Yahoo!ニュース

大統領予備選挙の分析(1):共和党全国委員会、公開討論会の日程を決定、トランプ前大統領が圧倒的リード

中岡望ジャーナリスト
2016年にフロリダ州で行われた共和党候補による公開討論会(写真:ロイター/アフロ)

共和党全国委員会が最初の公開討論会の予定を発表

 共和党の大統領予備選挙が本格的に始まった。6月2日、共和党全国委員会が、共和党大統領候補者による公開討論会を8月23日にウィスコンシン州ミルオーキーで開始すると正式に発表した。第2回は、カリフォルニア州シム・バレーで開催される(日時は未定)。同時に公開討論会参加資格も明らかにした。公開討論会に参加することは、共和党の大統領候補になる必須条件である。共和党全国委員会は、公開討論会参加条件として世論調査の結果や選挙献金の状況に加えて、公開討論に参加した候補者は大統領候補の指名を得られなくても、勝利した候補者を支持する「忠誠誓約(loyalty pledge)」を条件に掲げている。それは、トランプ前大統領が党の指名を獲得できない場合、「第3党」を設立して立候補する可能性を封じるのが狙いである。以前、共和党全国委員会が、そうした方針を打ち出すと報道された時、トランプ前大統領は「自分は従わない」と反発していた。今回の共和党全国委員会の正式決定に対するトランプ前大統領の反応はまだ伝えられていない。

 なぜ共和党全国委員会の決定が重要なのか。それは、1912年の共和党の大統領予備選挙にセオドーア・ルーズベルト前大統領が立候補したが、現職の共和党のウィリアム・タフト大統領に敗北した。敗北したルーズベルト前大統領は即座に自分の党「進歩党」を設立して、大統領選挙に立候補した。共和党票はルーズベルト前大統領とタフト大統領に割れた。ルーズベルト前大統領の獲得票は27.4%、タフト大統領の獲得票は23.2%で、合計で50%を越えた。しかし民主党のウードロー・ウィルソン候補は41.8%の得票率にも拘わらず、大統領選挙で選挙人435名を獲得し、漁夫の利を得て大統領に当選を果たした。ルーズベルト前大統領が獲得した選挙人は88人、タフト大統領は8名であった。獲得票数では敗北したが、選挙人で圧倒的多数を獲得したウィルソン候補が大統領に就任した。共和党全国委員会は、その失敗を繰り返さないために、予備選挙で負けても、勝利した候補者を支持する制約を公開討論に参加する候補者に求めたのである。

 公開討論会に参加できる候補者は本当の候補者といえる。共和党全国委員会のドナ・マクドネル委員長は「私たちは、本の販売促進やメディアで目立ちたがっている候補者や政府の要職に就く目的で立候補している候補者を公開討論会の場に招きたくはない」と語っている。いずれにせよ、共和党全国委員会が公開討論会の予定を正式に決定したことで、共和党の大統領予備選挙は新しい段階に入った。

 公開討論会は重要な役割を果たす。予備選挙ではないが、1960年の大統領選挙で公開討論会が決定的な役割を果たした。共和党のリチャード・ニクソン副大統領と民主党のジョン・F・ケネディ候補が公開討論で議論を行った。専門家の評価では、議論はニクソン副大統領が優勢であったが、徹夜明けのニクソン副大統領の表情には活気がなく、ケネディ候補は若さに溢れていた。そうしたイメージが、大統領選挙結果に現れた。議論の内容以上にプレゼンテーションが有権者に大きな影響を与えるのである。選挙資金が集まらず、世論調査で支持率が低い候補者は順次脱落していく。州の予備選挙まで生き残る候補者は数人になるだろう。

1000人を超す大統領選挙出馬声明を行った候補者

 アメリカの大統領選挙は長丁場である。2024年11月5日に大統領選挙が行われるが、その前に党は党の大統領候補を選出しなければならない。この選挙は「予備選挙」と呼ばれる。立候補が始まる日は決定していない。各候補は連邦選挙委員会に立候補を登録すれば候補者になれる。五月雨式に立候補宣言をする候補者がでてくる。共和党の正式な大統領候補は7月15日から18日にウィスコンシン州ミルオーキーで開催される共和党全国大会で決定される。大統領予備選挙で最も多くの代表を獲得した候補者が自動的に正式な党の大統領候補に選出される。同時に副大統領候補の選挙と選挙綱領の採択が行われる。党の正式な大統領候補が決まってから、本格的な大統領選挙が始まる。通常、2回から3回、大統領候補の公開討論会が開催される。

 今回、共和党で最初の立候補宣言をしたのはトランプ前大統領である。中間選挙が終わった直後の2022年11月15日に立候補宣言を行った。トランプ前大統領の最大のライバルと見られているロン・デサンテス・フロリダ州知事が出馬宣言を行ったのは2023年5月24日である。今まで立候補宣言をした候補者には、南カロライナ州選出のティム・スコット上院議員、アサ・ハッチンソン前アーカンソー州知事、ニッキー・ヘイリー前国連大使、ラジオ番組のホストのラリー・エルダー氏、そしてトランプ前大統領の最大のライバルと目されているロン・デサンテス・フロリダ州知事である。まだ出馬表明していない有力候補者には、マイク・ペンス前副大統領、テッド・クルーズ上院議員、ランド・ポール上院議員などの名前が取り沙汰されている。かつてのトランプ前大統領の盟友であったクリス・クリスティ―・ニュージャージー州前知事も間もなく出馬表明すると報じられている。

 日本では、有力な候補者の動向しか報道されないが、実に多くの人が大統領選挙に立候補している。2016年の大統領選挙では、連邦選挙委員会に出馬登録を行った候補者の数は1762人であった。党派別の内訳では民主党228名、共和党294名、無党派諸派が1240名であった。2020年の大統領選挙で立候補登録したのは、民主党323名、共和党164名、無所属諸派が725名であった。2024年の大統領選挙でも同じ様な数の立候補者がいる。ただ、多くの候補者は事実上“泡沫候補”である。公開討論に招かれた候補者が、有力な候補者とみなされる。

世論調査ではリードするトランプ前大統領

 アメリカでは毎日のように世論調査が発表される。世論調査を見る限り、トランプ前大統領が圧倒的に優位を維持している。最も新しい州別の世論調査(6月2日発表、アメリカン・グレートネス調査、対象はネバダ州)では、トランプ支持53%、デサンテス支持21%、ヘイリー支持3%、ペンス支持1%であった。5月30日の世論調査(イースト・カリフォルニア大学調査、対象はウエスト・バージニア州)では、トランプ支持54%、デサンテス支持9%、ペンス支持5%である。5月28日の調査(ロサンジェルス・タイム調査、対象はカリフォルニア州)では、トランプ支持44%、デサンテス支持26%、ペンス支持4%であった。これらの調査は州の有権者を対象にしたものである。大統領候補は各州の予備選挙で選ばれるので、州別の調査が重要である。

 トランプ前大統領を支持する連邦議員や党の有力者は74名に達している。これに対してデサンテス知事は12名、スコット議員は2名、ヘイリー候補は1人である。現在のところ、党の有力者はトランプ支持に傾いている。デサンテス知事の支持者の数が少ないのは、立候補声明が遅れたことが響いているのと、極右的ともいえる政策に対するアレルギーがあると予想される。ただ、現時点では、まだ決定的な差とはいえない。デサンテス知事はやっと本格的な選挙遊説を始め、トランプ前大統領との対決姿勢を鮮明にしている。共和党の「将来の星」になるのか、単なる「ドン・キホーテ」で終わるのか、まだ判断するのは早すぎるだろう。

 全国調査では、6月1日に発表されたモーニング・コンサルトの調査がある。それによれば、トランプ前大統領に「プラス評価(positive)」をしているという回答は51%であった。「マイナス評価(negative)」は33%で、「特になし(nothing)」が16%であった。これに対してトランプ前大統領の最有力対立候補のデサンテス知事は、「プラス評価」は51%とトランプ前大統領と同じであった。「マイナス評価」は17%とトランプ前大統領と比べると圧倒的に低い。「特になし」は33%であった。この調査の意味するところは、デサンテス知事の知名度が全国的ではないことだ。3位に付けているヘイリー候補の「プラス評価」は47%、「マイナス評価」は11%、「特になし」は42%であった。この結果から言えることは、デサンテス知事やスコット議員の全国的な知名度が低いということである。すなわち「分からない」という回答の比率が高いことだ。さらに特徴的なのは、トランプ前大統領の「マイナス評価」が極めて高いことだ。トランプ前大統領は多くの訴訟問題を抱え、「マイナス評価」がさらに高まる可能性もある。これは選挙運動が進み、公開討論会が行われれば、デサンテス知事やスコット議員の知名度が高まり、選挙情勢に大きな影響を与える可能性がある。

まだ最終結果を予想するのは早い

 アメリカでは毎日のように世論調査が発表される。選挙結果を予想する上で世論調査は極めて重要な手がかりとなる。ただ、最近は世論調査が外れるケースが増えている。2016年の大統領選挙では世論調査ではヒラリー・クリントン候補が勝利するとの予想が多かった。2020年の大統領選挙ではトランプ大統領の再選を予想する調査結果が優勢であった。2022年の中間選挙では、「赤い大波」が押し寄せ、議会選挙で共和党が圧勝するというのが大半の予測であった。だが、共和党は下院では僅差で多数派を確保し、上院では敗北を喫した。

 トランプ前大統領は様々な「訴訟問題」を抱え、最大の支持基盤であるキリスト教右派のエバンジェルカルの「トランプ離れ」も伝えられている。まだ全国的知名度の低いデサンテス知事やスコット議員が本格的な選挙を始め、公開討論で保守層にアピールできれば、状況は十分に変わりうる。特にデサンテス知事は保守的な姿勢を鮮明にしており、保守層に食い込む勢いを見せている。特に中絶問題では極めて保守的な政策をフロリダ州で取っており、中絶の禁止を求めるエバンジェリカルの支持を得ようとしている。2024年2月3日に南カロライナ州で最初の党の予備選挙が行われるまでに、選挙状況は大きく変わる可能性がある。

 今後、継続的に共和党の予備選挙動向を分析し、報告する予定である。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

中岡望の最近の記事