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「LGBTQ社会」アメリカの現実(1):LGBTQは人口の7%を占める、長い闘争を経て権利を獲得

中岡望ジャーナリスト
ニューヨークで行われたLGBTQのPride集会(写真:REX/アフロ)

なぜアメリカでは「LGBTQ問題」が社会を分断する深刻な問題なのか

 筆者は30年以上、アメリカ社会の変化を観察してきた。そして現在感じていることは、アメリカ社会は1960年代以降、リベラル派と保守派の間で文化的、社会的、政治的な価値観を巡って分裂を深め、その分裂は埋めがたいほど深刻になっているということだ。それは「文化戦争」と呼ばれている。

 政治的に言えば、アメリカでは建国以来2つの国家観を巡る争いが続いてきた。保守派は、強い中央集権的な連邦政府は国民の政治的自由を抑圧するようになり、それを阻止するためには「州権」を基本とする「連邦主義国家」の建設が必要だと主張してきた。他方、リベラル派は、ヨーロッパの干渉を排除し、強い独立国家になるには、中央集権的な政府が必要だと主張したきた。その対立は歴史の中で文脈を変えながら、現在でも「小さな政府」を主張する保守派と、「大きな政府」を主張するリベラル派の対立という形で引き継がれている。

 社会的な対立としては、リベラル派は人種的、性的な多様性を容認した社会を実現することを主張しているのに対して、保守派は伝統的な社会観と家族観を重視し、白人をベースとする国家建設を主張している。保守派の主張の根底には「キリスト教価値観」が存在しており、それが妥協を許さぬ対立を引き起こしている。保守的なキリスト教価値観では家父長制度と男女の分業が重視されている。夫は外で働き、所得を得て、家族を支え、妻は家事と子育に専心することこそ社会の基盤であると考えられている。

 特に「エバンジェリカル」と呼ばれる保守的なプロテスタントは『聖書』は神の言葉であり、『聖書』に従って生きることが正しい生き方であると信じている。その結果、旧約聖書の「天地創造説」は事実であり、進化論は『聖書』に反すると否定する。生命の誕生を決めるのは神であり、そうした立場から「中絶」は神の意思に反する行為であり、禁止されるべきだと主張している。避妊に対してすら否定的な立場を取っている。結婚は神との契約であり、その目的は家族を作り、家族を繁栄させることが目的であると信じている。そうした価値観から、同性婚は否定される。さらに言えば、セックスは子孫を残すのが目的であり、それ以外のセックスは不道徳とされている。エバンジェリカルがLGBTQを拒否するのは、こうした信仰の存在がある。

 まったく異なった国家観、社会観を持つグループが対立し、深刻な社会的、政治的な分裂を引き起こしている。現在、アメリカが直面している「中絶問題」「同性婚問題」「LGBTQ問題」「政教分離問題」「教育問題」などの本質を理解するには、エバンジェリカルの考え方を理解する必要がある。

アメリカ社会の分裂を生んでいる「エバンジェリカル」とは何者か

 社会的亀裂が最初に顕在化したのは、リベラル派が大きな社会的な勢力になってからである。1960年代からリベラル派がアメリカの主流になり、「カウンター・カルチャー」がアメリカ社会の主流になった。ポルノ解禁やフェミニズム運動が勢いを増していく。公立学校における聖書研究会の開催や礼拝も禁止された。そしてエバンジェリカルにとって決定的となったのは、1973年に最高裁が「中絶」を合法化する「ロー対ウエイド判決」である。エバンジェリカルは、中絶は神の意思に反した行為であり、胎児(彼らは“unborn child”と表現する)の人権を無視した“殺人”であると批判した。さらに伝統的家庭観に基づき、フェミニズム運動や女性の社会的進出、男女同権を否定した。また1972年にリベラル派の支持で議会を通過した「男女平等憲法修正案(Equal Right Amendment)」の批准を阻止した。

 エバンジェリカルの最大の課題は「中絶問題」であった。中絶禁止を実現するために、エバンジェリカルは共和党に接近した。1981年の大統領選挙ではエバンジェリカルの主張を実現することを条件に共和党のレーガン候補を支持し、政治献金の提供だけでなく、投票日にエバンジェリカルを動員し、レーガン候補の当選を実現した。その後もエバンジェリカルと共和党は密接な関係を確立し、現在ではエバンジェリカルは共和党の最大の支持者となっている。極論すれば、エバンジェリカルは共和党を“乗っ取った”のである。

 ブッシュ大統領(息子)は“ボーン・アゲイン・クリスチャン(生まれ変わったキリスト教徒=born-again Christian)”を名乗った。エバンジェリカルは幼児洗礼を否定し、大人になって人生の苦しみを経てキリスト教に帰依して洗礼を受けた者が本当のクリスチャンであると主張している。そこから「生まれ変わったクリスチャン」はエバンジェリカルの別称となった。ブッシュ大統領はアルコール中毒に悩み、それを克服する過程で神に出会い、エバンジェリカルになったと語っている。

エバンジェリカルは共和党を乗っ取り、文化戦争を仕掛ける

 2016年の大統領選挙でエバンジェリカルは自らの主張を実現することを条件に最も非キリスト教的な人物であるトランプ候補を支持した。トランプ候補は、最高裁判事にエバンジェリカルの主張に賛同する判事を指名すると約束した。そして在任中の4年間に4名のエバンジェリカルの主張に同調する人物を最高裁判事に指名した。その結果、9名の判事のうち保守派の判事は6名となった。それによって最高裁は保守派の思い通りに判決をくだせるようになった。

 最高裁の最初の重要な判決は、2022年6月に女性の中絶権を認めた1973年の最高裁の「ロー対ウエイド判決」を覆す判決を下したことである。最高裁判決後、南部の保守的な州で実質的に中絶を禁止する法案が相次いで提案され、成立している。さらに共和党は、エバンジェリカルの主張を受け、州法ではなく連邦法によって中絶を禁止すべきだと主張している。中絶問題が、2024年の連邦議会選挙と大統領選挙で最大の焦点になることは間違いない。

 エバンジェリカルは同性婚問題でも反撃を試みている。最高裁は同性婚を合憲と判断し、アメリカ社会では同性婚は否定しがたいほど定着している。だがエバンジェリカルは、中絶の禁止に続き、同性婚の合憲判決を覆すことを狙っている。さらにLGBTQの権利を制限する動きを強めている。現在、特に攻撃の対象になっているのがトランスジェンダーである。既に南部の保守的な州では、トランスジェンダーの権利を制限する法律が成立している。

 序文が長くなったが、社会の中のLGBTQの現実について2つに分けて分析する。まず、「『LGBTQ社会』アメリカの現実(1)」では、いかにしてLGBTQが自らの権利を獲得するために戦い、社会に受け入れられるようになったかを分析する。

 「『LGBTQ社会』アメリカの現実(2)」では、南部の保守的な州を中心にLGBTQに対して行われている差別の実態を分析する。法律が変わっても人々の意識や心が変わるわけではない。LGBTQへの差別と攻撃の背後には、既に指摘したようにエバンジェリカルの存在がある。

LGBTQの権利を求める戦いの歴史

 1980年代、筆者は仕事でワシントンDCに行くと、いつもデュポン・サークルにあるホテルに滞在した。ホテルはホワイトハウスから歩いて30分程度のところにあり、ディンクスと呼ばれる専門職を持つ夫婦や若者が多く住む地域である。

 ある夜、なんとなく本屋に入って、書架の本を物色していた。そんな時、一角にゲイに関する専門コーナーがあり、その本の多さに驚いた経験がある。ホテルの近くにあるバーに入ったとたん、異様な雰囲気を感じ、慌てて店を出た経験もある。その店はゲイ専門の店であった。最初のアメリカの「ゲイ社会」との遭遇である。

ゲイのジャーナリストや学者などと知り合う機会もあった。

 個人的なことを言えば、大学の寮で同室の先輩はゲイであり、大学の教え子の学生はトランスジェンダーであった。そうした経験からアメリカ社会でのゲイ問題に関心を持ち始めた。その後、アメリカの「宗教問題」を研究するようになって、LGBTQ問題の背後に宗教問題があることを理解した。また日本女子大で「比較社会論」を担当し、アメリカにおける中絶問題に関して講義する機会も得た。中絶問題を研究する中で、中絶問題と宗教が密接に関わっていることを知った。ICU(国際基督教大学)の「アメリカ政治思想史」の授業では、キリスト教と進化論に関する講義を行ったこともある。宗教という座標軸を持つことで、アメリカ社会を立体的に理解できるようになった。こうした経緯を経て、アメリカのLGBTQ問題も主要な研究テーマとなった。

 アメリカ社会がいかにキリスト教倫理の影響下にあったかを示す例として、1873年に成立した「コムストック法」がある。同法は、避妊や中絶に関する出版物を取り締まる法で、狂信的なプロテスタントの牧師コムストックが成立させた法律である。当時、キリスト教倫理が社会を支配しており、中絶は言うまでもなく、家族計画や避妊すら禁止されていた。妊娠に結びつかない性行為を「自然に反する行為」とする「ソドミー法(sodomy laws)」によってLGBTQは犯罪者として逮捕された。最初に同法を廃止したのはイリノイ州で1961年のことである。1986年までに半数の州で廃止された。言い換えれば、1980年半ばまで「ソドミー法」は多くの州で存在していたのである。

 1986年に最高裁は「バウアーズ対ハードウィック裁判」で、同性愛者間の性交を犯罪とするジョージア州の「ソドミー法」は“合憲”であるとの判決を下した。この判決の中で最高裁は、「同性愛に対する道徳的非難(moral condemn)」を同州の「ソドミー法」を正当化する根拠としている。2003年に最高裁は「ローテンス対テキサス裁判」で、最終的に「バウワーズ対ハードウィック判決」を覆す判決を下し、「ソドミー法」を違憲とした。判決の中で最高裁は「政府はLGBTQの私的な性行為を犯罪とみなすことで、彼らの存在を貶めたり、彼らの運命をコントロールすることはできない」と書いている。改めて指摘するが、最高裁がソドミー法を違憲としたのは2003年、すなわち20年前である。

 だが、依然として「ソドミー法」は存在し、LGBTQを迫害する法的根拠として使われているのである(『ニューヨーク・タイムズ』、2023年7月21日、「The Supreme Court Struct Down Sodomy Laws 20 Years Ago, Some Still Remain」)。同記事によると、フロリダ州やジョージア州、カンサス州など13州で依然として「ソドミー法」は残っている。ノースカロライナ州の法律では「同性間の性交やオーラル・セックスなどは自然に反する重罪」と規定されている。同記事は「ソドミー法は強制力がないが、依然としてLGBTQを差別し、逮捕するために使うことができる」と指摘している。これもアメリカ社会の現実である。

最初のLGBTQの権利を求めた「プライド運動」

 LGBTQが、公然と自らの法のもとでの平等を主張する切っ掛けとなったのは、1969年6月28日に起きた「ストーンウォールの反乱」である。ニューヨーク市のゲイバー「ストーンウォール・イン」に警察官が突然入ってきて強制捜査を始めた。バーにいたLGBTQが警官に抗議し、それが暴動に発展した。暴動は抵抗運動として広がり、7月3日まで続いた。これを機にLGBTQの権利を求める運動が始まった。1970年にゲイ運動である「PRIDE運動」が始まり、現在も続いている。

 「ストーンウォールの反乱」が起こった時点で、全米の29州は同性愛を犯罪としていた。同性関係に対して法的な承認を与えている州は存在しなかった。性的なアイデンティティに対する差別を禁止する法律も存在しなかった。新しい動きとして、1975年にオハイオ州の「異性装(cross dressing)」を禁止する法案は違憲と判断されたことがあった。しかし、アメリカの保守的な発想は変わることはなかった。

 LGBTQの平等な権利を求める運動は、「同性婚の合法化」を求める運動から始まった。なぜ同性婚が焦点となったかというと、同性カップルは税制上の扱いや相続で不利な扱いを受ける経済的な利害関係に直接関連していたからである。だが1972年に最高裁は結婚を異性間に限定するミネソタ州の法律の合法性を巡る「ベーカー対ネルソン裁判」で、同州の法律を合法とした。1990年、クリントン大統領は「結婚防御法(Defense to Marriage Act)」に署名し、結婚を異性間に限定し、連邦政府による同性婚の承認を禁止し、州が他の州で認められた同性婚を拒否することを容認した。こうした否定的な動きの中で1999年にカリフォルニア州は全米で初めて「ドメスチック・パートナーシップ制」を認め、同性カップルに異性カップルと法的に同等な権利を認めた。また「marriage」に代わって「civil union」という言葉も使われるようになった。

 1982年、ニューヨークに拠点を置く新聞社『The Village Voice』が社員の同性カップルに対して異性婚の配偶者が享受しているのと同じ家族医療保険を適用することを決定した。同社はLGBTQの権利を支持し、「ストーンウォールの反乱」を記念して、毎年6月に「Gay Pride」の特別号を発行している。

 2014年にオバマ大統領は、連邦政府と取引関係にある企業に対して、LGBTQの従業員を差別することを禁止する大統領令に署名した。ただ、大統領令は民間企業を対象にしていなかった。

 保守派は同性婚に抵抗した。2000年の大統領選挙で、共和党は政策綱領の中に憲法修正によって結婚を「異性間」のものと定義する政策を盛り込んだ。だが、その政策は実現することはなかった。逆に2015日6月26日、最高裁は同性婚を合法とする歴史的な判決をくだした。「オーバーゲフェル対ホッジス判決」で、結婚に関する基本的な権利は同性カップルにも適用され、同性婚の禁止は「憲法修正14条」に反するという判決を5対4の評決で下した。「憲法修正第14条」は1868年に成立した「市民権と法の適正な適用、平等権」を規定した条項である。この最高裁判決で長く続いた同性婚を巡る法的な争いに決着がついた。社会も現実に対応して、同性婚に表立って反対する動きはなくなった。保守派の中にもLGBTQは存在し、同性婚を認めるのは自然の流れとなった。

完全な市民権を得た同性婚―70%以上が支持

 アメリカ国民はLGBTQをどう見ているのだろうか。ギャラップは継続的に「同性婚の合法性」に関する調査を行っている。1996年3月の調査では、同性婚は合法であるべきだと答えた比率は27%、合法にすべきではないと答えた比率は68%であった。否定的な意見が圧倒的であった。だが、その後、着実に合法であるべきだという答えが増えて行く。2011年3月の調査で合法であるべきだという意見が53%と、初めて過半数を超えた。その後、若干の変動はあるものの、合法であるべきという答えは着実に増え続けた。最新の2023年5月に行われた調査では、同性婚の合法化を支持する比率は71%に達している。反対と答えた比率は28%であった。30年弱の間に、アメリカ国民の同性婚に対する考え方は完全に変わってしまった。

 カリフォルニア大学ロサンジェルス校のウィリアムズ研究所の調査は、同性婚支持は「過去20年間に30%から70%を越えるまで増えている」と指摘している(2023年6月「Public Attitude Toward the Use of Religious Beliefs to Discriminate against LGBTQ People」)。また、Pew Research Centerの世論調査でも、61%のアメリカ人は「同性婚の合法化は社会にとって良かった」と答えている(2022年11月15日、「About six-in-ten Americans say legalization of same-sex marriage is good for society」)。

 また、ギャラップのLGBTQの婚姻に関する調査では、LGBTQの10%が同性婚をし、6%が同性パートナーと暮らしている(2022年2月10日、「LGBTQ Americans Married to Same-Sex Spouse Steady at 10%」)。

LGBTQを理由に解雇するのは違法と認めた最高裁判決

 LGBTQの権利を認める動きは、2020年の最高裁の「ボストック対クレイトン郡判決」でさらに前進した。ゲイであることを理由に解雇された2人の従業員がジョージア州クレイトン郡の福祉関係の担当者ジェラルド・クレイトンを相手に起こした訴訟である。最高裁は6対3の評決で、「人種」、「宗教」、「性」を理由に雇用を差別することは「1964年公民権法」に違反すると判断した。

 訴訟の焦点は、「公民権」に規定された「性に基づく差別」の中に「LGBTQ」が含まれるかどうかであった。最高裁の多数派意見は「含まれる」と判断した。NPR(National Public Radio)は、この判決を「最高裁判決はLGBTQ従業員にとって大きな勝利である」と報道した(2020年6月15日、「Supreme Court Delivers Major Victory to LGBTQ Employees」)。さらに「同判決は企業寄りであったトランプ政権にとって大きな敗北であった」と書いている。ちなみに賛成したのは、4名のリベラル派判事と保守派のロバーツ主席判事とトランプ大統領が指名した保守派のゴーサッチ判事の6名であった。

 これ以外にもLGBTQの権利を巡る訴訟は多く存在する。LGBTQは社会運動や裁判闘争を通して権利を獲得したのである。現在、アメリカでは、LGBTQの存在は、政治的にも、社会的にも、経済的にも無視できないほど大きな存在になっている。

アメリカ社会に定着するLGBTQコミュニティ

 PRRIは、社会におけるLGBTQの状況や、LGBTQに対する人々の態度に関する調査を行っている(2023年8月24日、「Americans’ Perspectives on Gender and Proximity of the LGBTQ Community」)。

 同調査によれば、「身近にゲイ、レスビアン、バイセクシャルの人物がいる」と答えた比率は51%に達している。「自分がゲイかレスビアン、バイセクシャルである」と答えた比率は7%である。この比率は、他の調査とほぼ一致する。「家族の中にゲイやレスビアン、バイセクシャルがいる」と答えた比率は25%であった。「ゲイとかレスビアン、バイセクシャルの人は知らない」と答えた人は16%に過ぎない。「トランスジェンダーの人物を知っている」と答えた人は11%であった。「家族の中にトランスジェンダーの人物がいる」と答えたのは5%であった。「トランスジェンダーかノンバイナリーの知人がいる」と答えた人は25%であった。「ジェンダーに『男性』と『女性』の二つのジェンダーしかない」と答えた人の割合は65%であった。

 LGBTQの中で最も社会的な受容度が低いのは「トランスジェンダー」といえる。2回目の記事で詳述するが、現在、保守派はトランスジェンダーに照準を合わせて攻撃を仕掛けているが、これはトランスジェンダーの社会的な受容度が低いところを狙ったものといえる。

アメリカの人口に占めるLGBTQの割合

 では、アメリカには何人くらいLGBTQの人が存在するのだろうか。ウィリアムズ研究所が、2020年7月に「Adult LGBT Population in the United States」と題する報告書を発表している。同報告書は、アメリカ全体で人口の4.5%、1134万3000人のLGBTQが存在すると指摘している。州別の数字も記載されており、最もLGBTQの人口比率が高い州はワシントンDCの9.8%であった。ほぼ10人に1人はLGBTQなのである。続いてオレゴン州の5.6%、カリフォルニア州の5.3%、バーモント州とワシントン州の5.2%と続く。

 もう少し最近のギャラップ調査(2022年3月3日、「What Percentage of Americans Are LGBTQ?」)では、LGBTQの人口は7.2%であり、ウィリアムズ研究所の調査結果よりもかなり高い数字が出ている。さらに2023年2月22日に発表されたギャラップ調査「U.S. LGBTQ Identification Steady at 7.2%」でも、LGBTQ人口が7.2% であることが確認された。同調査は「LGBTQ人口の比率は10年前の倍に増えている」と指摘している。最新の調査ではLGBTQではないと答えた比率は86%であった。無回答は7%であった。LGBTQの内訳で見ると、「バイセクシャル」と答えた比率が最も高く4.2%であった。ゲイが1.4%、レスビアンが1.0%、トランスジェンダーが0.6%であった。

 同調査は世代別の調査も行っている。最もLGBTQ人口が多いのは、90年代央から2010年代に生まれた「Z世代」で19.2%であった。80年代央から90年代央に生まれた「ミレニアル世代」は11.2%、60年代から80年代の初めに生まれた「X世代」は3.3%であった。若い世代ほどLGBTQ人口の比率は高い。また若い世代ほどバイセクシャルの比率が高いと指摘している。いずれの世代もゲイの割合が高い。Z世代で17%、ミレニアル世代で17%、X世代で24%であった。

 PRRIも興味深い調査を発表している(2023年3月23日、「LGBTQ Americans tend to be younger and have no religion」)。若い世代ほどLGBTQの比率が高い結果が出ている。同調査ではLGBTQ人口は約10%だと指摘している。10%の内訳は、3%がゲイかレスビアン、4%がバイセクシャル、2%がその他となっている。30歳以下の人口の25%がLGBTQと答えている。これは若い世代ほどカムアウトしやすい社会的な状況を反映しているものと思われる。

 LGBTQの50%は無宗教と答えている。アメリカ全体の無宗教率が26%であるので、LGBTQの無宗教率は非常に高いといえる。党派的にいうと、LGBTQの48%が民主党支持、8%が共和党支持であった。民主党支持者の90%が職場でLGBTQの人を保護する政策を支持しているのに対して、共和党支持者は66%と低い。

若い世代ほどLGBTQの比率は高い

 もうひとつ調査結果を紹介する(Pew Research Center, 2023年6月23日、「5 Key findings about LGBTQ+Americans」)。同調査でもアメリカ人の約7%がLGBTQ+人口であるとしている(ちなみに最近では「LGBTQ」の代わりに「LGBTQ+」と表記されるようになっている。「+」は「それ以外」を意味している)。世代別にみると、30歳以下の成人の約17%がLGBTQ+であり、30歳~49歳では、5%、65歳以上では2%と、若い世代ほどLGBTQ+の比率は高くなっている。またLGBTQ+と答えた人のうち62%はバイセクシャルであり、38%がゲイかレスビアンである。特にLGBTQ+と答えた女性の79%はバイセクシャルであった。男性の57%はゲイであると答えている。

 成人の1.6%がトランスジェンダーか(男性でも女性でもない)ノンバイナリーと答えている。30歳以下の成人の2%がトランスジェンダーであり、3%がノンバイナリーである。30歳~49歳では1.6%、50歳以上では0.3%がトランスジェンダーかノンバイナリーと答えている。年齢が若いほど、その比率は高くなっている。

 知人の中にLGBTQ+がいるかどうかという問いに対して、51%がいると答えている。19%はLGBTQ+の親しい友人がいると答え、25%は家族の中にLGBTQがいると答えている。31%がLGBTQ+の知人がいると答えている。LGBTQ+を全く知らないと答えた人はわずか16%に過ぎない(PRRI、2023年8月24日、「Americans’ Perspectives on Gender and Proximity to the LGBTQ Community」)。この調査結果は、他の調査とほぼ同じ傾向を示している。

 アメリカ社会全体では82%が、職場や住宅、ホテルなどでLGBTQが差別されないような法律を制定することを支持している(PRRI調査、2021年10月5日、「More Than Eight in Ten Americans Support LGBTQ Nondiscrimination Polices」)。同調査は、「支持の比率は2015年に比べ10ポイント以上増えている」と指摘している。

■ LGBTQの社会進出:上院スタッフの25%はLGBTQ

 LGBTQに対する社会の受容度が高まるにつれて、LGBTQの社会進出も着実に進んでいる。バイデン政権はLGBTQの登用に積極的である。政権発足直後の2021年4月29日段階であるが、バイデン政権は200名以上のLGBTQを政府の様々な分野で登用している(LGBTQ+Victory Institute, 2021年4月29日、「LGBTQ Appointments in the Biden-Harris Administration」)。国防総省では空軍次官補など高官を含め19名が要職に指名されている。国務省では14名、ホワイトハウスでは75名が指名されている。バイデン大統領はLGBTQの権利を積極的に擁護、促進する政策を明らかにしている。

 ホワイトハウスによると、バイデン政権の政治任命者のうち15%がLGBTQである(The Hill, 2023年6月7日、「Here are the history-making LGBTQ officials in the Biden administration」)。閣僚、閣僚級のポストにも多くのLGBTQが登用されている。ピート・ブティジェッジ運輸長官は同性者としてカムアウトしている。カリーヌ・ジャン・ピエール報道官は黒人の同性愛者である。ベン・ラボルト・ホワイトハウス・コミュニケーション・ディレクターも同性愛者である。レイチェル・レヴィン保険社会福祉省次官補はトランスジェンダーである。ネッド・プライス国務省報道官は同性愛者である。同氏は、報道官を辞め、現在、ブリンケン国務長官のスタッフになっている。シャンタレ・ウォンはアジア開発銀行理事で女性の同性愛者である。ショーン・スケリー国防次官はトランスジェンダーである。バイデン政権は、連邦判事にも多くのLGBTQを指名している。

 LGBTQの積極的な登用はバイデン政権に限らない。上院議員のスタッフの25%はLGBTQである(NBC News, 2023年7月14日、「More than 1 in 4 staffers in these senators’ offices are LGBTQ」)。 民主党のボブ・ケーシー上院議員のスタッフの30%、ジョン・フェッターマン議員のスタッフの28%、パティ・マレー議員のスタッフの29%はLGBTQである。

 上院議員でLGBTQとカムアウトしている議員は2人いる。スタッフだけでなく、議員にもLGBTQは存在している。タミー・ボールドウィン上院議員とキーステン・シネマ上院議員である。選挙で選ばれ、議会などの公職についているLGBTQの数は、2023年7月時点で1185名いる。全体の数のわずか0.23%であるが、その数は無視できない(LGBTQ+Victory Institute,「Out for America 2023)」。

 民間企業の役員の数や教育界などを含めると、活躍するLGBTQの数ははるかに多いと予想される。LGBTQの社会進出は着実に進んでいる。

極めて高い米軍兵士の中のトランスジェンダーの比率

 軍隊の中にも多くのLGBTQが存在している。少し古いが、the National Center for Transgender Equality とthe National Gay and Lesbian Task Forceが2013年に共同で行った米軍兵士の中に占めるトランスジェンダーの比率に関する調査がある(「The National Transgender Discrimination Survey」)。その調査の結果では、退役兵士と服務中の兵士の20%がトランスジェンダーであった。一般社会のトランスジェンダーの比率を大きく上回っている。そして同調査は、トランスジェンダーの兵士は採用や住宅、教育・訓練、医療に関して差別を受けていると報告している。

 また、Palm Centerが国防総省の資料に基づき調査した報告(2018年2月13日、「Department of Defense Issues First-Ever Official Count of Active Duty Transgenders Service Members」)では、1万4700名のトランスジェンダーの兵士が存在すると推計されている。そのうち8980名は現職の兵士で、5727名が特別予備役の兵士である。同報告では、トランスジェンダーの全兵士に占める比率は0.7%であると推定している。軍隊の中のトランスジェンダーの兵士はもはや否定しがたい存在になっている。

 これはあくまでトランスジェンダーの兵士の推定数であって、LGBTQ全体を含めれば、その比率は極めて高いと予想される。アメリカ社会と同様、軍隊においてもLGBTQコミュニティは厳然と存在しているのである。

 軍のLGBTQ問題は、アメリカでは重要な政治問題であった。クリントン政権の時、LGBTQ兵士の取り扱いが問題となった。クリントン大統領は1993年12月に軍隊内のLGBTQ問題に対して「Don’t Ask, Don’t Tell(DADT)」という政策を発表している。軍当局に対してLGBTQに対する差別を禁止する一方で、LGBTQに対して自分がLGBTQであることを公然と語ることを禁止した。

 DADTは2010年12月に廃止され、2011年7月に連邦控訴裁がLGBTQに対する差別を禁止する判決を下している。ただ、トランプ政権は再びLGBTQを軍隊へ採用することを禁止した。ただ既に軍務に就いている兵士に関しては、そのまま認める方針を打ち出した。バイデン大統領は、トランプ政権の政策を覆している。

国民のLGBTQに対する受け止め方

 国民のLGBTQに対する意識はどうであろうか。ウィリアム研究所が2023年6月に発表した調査(『Public Attitudes Toward the Use of Religious Beliefs to Discriminate Against LGBTQ People』)は「LGBTQの人々とLGBTQの権利に対する国民の姿勢は時間とともにより前向きかつ積極的になった。たとえば、結婚の平等への支持は過去20年間に約30%から70%以上に増えている」と指摘している。具体的には、回答者の84%が、医療従事者が宗教的理由からLGBTQへの医療提供を拒否することに反対している。74%が、企業が宗教的理由からLGBTQの採用を差別することを禁止している。71%が、宗教的理由からLGBTQへのサービス提供を拒否することに反対している。この調査では大多数の人々が「宗教的理由」に基づく対応を聞いているが、「『LGBTQ社会』アメリカの現実(2)」で指摘するように、LGBTQへの攻撃や差別は大半が宗教的理由に基づいているのである。

日本とアメリカの議論の視点の違い

 アメリカのLGBTQ問題は、日本のLGBTQ問題と基本的に違っている。アメリカでは、LGBTQ問題は「社会問題」であり、「政治問題」であり、「宗教問題」である。おそらく日本ではLGBTQ問題は、「寛容と非寛容の問題」、あるいは「感覚の問題」、「人権の問題」として理解され、議論されている。反対論者も伝統的な家族観を反対の理由に掲げているだけである。そうした反対論は表層的な次元に留まり、最後は個人の問題に還元されてしまう。それが日本でLGBTQを巡る議論が深化しない理由であろう。また真剣な議論が行われず、社会を分断するほど深刻な問題にならない理由であろう。

 だが、アメリカではLGBTQ問題は社会を分断するほど深刻な問題となっている。LGBTQの権利に反対する人々は、「宗教」に反対の論拠を求めている。「宗教」には妥協の余地はない。既にキリスト教の影響が強く、保守的な南部の州では、中絶の実質的な禁止や避妊薬の販売の制限、さらにLGBTQの権利を制限する動きが見られる。続編の「『LGBTQ社会』アメリカの現実(2)」では、保守的な州で見られるLGBTQに対する「逆流」を詳細に分析する。

2023年10月3日午前3時20分、追記

カリフォルニア州のニューサム知事は、逝去したダイアン・ファインスタイン上院議員の後任にラフォンザ・バトラー氏を選任した。現職の上院議員が死亡すると、選出州の知事が残りの任期を務める後任を選出する権限を持っている。バトラー氏は黒人で、LGBTQをカムアウトしている人物である。黒人としては3人目の上院議員で、LGBTQの最初の黒人上院議員になる。同氏は、リベラル派の女性支援組織である「エミリー・リスト」の代表者を務めていた。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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