイトハウスに再びキリスト教的価値観を取り戻し、宗教的自由のために戦い、アメリカの胎児の命を守り、社会の基礎である家庭を支援するだろう」と、トランプ候補に対する期待を述べている。

 アイオワ州の各地でエバンジェリカルは頻繁に聖書研究の集まりを開いている。そこで聖書言葉を学ぶと同時にトランプ候補の選挙での演説も議論された。エバンジェリカルは「保守的な宗教的価値観を政府に持ち込むべきだ」と語り、「アメリカは神なしに存在しえない」とお互いに議論し合った。

 ある政治学者は「エバンジェリカルは神学的な表現であるよりも、政治的な象徴になっている」と指摘している。エバンジェリカルは社会の世俗化が進む中で、政治を通してキリスト教国家アメリカを救うと考えている。トランプ候補は、そうしたキリスト教右派の政治的な指導者とみなされているのである。

 デサンティス候補は右側にシフトすることで、トランプ候補に代わってエバンジェリカルの支持を得ようとしたが、成功しなかった。一時、トランプ候補とエバンジェリカルの対立が話題になったことがある。トランプ候補が中絶問題で連邦法による中絶禁止の主張に異論を唱えたためだ。逆にデサンティス候補は中絶の完全禁止を訴え、知事を務めるフロリダ州で既に中絶を実質的に禁止する法案を成立させている。だが彼はエバンジェリカルの心を掴むことはできなかった。

■功を奏したトランプ陣営のテレビコマーシャル:「神がトランプを作った」

 トランプ陣営の選挙活動は巧妙だった。トランプ陣営はアイオワ州のテレビで刺激的な選挙宣伝を行った。そのタイトルは「God Made Trump(神がトランプを作った)」である。2016年の大統領選挙の時、エバンジェリカルはトランプ候補を「神が選んだ候補」として熱狂的に支持した。

 トランプ陣営は同じレトリックを使って、エバンジェリカルに訴えかけた。宣伝の中でトランプ候補は「神の意思」を担っており、「マルクス主義者と戦う人類の羊飼い(shepherd to mankind)であり、ディープ・ステートと戦うだけの十分な力を持っている」と訴えている。「ディープ・ステート」とはリベラル派のエリートが裏側で社会を支配しているという陰謀論である。アメリカ社会は文化的に腐敗していること、脱キリスト教社会に向かっていること、アメリカで保守派とリベラル派の社会的価値観や歴史観を巡る“文化戦争”が行われていることなどをアピールすることで、エバンジェリカルの支持を勝ち得た。

 投票日の前日の日曜日、アイオワ州の首都デモインの教会で礼拝が行われていた。エバンジェリカルの牧師は参加者に向かって、「明日の夜、投票所に行くことを強く勧める。それはイエス・キリストを信じる者の市民の義務である。私は誰に投票しろとは言わない。党員集会に参加し、皆さんの票で神を祝福しなさいというのが私の役割です」と礼拝の参加者に語りかけた。

 かつてアイオワ州のエバンジェリカルが支持した共和党候補(ハッカビー、サントラム、クルーズ)はいずれも敗北した。だが今回は圧倒的な強さを示すトランプ候補が彼らを待っているのである。トランプ陣営のテレビ宣伝はエバンジェリカルに語りかけた。「神は言った。私には強く、勇気のある人物が必要だ。人々のことを心にかける人物が必要だ。私には、道を進み、強い信念を持ち、神に対する信仰を知っている最も勤勉な人物が必要だ。そのために神がトランプを作った」と。多くのエバンジェリカルは、雪が降りしきる夜、投票所に向かった。そしてトランプ候補の勝利を導いたのである。エバンジェリカルの支援なくして、トランプ候補の勝利はあり得なかった。

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ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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